砂の王冠を脱ぎ捨てて
嵐が去った後の砂漠は、銀色の月光に照らされ、静謐な美しさを湛えていた。村の子供たちが眠りにつき、静寂が戻った集会所の外。ザディードは王宮から迎えに来た車を待たせたまま、サラを連れて砂丘の頂へと登った。
そこからは、アル・サフィールの街の灯が遠く宝石のように瞬いて見える。
「サラ」
ザディードが足を止め、彼女に向き直った。
「私はずっと、この砂漠の過酷さに負けぬよう、心を鋼に変えて生きてきた。王族として、医者として、弱さを見せることは死を意味すると信じていたからだ」
彼は夜風に吹かれながら、自分の指先をじっと見つめた。
「だが、あの嵐の中、私の背にしがみつくお前の鼓動を感じた時、初めて気づいたのだ。一人で戦う強さなど、脆い砂の城に過ぎないということに。……お前のひたむきさが、私の孤独という鎧を砕いたのだ」
ザディードは、自らの首元に巻いていた王家の紋章入りのシュマグをゆっくりと解いた。それは彼が背負ってきた重責の象徴だった。彼はそれを傍らの岩に置くと、サラの両手を優しく、しかし離さないという強い意志を込めて包み込んだ。
「王宮へ戻ろう。だが、それは『シークと看護師』としてではない。私の人生を、私の魂を共に支える唯一の女性として、お前を迎えたい」
ザディードの琥珀色の瞳が、月光を反射して濡れている。
「お前を愛している……スウィートハート」
初めて呼ばれたその特別な愛称に、サラの目から熱い涙が溢れた。
「私も……私も、ずっと、あなたの心の奥にある本当の熱を知りたかった。あなたと共に、この国を守らせてください」
――いいえ、そんな言葉では足りない。 サラは震える指先で、彼の胸元にあるその熱を、確かめるように強く握り返した。
「……本当は、怖かったんです。あなたの瞳があまりに冷たくて、この国に来たのは間違いだったんじゃないかと何度も思いました。でも、嵐の中、あなたの背中にしがみついた時、伝わってきたんです。あなたの心臓が、誰よりも激しく、叫ぶように命を求めているのが」
サラの瞳から、一筋の涙がこぼれ、砂の上に吸い込まれていった。
「私はただのボランティアとして、この国に来たのかもしれません。でも今は、あなたの孤独を終わらせるためにここにいたい。あなたのその温かい手が、もう二度と絶望で震えなくて済むように……。ザディード、あなたの隣で、あなたの鼓動の一部にしてください」
彼女の言葉は、静かだが、砂漠の夜を震わせるほどの熱量を帯びていた。




