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一晩だけでいい!

※こちらは氷雨そら先生主催の『シークレットベビー企画』参加作品です。

「私を抱いてくれ!」


ここは王立魔術師団の訓練場。

その物陰に彼を引っ張り込み、私は両手を壁につきながら懇願していた。


「僕、壁ドンされたの初めてだよ」


困惑した表情で私の両腕に閉じ込められているのはユーイン・オールディス。


青銀髪に紫の瞳を持ち、とてつもなく整った顔立ちのユーインは魔物討伐専門の第三魔術師団の副団長を務めている。


そんな美しい彼の顔を見つめながら、私は懇願を再開した。


「頼む! 一晩だけでいい!」

「アイリス……もしかして本気で言ってるの?」

「もちろん本気だ!」


私の名前はアイリス・フェザーストン。

フェザーストン伯爵家の長女で、王立騎士団に所属している女騎士。


「自分が何を言っているのかわかってる? 君の婚約者殿は?」

「ああ、コンラッドとの婚約は解消することになった」

「は……?」


先日、騎士団の寮で暮らす私のもとへ、家に顔を出すようにと父から手紙が届く。

そして、二ヶ月振りに我が家へ帰ると、異母妹のローズとコンラッドから「ローズがコンラッドの子供を身籠った」と告げられたのだ。


突然のことに動揺する私。

しかし、ローズに悪びれた様子はなく、むしろ勝ち誇った笑みを私に向けている。


『ずっと訓練ばかりでコンラッド様を放っておいたお姉様が悪いのよ?』


入婿になる予定のコンラッドは我が家に足を運び、私の父のもとで領地経営について学んできた。

コンラッドが我が家を訪れるたびに、私の代わりにローズが彼の話相手をしていたらしく、そのうち二人は親密な関係になっていったそうだ。


『まあ、お姉様が相手だったら跡継ぎはできなかったんだし、我が家にとってもこれでよかったんじゃないかしら?』

『え?』


続くローズの言葉の意味がわからず聞き返した私に、彼女はにんまりと唇の端を吊り上げる。

そして、コンラッドが溜息混じりに口を開いた。


『アイリス。悪いが、お前を女としては見れないんだ。いくら騎士とはいえ、その見た目と身体は……』


私の栗色の髪は短く刈られ、鍛え抜かれた身体は女性らしさとは程遠い。

さらに、大きな傷跡はなくとも打ち身の跡や痣が身体のあちこちに浮かんでいる。


つまり、コンラッドは、こんな私と(ねや)を共にする気になれないということらしい。

自身の容姿が女性らしくないとは思っていたが、まさか婚約者の下半身が反応しない程ひどいとは思わなかった。


そのことをユーインに説明すると、彼は自身のこめかみを指で押さえながら低い声で呟く。


「あの男……頭が湧いているのか……?」

「それは言い過ぎじゃ……」

「逆に君はどうして冷静なの!? もちろん、一発くらい殴ってやったんだろうね?」

「いや、さすがにそれは……」


あんなに薄っぺらな身体のコンラッドを殴れば、間違いなく大怪我をさせてしまう。


それに、ローズは豊かな金髪にパッチリとした翠の瞳がとても愛らしく、白く滑らかな肌には傷一つ見当たらない。

見るからに柔らかそうな肢体は男性を惹きつけるのだろう。


「だから、コンラッドがローズを選ぶのも仕方ないかなって……」

「そんなもの、浮気をして子供まで作ったことの言い訳にもならないだろ!」


いつも冷静なユーインが声を荒げる。


「あんな男、もともと君には相応しくなかった! 婚約を解消して正解だよ!」

「ユーイン……」


父も継母もローズの不貞を叱ることはなかった。

だけど、ユーインはまるで自分のことのように怒ってくれている。

そのことに、少しだけ救われたような心地になる。


「婚約解消の理由はわかった。それで、その……どうして一夜の相手を……?」


そう。婚約の解消はまだいい。

いや、よくはないけれど、一番の問題はそこから先の話になる。


私の実母は元伯爵令嬢で、かつて父の愛人であったローズの母は元平民だ。

両親共に貴族である私がフェザーストン伯爵家を継ぐため、私が騎士で有り続けることを認めてくれる入婿が欲しかった。

その条件に合致したのがコンラッドだったのだ。


しかし、今から条件に合う相手を探し直しても見つかる保障はない。

それに、これまで領地経営についてのノウハウを叩き込んだコンラッドを手放すのが父も惜しかったのだろう。

さらに言えば、可愛いローズの頼みを父は断れず……コンラッドとローズが婚約を結び、二人がフェザーストン伯爵家の跡を継ぐと父が決定を(くだ)した。


そして、残された私の処遇だが……なんと父は勝手に私の嫁ぎ先を決めてしまっていたのだ。


父よりも歳上のダンヒル子爵の後妻。

ダンヒル子爵は前妻との間にできた息子に家督を譲り、領地に隠居するつもりなのだという。

つまり、いずれ自分を看取る、若く健康な後妻を求めているのだ。

そんなダンヒル子爵に嫁ぐとなれば、騎士を辞めなければならないことは明白だった。


騎士だった亡き母に憧れて私も騎士を志し、努力と研鑽を積み重ね、ようやくここまできたのに……。

コンラッドとの婚約が解消されたのなら、独身のまま騎士の道を歩ませてほしかった。


「それが昨日の話だ。このままだと私は騎士団を辞めさせられてしまう……」


これまでは跡継ぎだからという理由で、騎士を続けたいという私のワガママを父は聞いてくれていた。

しかし、コンラッドとローズの二人を後継に選んだ今では、私の意思が尊重されることはない。


「あとはもうダンヒル子爵からこの結婚を断ってもらうしかなくて……」

「まさかそれが一夜の相手……?」

「ああ。ダンヒル子爵は純潔主義らしい」


百年前、当時の第二王子妃が妊娠し、生まれた赤子が第二王子の子ではなかったという事件が起こる。

その事件は王家を震撼させ、王家に嫁ぐ際のブライダルチェック……つまり純潔であるかが重要視されるようになり、関連する魔導具の開発が進んだ。


その思想は王家から貴族にも広がり、純潔主義と呼ばれるようになる。


王家はともかく純潔主義を掲げる家門は時代の流れとともに減りつつあるのだが、いまだにダンヒル子爵のような者も存在する。

その証拠に、私との婚姻の条件に当たり前のように純潔であることを明言していた。


「なるほど。純潔でなくなればダンヒル子爵との結婚も白紙になって、アイリスは騎士のままでいられるというわけか……」


ユーインの言葉に私はコクリと頷く。


「ユーイン」


そして、彼の名を呼び、返事を促すよう期待を込めてじっと顔を見つめると、ユーインは片手で自身の顔を覆って大きな溜息を吐く。


(やっぱりダメか……。ユーインなら抱いてくれるんじゃないかと思ったんだが……)


私が王立騎士団に入団してすぐの頃、すでに魔術師団に所属していたユーインから食事に誘われたことがあった。

ちょうどコンラッドとの婚約が決まったばかりで、さすがに異性と二人きりの食事はマズイだろうと断ったのだが……。


(のち)に、ユーインが数々の女性と浮き名を流す遊び人だと噂で知った。

私を食事に誘ったのも、彼にとっては軽い気持ちだったのだろう。

しかし、騎士団と魔術師団の訓練場が隣り合っているからか、それからも度々(たびたび)ユーインに遭遇することになる。


重い荷物を持っていれば手伝いを申し出てくれて、訓練で怪我をした時は医務室まで付き添ってくれた。

さらに、騎士団の連中と飲みに出掛けた際も、偶然酒場に居合わせたユーインが「夜道に女性の一人歩きは危険だから」と言って宿舎まで送り届けてくれたのだ。


ただ、荷物は重すぎてユーインの細腕では運ぶことはできず、医務室まで肩を貸してくれようとしたが怪我をしたのは右腕で、夜道だって私は襲われる側ではなく襲おうとする者を狩る側だった。


なんだか少しズレているユーインだが、遭遇回数を重ねるうちに次第に親しくなっていく。

それに、出会ってから今まで、彼はいつだって私を女性扱いしてくれていた。


だからだろうか。

いざ、純潔を捨てようと考えた時に頭に浮かんだのがユーインだったのだ。

それに百戦錬磨なユーインなら、女としての魅力が皆無の私でも抱けるんじゃないかと思った。


だけど、目の前のユーインは片手で顔を覆ったまま何やらブツブツと呟いている。

いくら切羽詰まっているとはいえ、やはり無茶な頼みだったようだ。


(他に頼めそうなのは……)


騎士団の連中は、それこそ私を女として見るだなんて無理な話だろう。

残念ながら女性向けの娼館があるなんて話も聞いたことはない。


(こうなったら酒場で()きずりの相手を探すしかないか……)


少々卑怯かもしれないが、酔っ払って正常な判断がつかなくなった相手を狙えばいけるんじゃないだろうか。

カツラを被ってスカートを履けば騙されてくれるかもしれない。


そう決断した私は謝罪の言葉を口にする。


「無茶な頼み事をしてすまない。他を当たるから忘れてくれ」


すると、ユーインがバッと顔を上げ、勢いよく私の手首を掴む。


「他? 他を当たるって何?」

「えっと、酒場で適当な相手を探そうかと……」

「は? そんなことさせるわけがないだろう?」

「いや、でも……」

「アイリス。君の一夜の相手は僕に務めさせてくれ!」


なぜかはわからないが、どうやらユーインはやる気になってくれたらしい。

こうして、私とユーインは一夜だけの約束で結ばれることになるのだった。


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