学園新聞
月曜日の朝。
教室に入ると、すでにとじけんが自分の席に座っていて、顔を机に伏せたままぼんやりしていた。
「……どうした、寝不足か?」
声をかけると、彼はばっと顔を上げ、目を輝かせて俺を指さした。
「夢宮! いや、それどころじゃないんだって!」
「どころ、ってなんだよ」
「昨日、夢に出てきたんだよ……あの先輩が!」
「先輩?」
「夢に出てきたんだよ、すっごく綺麗な先輩。髪がふわっとしてて、優しそうで……なんか、すれ違っただけで空気が変わる感じの人!」
「……会ったことあるのか?」
「いや、それが……多分、前にどこかで見ただけ。でも、目が合った気がする。たぶん校内にいる。絶対いる!」
「夢に出てきたからって行動するの、早くないか」
「恋はスピードだろ?」
とじけんは机を叩いて立ち上がった。早速、廊下に飛び出していく勢いだった。
「ちょっと待て、どこ行く気だ」
「まずは校内一周。教室、図書棟、音楽室、あと購買と中庭も。付き合え夢宮!」
「……どうして俺まで」
「一人で探すのは寂しいから!」
強引すぎる理由だったが、気づけば俺も走っていた。
中庭では花壇の水やりをする生徒たち。音楽棟からはピアノの音。購買前はすでに行列。だが、とじけんの目当ての先輩はどこにもいなかった。
「うーん……そんな簡単には見つからないか」
「まあ、夢の中の人だった可能性もあるしな」
「いやいやいや、絶対現実にいた! あの声、あの目、あの感じ! この心が覚えてる!」
「詩人かお前は」
そんなふうにからかっていると、廊下の角を曲がった先で、すれ違った女子生徒がいた。
「──あ」
とじけんが固まる。
とじけんが指差した先に、長めのスカートを揺らしながら歩く女子生徒の姿があった
俺の記憶が蘇る。そう、あの朝、誰もいない教室に入ってきた、あの先輩だ。
でも、とじけんはそのときまだ教室に来ていなかった。つまり、彼女を知っているはずがない。
「いや、お前、見てないだろ?」
「うーん、でもなんかこう……直感ってやつ?」
先輩がこちらに気づいたのか、振り返る。そして、少し首を傾げた。
「……何か、用かな?」
「ん? あれ、君……もしかして」
「夢宮です。夢宮カナト。あの朝、教室で……」
「ああ、やっぱり。思い出した。……そっか、同じ学年じゃなかったんだね。私は保佐カオリ。二年」
保佐先輩─そう呼ぶべきか─は、軽く微笑んでから、とじけんの方を見た。
「そっちは……」
「あっ、俺は十時ケンイチ! “とじけん”って呼ばれてます!」
「とじけんくん、ね。面白い名前だね。語感がいい」
「うわっ、“語感がいい”って言われた……!」
「落ち着け」
俺が肩を叩いて黙らせると、保佐先輩は「ふふっ」と小さく笑った。
「もしかして……何か用があって来たの?」
「いえ……たまたま」
とじけんが小声で「いや俺は目的あったんだけど」と漏らしたが、聞かなかったことにした。
先輩は一瞬だけ考え込むような顔をしたあと、ポンと手を打った。
「じゃあ、よかったら新聞部、見てく? 今ちょうど、新入部員を探してたの」
「新聞部って、記事とか書くんですか?」
「うん。学園のスクープとか、面白い話題を集めて、文化祭で出す新聞を作ったり。自由だけど、真面目なこともできるよ」
「自由……」
俺の中で、ある言葉が引っかかった。自由、という響き。
とじけんが横からひょいっと前に出てきた。
「それ、俺やりたいかも!」
「え、決断早すぎないか?」
「だって、先輩もいるし、記事書くとかちょっと面白そうだし!」
「まさか先輩が目当てじゃ……」
「そんなわけあるか〜!! ……いや、ちょっとはあるけど!」
先輩はくすくす笑いながら、教室の方を指さした。
「二人とも、興味があるなら歓迎するよ。まずは見学でもいいから」
その瞬間、とじけんがこちらを見た。
目が「頼む、付き合ってくれ」と語っている。
「……わかった。一緒に行くよ」
そう言うと、彼は声をあげて喜んだ。
「よし! 第一号の仲間ゲットだな!」
「お前、第一号どころか三十号くらいだろ」
「細かいことは気にすんな!」
そんなふうに、俺たちは部室の中へと入っていった。
窓際の机にはすでに記事の草稿が広げられていて、壁には過去の新聞が丁寧に掲示されていた。
羽の魂章が鎖骨に浮かぶ先輩は、そこで静かに、それでいて確かな光を放っていた。