ご注文のシチューにカツはいかかですか?
「ドレスは御身がデザインから全て一から手配すること! でなければ、許さない。自分だけ面白そうなことをして、この裏切り者め!」
腕を組んで不機嫌を装ったストレリチアが断言する。
「え~?」
ランピヨン商会へ侵入にハイデンが彼女をつれて行かなかったことでひどく機嫌を損ねていた。彼にしてみれば、感謝こそされ、すねられるとは思っていなかった。
ストレリチアにしてみれば、流行や好みのあるものの要求によって、無理難題になると考えているのだろう。
通常ドレスと言うのは、ドレスメーカーに行きそこで彼らが懇意にしている生地商を紹介してもらって生地やレースを選ぶことから始まる。
次に仮縫い用の生地でフィッティング用のドレスを作り、それを元に購入した生地で実際のドレスを仕立てるという段取りだ。
生地やレースの種は取引する商品の中にいくらでもあるが、ここで試されているのは一点だ。気に入るデザインのドレスをプレゼント出来るかどうか。これにかかっている。
ストレリチアが指を伸ばした小さな手のひらをこちらに向けてくる。
「五着だ。五着」
もちろん、違うドレスを五着という意味だ。相手をきっと困らせているだろうという思惑が漏れている少し意地の悪い笑みだ。違う受け取り方のしようがない。
もちろんこれは経済制裁ではない。ストレリチアがグリーンウッド商会に落としている利益から見れば、スズメの涙程度の金額だ。
ドレスのデザインなど色々ありすぎてハイデンに分かるはずもない。精々悩んで困り果てた所で相談に来れば、少し譲歩してやらなくもないかも知れないかも? そういう類の制裁だ。
面倒を省いてあげたつもりのこちらとしては甚だ理不尽にしか彼には感じられないが、察するに置いてけぼりを食らったような気分なのであろう。
新たなトラウマを植え付けないようにとの配慮が裏目に出てしまったようだ。
あの部屋をストレリチアが見てしまったらかなりのダメージが予想されるので、知らせないと決めたことがいささかもどかしい。
そう、あの部屋。
ハイデンはその記憶を元に名案を思い付いていた。シチューにカツあり、とは良く言ったものだ。晩のメニューまで決まっていた。
「任せなさい! タイタニックに乗ったと思って安心したまえ!」
「沈んどるわ!!」
1912年出来事を記憶していたストレリチアが間髪入れず猫パンチを繰り出していた。
***
商会長マリウス・ベック氏を救出してから二週間近く経ち、今日は改めて申し込んでいた面会日である。
先日通された、同じ商会長の執務室だった。イチサダは彼らしくない玉虫色の言い訳をして屋敷に残っていた。彼なりになにか気を使ったのだろうとハイデンは結論付けていた。
ギデオンに関して様々な後始末や滞っていた業務を処理しなければならなかったであろうに、マリウス・ベック氏は思いのほか力強い笑みで彼らを迎えた。
「良く来てくれた」
ハイデンと握手を交わした後、ストレリチアの手を取って口元に運ぶ。
「初めてお目にかかる、ミス・レギナエ、貴女のお噂はかねがね」
彼の目が礼儀より少し長くだけ彼女の顔にとどまる。おそらくあの部屋の装飾が彼女をモデルにしていたことに気づいたのだろうとハイデンは思った。
むしろ相手を見る時間がわずかに伸びたくらいで余計なことを言わずに済ませられるのはマリウスの大人の対応と言えるだろう。
「お目にかかれて光栄である、商会長殿」
「実物の方が、ずっとお美しいですな」
彼女は花のような笑みを浮かべた。ドレスをプレゼントしてからひどく上機嫌だ。すべて許されたのだった。
「これで許されたなどと思うなよ?」
ストレリチアにぴしゃりと耳打ちされる。許しなどなかった。
それでも大量のドレスを買い与えたの効果は抜群で機嫌は良い。今日はその中からラベンダー色のアフターヌーンドレスを身に着けている。
ハイデンは貴婦人ワードローブに収められているようなそれを一通り揃えてプレゼントしたのだ。
モーニングドレス(部屋着・室内着)、ウォーキングドレス(日中用)、キャリッジドレス(馬車用)、アフタヌーンドレス(正式な訪問着)、ディナードレス(夜食会用)、イブニングドレス(夜会・オペラ鑑賞・観劇用)、ライディングハビット(乗馬用)、コートドレス(宮廷への謁見用)、そしてシュミーズ、、ナイトキャップ、ナイトガウン、ベッドジャケット、ベッドソックスの就寝セットに加えて、上のドレスとセットになる帽子、靴、やストッキング類なども。
いささか奮発したが、これからも機嫌よく錬金をしてくれるなら安いものである。
「事前に書簡で話は把握している」
お茶と茶菓子が振舞われて、前回と同じ部屋とは思えないなごやかな空気で会話がすすむ。
「マスクをつけた訳の分からない徒弟が、こんなに美しくも高名な女性を連れてしかも、大使閣下とはな」
ハイデンはマリウスの視線にバツが悪くなり肩をすくめた。
「きっと師が良かったんでしょうね」
「ハッ! ことごとく言う事を聞かない徒弟だったがな!」
「きっと師が良かったんでしょうね」
「ハハ、言ってくれるな!」
マリウスはそのやり取りに懐かし気な笑みを浮かべ、それにすこし気がかりの影を落として言う。
「しかし、こちらとしては悪くない条件だが、公国のリスクが全てグリーンウッド商会にかかってしまうことに関しては手を打ってるのかね」
「はい。それに関しては構想はありますが、どう出るかはやはり一世一代の賭け、としか言いようが無いですね」
「まあ、こちらは命を救ってもらった身だ。ハイデンが良いならその程度のこと快く引き受けるつもりだが」
ランピヨン商会には手公国で設立した半官半民の商会の株を五分ほど買ってもらう予定だ。
その商会は特別に公国内での独占権を得た特許会社として設立だれている。今の所ほとんどの資金はグリーンウッド商会から出ている。
中期的には四割ほどを手放し、公国の利権を帝国と連合の両方面に掴ませて両者に公国の安全に関する優先度を上げざるを得ないようにするというプランだ。
「グリーンウッド商会的は本拠地を公国に移して製造業を中心に育てたいと思っています。付加価値の高いものによりシフトしていく予定です」
「そうか、あまり儲けすぎるなよ」
「技術が確立したら連合と帝国で特許を取得してライセンス生産へ切り替えていく形を考えています。馬車はそろそろライセンス提供が出来るかと思いますが、興味ありますか?」
「こいつ、あるに決まってるだろう!」
マリウスがが笑ってハイデンの肩を叩く。F.T.L.は当然ないが、それでも今主流の馬車よりは圧倒的に先進的なはずであった。
ランピヨン商会を後にしたハイデンとすとストレリチアはへと街の商店が並ぶ通りに来ていた。注文していたストレイチアのブーツを受け取った帰りだ。
ブーツが見るためにラベンダー色のドレスの裾を持ち上げて、嬉しそうにくるりと回って見せてはハイデンの前を歩く。通りすがりの人影がちらりほらりと彼女を振り返って見ていた。
「まさかハイデンがこんなに女ものについて詳しいとはな」
つられて微笑んでいたハイデンが急に振られた話題に変な声を出す。
「ん? んぁあ。まあ、俺も商人のはしくれだからな」
「特にこの色は気に入った」
ラベンダー色のドレスの裾が翻る。
「そうか」
あの巨大な肖像画はどこへ行ったのだろう。あのラベンダー色のドレスを身に着けたストレリチアの肖像画。
正直ギデオンがマニアで助かった。最初はなんで同じ人形が一ダースもあるのかわからなかったが、TPOに分けた衣装を着せていたのだった。
ちなみにさすがにプレゼントしていないものの中には、水着とウェディングドレスと、ちょっとどころじゃないエッチな衣装を身に着けた人形も用意されていた。
渡したドレスはギデオンのものの完コピだ。なに、知らなければどうということはない。ハイデンが墓まで持っていけば良いだけの話なのだった。
書いていたものをごっそり削除しました。話の道筋としては合った方が世界観とかもっとハッキリしてくるのですが、いつまでも話がすすまなくなってしまいます。ただでさえ進んでいないのに。
本文もそうですが、投稿ごとのタイトルも難しいです。どうしたら良いかわからなくて、仮のタイトルそのままだったりします。




