初記事
新聞部の部室は、校舎の端っこ――階段を上がった三階の突き当たりにある。
木の扉には「新聞部」の小さな札。ドアを開けると、窓から差し込む西日が部屋の中をやわらかく照らしていた。
「ただいま帰還ッ!」
一番に飛び込んだのは、もちろんとじけんだ。
「ちょ、うるさいって。静かに入れって言ったろ」
「でもほら、初任務成功だし! 帰還報告は派手にいかないと!」
先に入っていたカオリ先輩がソファに座りながら、苦笑いでこちらを振り返った。
「……どう? なにか分かった?」
「めっちゃすごかったです。花壇、めちゃくちゃ綺麗でした! しかもそこにいたのが――」
「おい、あんま騒ぐなって」
俺が軽く制してから、先輩のほうを向いた。
「三年の三浦ひより先輩が手入れしてました。文化委員でもあるそうです。名前は出さないでほしいって言ってました」
「なるほど……名前は伏せて、花壇の存在と“そこに込められた思い”だけを伝える形なら、記事にできるかもね」
カオリ先輩は頷きながら、机の上のノートをぱらぱらとめくった。
「なんか、“誰も知らなかった裏庭の優しい宝”……みたいなタイトルにしようかな。どう?」
「うお、それっぽい! スクープ感ある!」
とじけんは目を輝かせた。
「先輩、文章の才能ありますよね。魂章、やっぱり“羽”みたいな形なんですか?」
カオリ先輩は、自分の鎖骨のあたりを少し指さした。
「うん。緑がかった色で、羽みたいな紋様が浮かんでるでしょ。軽やかな発想とか、癒しとかに関係あるらしい。だからかな……気づいたことを、そっと文章にして残したくなる」
その言葉に、俺もなぜか少しだけ胸が温かくなる。
「……先輩が、文章で残したくなる“誰かの気持ち”って、俺、ちょっと分かる気がします」
「……そう?」
先輩がこちらを見る。目が少し柔らかくなった気がした。
「うん。誰かのために咲いてる花って、意識して見なければ通り過ぎちゃうけど。そこに気づけたら、ちょっとだけ優しくなれるかもしれないって……思った」
「おお~……なんか名言出た! 夢宮、それ記事の締めにしようぜ!」
「勝手に使うなよ」
笑い声が、春の夕方の静かな部室にふわっと広がった。
新聞部、はじまったばかりの三人の記録は、小さな花壇から始まることになった。




