紫の三角
――この世界では、十六の誕生日を迎えると、身体のどこかに魂章が浮かび上がる。
魂章の色はその者の属性を、刻まれる場所は能力の使われやすい傾向を、
そして、何より重く扱われるのは、そこからどれほど大きく力を発揮できるかという価値である。
弱い魂章は弱いまま、強い魂章は強いまま。
魂章は力であり、身分であり、未来そのものだ。
この都市で生きる以上、誰もその支配から逃れられない。
夕暮れの雑踏に、幾百もの光が揺れていた。
人々の身体に刻まれた魂章が、夜の街灯よりも鮮やかに瞬いている。
荷運びの青年が指先で木箱を押すと、箱の底がふわりと軽くなり、舗道の上を滑っていく。
大工の男は、背中に燃える赤の章を轟かせ、重い木材を一人で肩に担ぎあげた。
宿屋の女将は、首筋に揺れる黄色の章を輝かせ、客人の疲れを和らげるように声をかける。
色も、形も、場所も違う章が、道具のように人の暮らしを支えている。
俺は足を止め、ビルの窓に映る自分の姿を見つめた。
右目尻の下――そこに浮かぶのは、小さな紫色の三角形。塗り忘れたように縁だけが光っていて、中身は薄い。未完成な記号。
見慣れてしまったそれを、俺はいつものように一度だけ見て、視線を落とした。
(これで、何ができるっていうんだ...)
俺は心の奥でそう呟き、歩き出した。
制服の襟はきちんと折られ、背筋は真っすぐに伸びている。
ひょろ長い体つきのせいで、余計に孤独な影が伸びて見えた。
向かう先は「高等魂章学院」。
国と複数の企業が共同出資で設立した魂章教育の中枢。
強い魂章の持ち主を次世代の柱と見なし、育成することを目的とした名門校である。
掲げる言葉は「すべての魂章に、輝く場を」。
現実には、割り当てられる予算も席も、価値の高い魂章に偏る。
ここで俺のような、魂章価値の低い者は本来受け入れられない。
だが俺は、幼少期から抜群の記憶力と論理的思考を持ち、地方選抜試験を突破して、特例学術枠で入学を果たしていた。
学院の空気は冷たい。
力なき者には、まるで存在すること自体が異物だと言わんばかりの視線が降り注ぐ。