貴婦人キラー、美青年士官ヴェラーテ爆誕
「あの・・・・・、私と踊って頂けませんか?」
小柄な、社交界にデビューして間もないという見目のかわいらしい少女が問うて来る。
「私は女ですが、それでも構いませんか?」
軍服で男装したヴェラーテが、おずおずと差し出された少女の手に優しく触れる。
「ええ、ええ、・・・・・・ぜひ」
ヴェラーテは先日ハイデンの議会への謁見に、ハクをつけるという意図でお付きの武官として随行していた。久々のコスチュームでの成りきりが出来ることに、ヴェラーテはノリノリであった。
元々切れるようなシャープな美貌の彼女は、ひどく危険な香りのする細身の美青年へと華麗に変身を遂げていた。
「ああ、なんて可愛らしい花のような方だ。あなたの甘やかな蜜の香りに、夢中になってしまいそうだ」
ヴェラーテは相手の耳に低くささやくと、ふにゃふにゃになった令嬢をダンスフロアへと華麗にいざなっていった。
「その時ワシは言ったのです、怯むな! 我々が苦しい時は、敵も苦しいのだ!! あの丘へ進め!!」
真新しい軍服に身を纏ったコンラートが、周囲に集まった人だかりに演説めいた武勇伝を披露する。
本人の記憶が無いとはいえ、亡国の准将であったコンラートは、最後まで敵の侵入を防いだ拠点を指揮した名将と名が知られており、その舞踏会でそれなりの聴衆を集めていた。
それもこれも、空虚な肩書とはいえ、ハイデンは現在ステラー公国の大使閣下であることに理由があった。また、ステラー・グリーンウッド会社の総督という肩書もあり、私軍の設立の権利も有する事実に拠っていたからだ。
コンラートはその最高位軍人の准将であり、ヴェラーテは少佐ということになっている。
ハイデンのここでの二人への通達は、『とにかく人気を博すこと』であった。
ハイデン自身は連合議会の議員、ベイオス卿に捕まって議論に巻き込まれていた。二人の周囲には利に聡い貴族や商人が集まり、耳を傾けながら、時折質問を挟んでいた。
「では、ハイデン閣下はステラー公国にはすでに連合には無い商品が多々あるということを仰ってるのですかな?」
ベイオス卿は瀟洒な礼服に身を包んだ連合特有の洗練を見せる美丈夫だ。
「正確には違いますな。連合にはすでにグリーンウッド商会が持ち込んでいる物が多々ありますので。例えば、最新の超軽量馬車などです」
ハイデン自身の馬車は試作品で、重量軽減の術などがかかっていたが、わずかに数台連合首都へと持ち込んだ馬車は、樹脂に天然のシェラックを使用したFRPで組み上げられた、術式無しの超軽量馬車となっていた。
もちろん、自分用にはさらにスペックの高い物を製造中だったが、木材と金属しかない製造業の中でとてつもないオーパーツなのは間違いなく、それ以外にも、ストレイチア監修の薬品や最高品質の錬金の成果物が名を連ねている。
「キャー!!」
突如舞踏会に婦人の悲鳴が響き渡る。
「誰か、誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」
見ると、ヴェラーテの前で若い婦人が倒れていた。周囲を若いご婦人が心配そうに取り囲む。
そのご婦人は、ヴェラーテのやりすぎた甘いささやきに気絶したのだった。
ヴェラーテは颯爽とその夫人を腕に抱き上げると、軽々と彼女をソファへと運び、周囲から賛辞の黄色い声を浴びていた。
ハイデンと目が合ったヴェラーテがウインクを返してくる。
これが誰も予期しなかった、美青年士官ヴェラーテの爆誕とその快進撃の始まりであった。
***
誰も予想しなかった美青年士官ヴェラーテのデビューは地味なものであった。
「ステラー公国よりの特命全権大使、ハイデン・グリーンウッド閣下、ご入場!」
儀典官の声が連合議会議事堂の大謁見の間に響く。
磨き上げられた大理石の床から続く高い天井、壁にはぐるりと連合に所属する国家を描いたフレスコ画と共に、各都市国家や有力公国の紋章旗が飾られている。
ハイデンは、随員を従え、磨き上げられた大理石の床を、デイスに向かってゆっくりと、だが堂々とした演技を忘れずに進んで行った。
衛兵の立ち並ぶ荘厳な雰囲気でもハイデンが落ち着いているのは、『全員楽勝で無力化出来る』という少し病んだ中学生メンタルの成せる業だった。
ハイデンのハッタリの随員として、親書の箱を抱えたコンラートが真新しい群服を秘書官として身に着けている。その後ろには、後々浮名を流す、男装をしたヴェラーテの武官姿があった。
コンラートは軍曹としての記憶までしかないが、元々准将まで叩き上げただけに、黙っていればやけに威厳のある老人に見えた。ヴェラーテはヴェラーテで、細身ながらその実力が垣間見える武官として異彩を放つ美青年に見えた。
ハイデンはデイス(評議会の椅子のある数段高くなっている場)の手前で立ち止まり、深く、敬意を込めている体を装ってその腰を折った。
評議会の面々の、値踏みするような視線が突き刺さる。
その場には連合議長をはじめ、十二人の評議会議員、書記長と書記長が名を連ねている。連合を構成する、最も有力な都市国家の代表者や、有力貴族たちだ。
「連合議長閣下、ならびに最高評議会の皆様。私は、我が君主、ステラー公国大公殿下の名代として参りました、ハイデン・グリーンウッドにございます。ここに、我が身分を保証する信任状と、我が君主より貴国への親書を、恭しく奉呈いたします」
秘書官のコンラートが、美しい装飾の施された箱に入った親書を、彼らの入場のアナウンスをした儀典官に渡す。儀典官はそれを受け取ると、デイスの上へ運び、議長の前のテーブルに恭しく置いた。
議長が、評議会のメンバーを見渡し、大仰な声でハイデンに語りかけた。
「大使閣下、長旅ご苦労であった。ステラー公国からの使節を、マグナ・オリア国家連合は心より歓迎する。して、貴殿の君主からの親書には、いかなる友好の言葉が綴られておるかな?」
これは、親書をその場で開封して読む前の、儀礼的な問いかけだ。
「我が君主、ステラー公国大公殿下からの親書には、まず何よりも、連合が掲げる自由と繁栄の精神への、揺るぎなき連帯の意が記されております」
ハイデンは一度一呼吸おいてから続けた。
「我らステラー公国は、偉大なる貴国、マグナ・オリア国家連合と、東の強大なる帝国との間にあって、その独立を保っております。この独立は、我らの誇りであると同時に、大陸の平和を保つための天秤の「支点」としての、重い責務を担うものであると、我が君主は深く認識しております」
「しかし、皆様もご存じの通り、平和とは、ただ願うだけでは得られぬもの。それは、力強い意志と、たゆまぬ努力によってのみ、かろうじて保たれる脆いガラス細工にございます」
「現在、貴国と我が国を結ぶ道は、いまだ古き時代のまま。雨が降れば泥濘に沈み、荷馬車は難渋し、旅人は盗賊の脅威に怯えねばなりませぬ。この道は、我ら両国の間に横たわる、過去の時代の「断絶」の象徴に他なりません」
「そこで、我が君主は、歴史的な決断を下されました」
「我がステラー公国は、単独の事業として、我が国の総力を挙げ、公国の東端より、貴国が管理される「公国の背骨」、かの偉大なる街道の起点まで、全ての道を砕石で固めた、全天候型の新街道を建設する決意にございます!」
議場がわずかにざわめく。貧困にあえいでいるステラー公国が? 帝国の関与は? 様々な疑問が浮かんで当然であった。
「この事業は、ただ旅人の利便を図るためのものではございません。これは、我ら両国の繁栄が、もはや切り離せぬ一体のものであることを、全世界に示すための布告であります」
「この新街道が完成した暁には、貴国の商人たちがもたらす豊かな商品が、滞りなく我が国へ、そしてその先へと流れ込むことでしょう。我が国の特産品もまた、貴国の市場を潤すこととなりましょう。物流の動脈が力強く脈打つ時、互いの富は増大し、その富こそが、我らの自由と独立を守る、最強の城壁となるのでございます」
「我らは、この事業に対し、貴国からのいかなる資金援助も、労働力の提供も求めません。これは、我らが貴国との未来の絆に投じる、誠意の証にございます」
「ただ一つ、望むことがあるとすれば…。この新しき道が、貴国の偉大なる街道と、一つの切れ目もなく、固く、固く結び合わされること。そして、その結び目において、両国の友好の証となる、ささやかな記念碑を建てる許可を、賜われればと」
「我が君主のこの決断が、貴国との間に、石のように固く、未来永劫続く、真の同盟関係を築くための第一歩となることを、この場を借りて、厳粛に宣言いたします」
ハイデンが口上を終えると、デイス上の評議会の中でざわめきがいっそ強くなる。
隣の議員と話を交わし、他の議員が話に加わる、そうした光景がしばらく続いた後、親書を手にしていた議長が議員たちにと目を合わせると次第に彼らは静かになった。
「では、大使閣下に質問のある者は挙手を」
幾人かが卓上からわずかに手をあげる。
「では、ベイオス卿」
華麗な衣装に身を包んだ瀟洒な装いの男だ。
「大使閣下、考えとしては大変に良いものと捉えます。が、資金はどこから?」
「は、ご懸念はごもっともです。現在私はステラー公国でのすべての通商を任されております。その通商における利益の一部を用いて現在道十分の一ほど、試験として舗装をすすめております。もちろん、議会がこれを承認しないとなれば、これを取り壊す所存です」
さらに場がざわめく。
「早すぎるじゃないか!?」
議長が手をあげて制する。
「議員諸君、発言には挙手を」
複数の手が上がる。
「では、ヴォイド卿」
男は机上から乗り出すようにして口を開いた。
「おかしいではないか、玉石、敷石、切り石、煉瓦、すべて価格はさほど動いていない。それほどまでの距離を舗装しているなら、影響があるはずだが?」
ハイデンが答える。
「当方の企業秘密にしたい所ですが、見れば分かってしまいますので、お伝えしますと、採石を利用した舗装方法を確立しました。連合および帝国にて、舗装に利用できない石、切り石のくず、取り壊された建築物の煉瓦、様々なものを利用させて頂いています」
挙手をした他の議員を指名する前に、議長が質問を挟んだ。
「大使閣下、議長として議会全体に重大な質問を先ず指せて頂こうと思う。・・・・・・帝国にはすでに道を作り始めているのかね。もし否であれば、連合へと道を先に舗装し始めた見識をお聞きしたい」
ハイデンが畏まって頷いて見る。
「は、議長閣下。結論を申し上げますと、帝国へはまだ舗装を進めておりません。ステラー公国の希望としては、まず連合への道を完成させ、その暁には公国に駐在官を置いて頂きたいというものです」
相手が続きを待っていることを確認してハイデンが進める。
「我がステラー公国は連合と帝国の間に位置しておりますので、自国の利益として最も避けなければならないのは連合と帝国の衝突です。よって、この新街道の成立には連合のご支援が必然となってまいります。連合の力なくして、この計画はあり得ません」
舗装による帝国の侵入を疑問に思う議会に、駐在員を通して安全を図るという意図だ。逆に言うと、この仕組みが成立すれば、帝国もステラー公国への侵攻という手を打つことが難しくなる。
熱心に手をあげる議員を制して議長が再び口をひらく。
「して、貴国はなぜ帝国ではなく、連合へ先ず手を伸ばしたのかね」
ここが正念場と言っても良いだろう。どれだけ説得力を見せるかで、相手が食いついて来る深さが決まる。
「帝国は全てが最終的に帝室によって決められます。許可なども時間がかかり、ビジネスの速さについてこれていません」
ハイデンは議会の面々に目を向けてからづづけた。
「対して連合は様々な国家の連携が基本となる柔軟な体制を築かれております。その理念に賛同し、体現することこそが、ステラー公国の未来を栄光に満ちたものにすると我が君主は考えております」
その後、挙げられた手を議長が一人一人指名して一通りの質疑が済むと、議長が会合の終わりを宣言した。
「大使閣下の言葉、確かに承った。親書の内容は、我ら最高評議会で慎重に審議し、後日、正式な返答をいたそう。それまでは、首都に滞在し、我が国の歓待を存分に楽しんでいただきたい。詳細は、追って我が国の外務卿より伝えさせよう」
ハイデンは恭しく体を折る。
「はっ。議会の賢明なるご判断を、心よりお待ち申し上げております」
ハイデンは再び深くお辞儀をして見せ、儀典官の先導で、静かに、だが堂々とその場を後にしたのだった。
議会の部分をみて、これ退屈では? と思い、先に舞踏会の部分を移動しました。
大部分を占める議会への謁見の部分は、物語の段取り的にはあった方が展開が分かりやすいと思うのですが、ちょっと理屈っぽいと思い、そういうのを読みたい人がどれくらいいるのかわからなかったので。




