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魂章 KONSHO  作者: しそれ
5/11

十時

教室の空気が昼下がりの風のように緩んでいた頃、俺の机に、突然、影が落ちた。


「おーい、紫のやつ!」


名指しとは思えない呼びかけに、一瞬だけ返事を迷う。けれど、次の瞬間には、パックのジュースが机に“ドン”と置かれた。


「これ、余ったからやるわ。俺、毎朝コンビニで多めに買っちゃう癖あるんだよなー。林檎ジュース、飲める?」


その軽すぎる声と態度に、思わず顔を上げると、そこには笑顔を張りつけたような男子が立っていた。整えた髪、ネクタイは曲がってるのに妙に似合っていて、眩しいくらいに「陽キャ」そのもの。


「……えっと、ありがとう」


「お、意外と普通に返してくれるタイプだったか!」


男はそれだけで勝手に盛り上がりながら、空いていた俺の隣の席に腰を下ろした。席、そこじゃないだろと思ったが、流れに押されて何も言えなかった。


「名前、夢宮カナトだよな?」


「ああ」


「やっぱり! 俺は十時ケンイチ。とじけんって呼ばれてる。クラスの半分はもう覚えたはずなんだけどな~、お前、あんまり人と話してないもんな」


「まあ、ね」


「いいっていいって。俺も最初は話しかけづらかったけどさ、なんか気になってさ。お前の魂章、珍しいし」


彼は俺の目元をちらりと見て、指で三角を描くジェスチャーをした。


「“紫の未完成三角”ってやつだよな? 俺、そういう中途半端な形、結構好きなんだよね。なんか、まだ完成してないっていうか……自由って感じしない?」


「自由、ね」


「うん。俺なんて“青の指章”だからさ。右手の人差し指」


とじけんは自分の指を立てて、軽くひねって見せた。確かに、そこには金属のような質感の細い青いラインが入っていた。


「精密作業に向いてるとかで、昔から“工業系向き”って言われてるけど……俺、機械とか別に好きじゃないんだよな」


「じゃあ、他にやりたいことが?」


「うーん、今はまだ模索中ってやつ。でも、自由に見えるお前の章見ると、なんかちょっと羨ましくなるんだよなー」


「分類不能、無価値ってやつだぞ?」


「でも、その分どこにでも行けるじゃん?」


とじけんの言葉は意外にもまっすぐで、その目には、茶化しでも興味本位でもないものが宿っていた。

軽く見えて、芯は真面目なのかもしれない。


「……お前、なんか思ってたよりずっと変なやつだな」


「よく言われる。ついでに言えば、ノートとかも超几帳面だから」


そう言って、彼は鞄からノートを取り出し、机にドサリと置いた。開いて見せてきたページには、赤・青・緑・黄色と、細かく色分けされた項目がびっしりと書き込まれている。


「これ、自分で?」


「もちろん。色分けしないと、なんか落ち着かない。頭ん中も整理された気がするんだよ」


「几帳面すぎるだろ」


「だろ? でも、部屋はぐっちゃぐちゃだから安心しろ。ノートだけは整えたいっていう、よくわからん俺のポリシー」


なんなんだ、このやつれのないテンションと、妙な正直さは。


でも、不思議と疲れる感じがしなかった。むしろ、肩に乗っていた無言の緊張が、少しずつほどけていく感覚。


「とじけん、第三十四号の友達だな」


「おいおい、リアルすぎるだろ。せめて十号くらいにしといてくれ」


「それは、ちょっと盛りすぎじゃないか?」


とじけんはそう言って、また勝手に笑った。どこまでも自由で、どこかまっすぐな笑いだった。


俺はそっと、机の上の林檎ジュースに手を伸ばす。あまり選ばない味だ。


でも、意外と、悪くなかった。

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