黄金の地平線
数ヶ月後。
アル・サフィールの辺境の村には、太陽光パネルを冠した白亜の建物が立っていた。ザディードとサラが共同で設立した「アル・サフィール移動診療所」の本部だ。ここには、ザディードの卓越した医術と、サラが提唱する地域に根ざした献身的な看護、そして――。
「やはり君たちのやり方は、私の計算を大幅に狂わせるな」
廊下を歩いてきたのは、ドクター・ラシードだった。彼は相変わらず高価なスーツを着こなしていたが、その手には最新の診断デバイスではなく、現地の子供が描いた拙い感謝の絵が握られていた。
「システムだけでは救えない命があることを、認めざるを得ないようだ。……ザディード、私の財団からこの診療所に多額の寄付を行うことにした。これは投資だ。君たちの『奇跡』という名の、不確定要素へのな」
ザディードは不敵に笑い、友の肩を叩いた。
「賢明な判断だ、ラシード。お前の投資は、この国の未来という最大の利益を生むだろう」
日が傾き始めると、ザディードはサラを誘って厩舎へと向かった。彼らが選んだのは、あの嵐の夜を共にした白ラクダだ。
二人はラクダに乗り、夕日に染まる砂丘へと進み出た。かつてサラがこの地に降り立った時、砂漠はただ恐ろしく、乾いた死の土地に見えた。しかし今は違う。地平線の向こうまで続く黄金色の砂は、命を育み、愛を深めるための、どこまでも慈悲深いゆりかごだった。
「見て、ザディード。砂漠が笑っているみたい」
隣を行くラクダの上で、サラが微笑む。
「ああ。お前がこの国に来てから、風の匂いまでが変わった気がする」
ザディードはラクダを寄せ、サラの手をしっかりと握った。夕日に照らされた二人の影が、長く、どこまでも続く砂の上に伸びていく。
傲慢だった王は、愛を知る名医となり。
健気だった看護師は、砂漠に奇跡を降らせる天使となった。
二人の旅路は、この果てしない砂海の向こう側へ、いつまでも、どこまでも続いていく。
最後までありがとうございました。




