異世界越後屋はじめました
マグナ・オリア国家連合の首都、ネクサス・リベルタスへと帝都からグリーンウッド商会の人員が到着し、ハイデン達はようやく一息つくことが出来た。
ぐったりとして手でつかめるものしか食べなくなったヴェラーテに、ギーゼラがサンドイッチを出すようになった程だった。
その甲斐があってか、ステラー・グリーンウッド株式会社としては、とてつもない躍進の日々であった。
ハイデン・グリーンウッドとファビアン・モレッリの代理決闘は首都の人々の口にあがらない日はなかったし、それによってハイデンにありとあらゆる社交の場への声がかかっていた。
彼がその場にエスコートするヴェラーテとストレリチアの人気もさることながら、聞きなれぬ株式会社という存在からはじまり、その扱かう商品の品質の高さも人々の話題のまとだった。
その中でもストレリチアの錬金による商品には、極楽鳥花の意匠まであしらわれた豪華な化粧箱がいつの間にか用意されていて、彼女を呆れさせた。その意匠にはいつの間にか彼女のサインの印刷まで添えられている。
彼が方々へ向かう時に乗ったやけに静かで雅やかな馬車も話題になり、注文が殺到していた。
「ここで相手にこういう訳だな。申し訳ございません、我がステラー・グリーンウッド株式会社が扱う商品は、向こう数年分予約が入っております、と」
ハイデンの言葉にストレリチアが返す。
「それで貴族共が引き下がるように見える勢いではなかったがな」
「まさにそこだ! 相手はこう言う。私のために特別に用意してくれないかね? と!」
彼がわざと気取った仕草でマスクの位置を直してみせる。
「そこでさらに、言う訳だ。私も信用で商売をしておりまして。他の貴族の方もお待ちいただいているのでそれは中々・・・・・・。ただ、一つだけ方法が無い訳ではありません」
ストレリチアが焦れて問いかけるまでハイデンは芝居がかったポーズを取ったまま間を置いていた。
「で?」
「そう、一つだけ・・・・・・。ステラー・グリーンウッド株式会社の株を取得頂ければ、その金額に応じてご希望の商品を手配することが出来るかもしれません、とな!」
「断られることもあるのではないか?」
「もちろん。その時はこう言ってその話は終わりだ。ご不便おかけいたしまして、申し訳ありません。ただ、株式に関しましては、外部への流通量が決まっておりますので、次回お会いした時にご希望されてもご期待にそえるか分かりませんので、その点悪しからず・・・・・・、とね!」
「・・・・・・越後屋おぬしもわるよのう」
ソファの上でぐったりとしていたヴェラーテが混ぜ返す。彼女も当然社交の場で引く手あまたになり、忙殺されていた。
実際何を売っても飛ぶように在庫が無くなっていく。得意なジャンルの商品ならまだしも、単にステラー・グリーンウッド株式会社の印が入っているというだけの何の変哲もない物でもだ。
それどころか、何処で聴きつけたのやら本来帝国でしか販売していない無い物にも注文が入り、連合では取扱い出来ないことを伝えると、有力者の口添えによってギルドの側からハイデンの元まで来て許可を置いていくほどだった。
もちろんその場合ハイデンはギルドへ卸し、顧客への販売はギルドが行うため妥当な金額より価格が高くなるのだが、それでも飛ぶように売れる。
『あのステラー・グリーンウッド株式会社の商品を愛用している』、そう公言するだけのために彼らは買っているのだ。
株式も順調に買い手が現れ、グリーンウッド商会はステラ公国に貸し付けていた資本を遠からず全額取り戻すであろう。
ことこの世界には今現在株を取り締まる法律が存在しないため、株は言い値でまさにハイデンのやりたい放題だった。
この世界に存在しない、マーケティングという知識を生かして限りなく虚業に近い実業を仕掛ける。共通の概念がないので、当事者のエステル・ルクシア女公や宮中伯のオルバン卿にも説明出来なかったが、これが『ナイジェリアン・プリンス作戦』の本当の姿であった。
「ん? ちょっと待て。良く考えると御身はステラー公国の経済を半分所有してることにならんか?」
ストレイチアの指摘に、ハイデンはしれっとして言う。
「貸付金は返してもらってないから、実際は八割くらいじゃないか?」
「旦那様、お嬢様、夕食の準備が整いました」
ハイデンの執務室の開いたままのドアからギーゼラが姿を見せて言った。
ギーゼラに声を掛けられて向かった夕食の席にはアリシアと父親のジョナサン・ハート氏も顔を見せていた。
ヴェラーテは相変わらず食欲が湧かないらしく、夕食のメニューをギーゼラがパンで挟んでくれたものと心で会話するように見つめ合っていた。
アリシアとストレリチアが姉妹のように仲良く隣り合って座り、父親のジョナサンは少し気おくれしたように口をひらいた。
「ハイデン殿、今回のことは何から何まで世話になった。改めてお礼をもうしあげる。ありがとう」
言葉だけなら丁寧に感謝を述べているということだが、実際は何か奥歯に挟まったような印相がぬぐえない物言いだった。
ハイデンが少し外交的な口調で相手の機先を制するように言った。
「今回の件をかさにアリシア嬢との婚約を認めろなどという気は無いのでご安心されたい」
アリシアが少し頬を膨らませて言う。
「言ってくださっても良いのに・・・・・・」
ハイデンが深刻な口調で続ける。
「ですが、色々と骨を折らせていただいたのは確かです。そこで一つ、お願いがあるのですが」
「わ、私で出来る事であれば」
「ハート氏には、ステラー・グリーンウッド株式会社の顧問弁護士になっていただきたい。中期的には株式会社という形式の組織の浸透をさせて、長期的な目的としては、株式会社に関する規制の法律を連合と公国に設けたい」
理由は簡単だ。規制される前に規制して方が、締め付けに手心を加えることが出来る。ジョナサン・ハート氏には株式会社設立の第一人者に先ずなってもらうことだ。
「なるほど、何を言われるかと思ったが、それくらいなら私にも出来そうだ」
そういってハート氏が安堵のため息をつき、なごやかな空気のまま夜が過ぎて行った。
ただ、もう一つの大きな目的であった連合の街道への舗装道路の接続では『保留』という通達がなされた。
補足として、公国の国内の道路に対しては連合は関知しないという記載があったので、ある程度近くまでは舗装して良いという事であろう。
ハイデンにはそれだけで十分だった。完璧に舗装した道路を見せ、連合内の舗装を請け負う所から始めても良いのだから。
思ったよりヴェラーテの活躍が大きくなりました。わからないものですね。
全体の内容的には、商人無双のベースが整った感じですね。しかしここからノープラン!
どこかのポイントでステラー公国に拠点を移す予定だったので、それをやるとかでしょうか。




