影に影、陰謀に陰謀
「せめてアリシアの顔が分からなければと思たんだが」
ハイデンの言葉にアリシアが少し笑った。
「わたくしはこの髪にこの眼でございます。あの方も、それはご存じだったでしょう」
白い髪に赤い目、完全に色素が欠落した容姿は確かに間違いようがないであろう。ストレイチアが考えを述べた。
「あの男、最後に場を辞した業であるが、あれは御身の技に近い物だろうか。その、この世界がゲームであるゆえの仕組みを利用したものだと」
ハイデンは頷いた。
「同じとは言わないが、近いものだ。彼自身か、もしくは誰かが彼にあの技を与えたのだとしても、どこかの誰かがこの世界のシステムの利用の仕方を知ってると見るべきだろう」
ストレイチア、ヴェラーテ、アリシアの三人は、昨晩のアリシアの夢実の術と彼女が読んでいるものである程度この世界とハイデンの技の仕組みを感じ取っていた。少し不満げな表情のストレイチアが口をひらく。
「もう少し早く言ってくれても良かろうに。我錬金術師ぞ、世界の秘密に迫りたい職種ナンバーワンぞ」
ハイデンの口調を真似ておどけてみせていった。
「コンピューター・ゲームとかどこから解説していいのか困ってたんだ。量子力学とか、プランク時間の説明とか、概念単位で伝えるの大変だろう」
ハイデンは、以前の世界も実はコンピューター・ゲームのような投影では無いかという説が存在することがこの異世界転生の仕組みの秘密、ひいては世界自体の秘密に迫ることが出来るのではないかと考えていた。
ストレイチアが少し興奮してアリシアに話しかける。
「今晩も是非とももあの夢をお願いしたい」
「ヤメテ!」
ヴェラーテ、がらしからぬか細い悲鳴をあげる。アリシアがにこやかに言う。
「わたくし、ハイデン様といる限り、毎晩行おうと考えています。ですが、あの夢はわたくし一人ですべてを決めているわけではありません。あの夢に来れる方はおそらく何かべつの存在が、なので誰かを選んで除外することはかないません」
半べそになっているヴェラーテにストレリチアが声をかけた。
「そうは言うがヴェラーテ、御身の日本の歴史への知識や御身がしたためていた物語は素晴らしいものだと思うぞ?」
「歴女の夢女だからな」
茶々を入れたハイデンをストレイチアが叩いた。
「シテ・・・・・・、コロシテ・・・・・・」
膝を抱えて座り込んだヴェラーテの髪をアリシアが優しく撫でていた。
夜の会合となったアリシアの夢実も終わろうというころ、突如声が響いた。
「敵襲~! 敵襲~!!」
老軍曹コンラートの声が夜の屋敷の静けさを打ち破る。
ハイデンが夜着にローブをはおってアリシアの部屋の前に着いた時にはヴェラーテがすでにベッドの横で仁王立ちで侵入者を待ち構えていた。
「敵兵、打ち取ったりぃ~!!」
明かりが煌々と点いた廊下に、コンラートの声が響く。
「しばらくそのまま頼む」
ハイデンがヴェラーテに告げてコンラートが構えた槍先に倒れているに向かう。そこにはしゃがみ込んで声を殺して笑うストレリチアもいた。
頭巾のようなマスクを被った男だ。シンプルだが大ぶりのナイフを持ち、防御を考えた装備はない。涙を流しながら笑いをこらえていたストレリチアが彼に向って指を差して言う。
「御身は、良く真顔でいられるな! こんな悪戯みたいなトラップをしかけて!」
C.H.I.B.A(Counter Hostile Intent Bad Alien)のネーミングのことを言っているのだろう。アリシアとあの精神世界に触れてからどうも中途半端にハイデンの知識が広まってしまったようだ。ふざけていると思われるのは心外である。
「それはそうと、こいつは相当な使い手だな。ここまで敵意を押さえて来れたわけか」
戦闘能力はいざしらず、そこまで自分を律することが出来るものだろうか。槍を倒れている人物にピタリと向けたままのコンラートが言う。
「左様、中々の手練れでございましたぞ指令殿。だがこのワシの電光石火の槍捌きにこやつめ、目を回しよりましたわ!!」
「ああ、お手柄だ、軍曹」
目を回したかはともかく、彼の出現に思わず敵意を現わしてしまったのは確かだろう。夜な夜な警邏をしていることをやめさせようとの考えは、間違いだったかもしれなかった。
「お褒めにあずかり恐悦至極!」
ハイデンはそこを離れると侵入経路であろう開いたままの窓から外を覗いた。
窓の真下に地に倒れた人影が一つ、屋敷を囲う塀にぶら下がった影が一つ。塀の上には鈍いとはいえ槍の穂先のような人よけの装飾があるので気の毒だ。
「とりあえず送ってみたって感じだよな。屋敷に来なかったのは C.H.I.B.A. の事をハッキリとはわからないまでも、朧げに何かあることを知ってたんじゃなかろうか」
ハイデンがコンラートとストレイチアの元に戻ると、ヴェラーテがアリシアを連れて部屋から出て来ていた。
ヴェラーテが口をひらく。
「こういう裏の仕事をやる連中が取る手だ。捨て駒を用意して、危険度が高いと思われるところに投入される。多分雇い主が誰かはこいつらの上の上まで知らない。どこか別の組織が間に入ってる」
当局に引き渡そうと考えたのを今のヴェラーテの言葉でハイデンは考え直した。
「ということは、この依頼がどうなったかは、アリシアが自分達の手元に来るまでは全くわからないという事だな」
ニヤリとしたハイデンにコンラートが言う。
「指令殿の知略が光りますな!」
***
ファビアン・モレッリは複数の報告書を並べて忙しく左右に目を走らせていた。顔に不安が滲む。
あのハイデン・グリーンウッドの屋敷からアリシア・ハートが消えたとのことであった。当のハイデンは様々な組織に依頼を出し、アリシア嬢の捜索に躍起だという。
対して彼がアリシアの誘拐を依頼した組織からは連絡がない。完全に連絡が途絶えていた。複数の窓口になる人間がいたはずだが、どの人物もあの連中とは連絡が取れないという。
総大司教への報告はそれほど引き延ばせない。死んだというならまだしも、行方不明では言い訳が立たない。
わざわざ法律家であるアリシアの父をさらい、連合の法を利用した搦め手の戦いへと持ち込むはずが、その前の時点で大きく頓挫している。
横取りをされたのか? あるいは連中が寝返ってより高額な顧客へ切り替えたのか? 取れる選択肢は少ない。少なくともハイデンへの報告書のコピーがここへ来るようにしょう。あとはあのアビスとかいうたいそうな名前の組織に何故連絡がつかず、どこへ消えたのかを調べねばなるまい。
首に下げたアニマ・ディヴィナ教のイコンを握るファビアンの手が白く血の気を失い震えていた。
公国の大使としての仕事はよしないと。そんな下り覚えている人いるんだろうか・・・・・・。




