勘違いしてしまいそう
「ん……」
目が覚めるも、いまだに意識は微睡みの中。
しかし、側にあったはずの温もりがなくなっていることに気がつき、ようやく私の意識が覚醒する。
「ユーイン……?」
朝日が差し込む部屋の中、広いベッドに彼の姿は見当たらない。
(ああ、そっか……)
一夜だけ……そういう話だったと思い直す。
昨日、話が纏まってからのユーインの行動は早かった。
まず、互いに宿舎に住んでいるため致す場所をどうするかという話になると、彼がこの高級宿の部屋を用意してくれたのだ。
さすがは慣れていらっしゃる。
(それに……)
頭に浮かぶのは、これまで見たことがない切羽詰まったユーインの表情。
そして、熱の籠った紫の瞳と、何度も何度も私の名前を呼ぶ上擦った声。
『アイリス……アイリス……かわいい』
生々しい記憶までもが蘇り、恥ずかしさで叫びだしたい衝動に駆られた私は枕に顔を埋める。
(ああ、もうっ……!)
純潔を捨てるためだけの行為のはずなのに……。
大きな手が優しく私の身体に触れ、かと思えば強く抱き締められ、目眩がするほど甘い言葉で求められる。
それはまるで愛されているのだと勘違いしてしまいそうで……。
だから、隣にユーインがいないことを寂しいだなんて思ってしまったのだろう。
(全く……恐ろしい男だ)
手慣れたユーインにとって、昨夜の情事は取るに足らない出来事のはずなのに。
「ふぅ……」
浅く息を吐き、勘違いをしてはいけないと自分に言い聞かせ、芽生えそうになった感情に私は無理やり蓋をした。
そうすることで、ようやく私も昨夜の余韻から頭を切り替えることができ、これからやるべきことを思い出す。
純潔か否かを調べる魔導具検査を受け、その結果を父に叩き付ける。
そうすれば、ダンヒル子爵との結婚話は白紙になるはずだ。
(すぐに検査をしてもらいに行こう)
昨夜の影響であちこち痛む身体を引き摺るように私はベッドから起き上がる。
「あ……」
そこでベッドのシーツに残る血痕……純潔を散らした証を見つけた。
たしか、王族の初夜では行為が成功した証拠として血痕付きのシーツが保管されると聞いたことがある。
(コレも持っていこうか)
証拠は多いに越したことはない。
ベッドから下りた私はシーツの端を持ち、ベッド本体からシーツのみを引っ剥がした。
その勢いでシーツがぶわりと風を生み、視界の端に何やら白いものが映り込む。
(ん? 紙……?)
サイドテーブルから何か落ちたのかと視線を向けるも、絨毯の上にはそれらしきものは見当たらない。
(もしかしてベッドの下に……)
その時、部屋の扉をノックする音とともに、朝食を運んできたと宿のスタッフから声をかけられる。
慌てて返事をし、急いで着替えをしているうちに、先程の出来事はすっかり頭から抜け落ちてしまうのだった。
◇
ユーインのおかげで無事に純潔を捨てた私は、魔導具検査を受けたその足で父に報告へ行った。
検査結果を見た父には怒鳴られてしまったが、これでしばらくは騎士団を辞める必要はなさそうだと安堵の息を吐く。
そして、騎士団の宿舎に戻ると何やら皆が騒がしい。
「魔物の暴走!?」
なんと東の国境沿いに広がるナズラーヤの森で魔物の暴走の発生が確認されたというのだ。
魔物の暴走とは、突如として魔物が大量発生し凶暴化する自然災害。
しかも今回は大規模なものらしく、明け方に緊急招集命令が出て、対魔物討伐専門の第三魔術師団がすでに現地へ向かっているという。
そこでようやく今朝ユーインが部屋にいなかった理由を察した。
(ユーイン……)
私の母は任務中に魔物の暴走に巻き込まれ亡くなっている。
第三魔術師団の副団長を務めるユーインが簡単に命を落とすとは思わないが、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。
魔物への有効な攻撃が魔法であるため、魔力が少ない私に出来ることは何もない。
歯痒さを感じながらも、私は王都で騎士としての職務につとめるしかなかった。




