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side シエラ

イアン様と私の婚約が結ばれたのは、イアン様が十二歳、私が十歳の頃。

わが家に子供は私だけなので、イアン様にお婿入りしていただくことで話がまとまりました。

花も綻ぶ、あたたかい春の日のことでした。


イアン様のターナー家は伯爵家、対してわがベネット家は子爵家です。

ターナー家とは曽祖父よりさらに先の代から長くお付き合いがあります。

現当主であるお父様同士の仲も密であり、イアン様と私の婚約は、関係をさらに強くするために結ばれたものでした。


(素敵…この方が私の旦那様になるのですね…)


伯爵夫妻と共にわが家にやって来たイアン様を見た瞬間、とても驚きました。

サラサラの髪に鼻梁の通ったお顔のイアン様は、まるで物語の王子様のようで…私はすぐに心を奪われました。


顔合わせの後、大人がいては気が張ってしまうだろうと二人でお話することになり、ガゼボにお茶とお菓子が用意されました。

私は幼いながらに政略結婚の意味は理解していました。

ですが、長い人生を共に過ごすお方です。仲良くしたいと思いましたし、何よりイアン様がとても素敵なので、私はすっかり舞い上がっていました。


「あの、イアン様とお呼びしてもいいですか?」

「…好きにしろ」

「ありがとうございます。私のことはシエラとお呼び下さい」

「…わかった」

「私、お庭の中でここが一番好きなんです。すぐ横の木に時々小鳥が来て、木の実を食べるんです。それがとっても可愛いんですよ」

「…そうか」


(……?)


「…今日は天気がいいですね」

「……ああ」

「………」

「………」


なんということでしょう。イアン様はちっとも目を合わせて下さいません。それどころかお顔がむっつりとしていらっしゃいます。

どうやら気づかぬうちにイアン様のご不興を買ってしまったようです。

これはいけません。人間関係とは、小さな綻びから壊れてしまうものと教わりました。夫婦関係でもそれは変わらないはずです。

なんとかしなくては…。


「イアン様、私は何かご不快になられるようなことをしてしまいましたか?」

「は?」

「先ほどから不機嫌なご様子ですので。もしご不満があればおっしゃって下さい」

「いや、特には何も…」

「いいえ、そんなお顔をして何もないはずがありません。遠慮なくお答え下さいませ」


(もしかして控えているメイド達に聞かれることを心配していらっしゃるのかしら?でしたらこっそり話せるように近くへ行った方がいいでしょうか)


私は椅子を降り、イアン様のそばへ向かいました。


「さあイアン様。どうぞ遠慮なく、何でもおっしゃって下さい」

「ちょっ…お前、近……うわっ!」

「イアン様!」


小声で言われても問題ないようにと顔を寄せた私に驚いたイアン様は、立ちあがろうとしてバランスを崩したのか、椅子ごと倒れてしまいました。

私は慌てて膝をついてイアン様を起こします。


「大丈夫ですか?お怪我などしていませんか?……あら?」


膝や手などお身体のあちこちを触って確認していると、イアン様の変化に気づきました。


「イアン様、お顔が真っ赤になっております。お風邪ですか?ちょっと失礼しますね」


春とはいえ、外でお茶をするにはまだ寒かったでしょうか。

お母様にしてもらう時のようにおでこをくっつけて熱を測ろうと思い、イアン様のお顔を手で挟み顔を近づけました。

もう少しで私達のおでこがくっつく、その時。


「…っ風邪じゃない!お前も女ならもっと慎みを持て!」


イアン様はそうおっしゃると、私を突き飛ばすようにして立ち上がり、屋敷の方へ走って行ってしまいました。

メイドの一人が慌ててイアン様を追いかけ、もう一人は私が傷ついていないかと様子をうかがってきます。

ですが私の頭はイアン様に拒否されたというよりも、別の可能性を浮かべていました。


(イアン様…もしや、照れ屋さんなのですか?)


これがイアン様との出会いでした。



◇◇◇◇◇



出会いから五年後。

イアン様は十七歳、私は十五歳になりました。


イアン様からは誕生日などには必ず贈り物をいただきますが、ご本人とお会いできる機会はあまりなく、想いを募らせる日々を過ごしていました。

ですが、本日より私もイアン様と同じ学園へ通います。きっとこれまでよりお会いする機会が増えるはずです。いえ、頑張ればもしかして毎日お会いすることも可能なのでは…?

真新しい制服に身を包み、期待に胸を膨らませて馬車に乗り込みました。


・・・


「イアン様、お久しぶりでございます。お会いできて嬉しいです」

「…ああ」


学園に着いて驚きました。イアン様が私をお呼び下さったのです。入学早々なんて素敵なことでしょう。

おまけにベンチに隣り合って座ったため、イアン様がとても近いです。少し動いたら肩が触れ合いそうで…とてもどきどきします。

しばらくの沈黙の後、イアン様はこちらを向いて口を開きました。


「シエラ」

「はい」

「俺は学園でお前と必要以上に接触する気はない」


(え…)


「パートナーが要る場では相手を務めるが、それ以外のことでは俺に構わないでほしい。すまない」

「イアン様!……きゃっ!」


話は終わったとばかりに立ち上がり歩き出すイアン様を追いかけようと駆け出しましたが、慣れない靴なので足がもつれてしまいました。

転ぶ!と思いぎゅっと目を閉じましたが、いつまでたっても痛みがきません。

おそるおそる目を開けると、私の前にはイアン様がいて、私を守るように抱きとめて下さっていました。


「イアン様…!」

「大丈夫か?」

「はい。助けて下さってありがとうございます」


私はイアン様の優しさがとても嬉しくて、甘えるようにイアン様の胸に顔をすり寄せました。

イアン様のお身体は細身に見えましたが、がっしりとしていて頼り甲斐を感じ、どきどきしました。


「…シエラ、大丈夫なら離れてくれないか」

「あ…すみません。失礼致しました」


肩に手を置かれ促されるまま一歩下がると、イアン様のお顔は少し赤くなっていました。

もしかして…イアン様も私にどきどきして下さったのでしょうか。だとしたらとても嬉しいです。


「イアン様。必要以上に接触しないとのこと、了承致しました。ですが…」

「何だ?」

「時々はこうしてお会いしていただけますか?」


私はイアン様の手を取り、祈るように胸に抱き込みました。


「シエラ、この体勢はまずい」

「何がでしょう」


少し手に力を込め、ぐっと身を乗り出します。

するとイアン様はお顔をさらに赤くさせ、もう片方の手でお顔を覆ってしまいました。


「イアン様、お願いです。毎日とは言いません。一週間…いえ、月に一度でいいのです。どうかお会いする機会をいただけないでしょうか」

「っ…シエラ、勘弁してくれ………危ない、胸が。子爵…淑女教育はどうなりましたか…」


小さなお声で何かおっしゃっていましたが、必死でしたので私にはよく聞こえませんでした。


「私はイアン様と同じ学園へ入学する日を楽しみにしておりました。全くお会いできないのは嫌です」

「わかった、シエラ、わかったから手を離せ」

「本当ですか?」

「ああ。でも確約はできない。俺の都合がつく時で良ければ」

「それでも構いません!ありがとうございます!」

「よし、納得したな?したなら手を離してくれ」


嬉しさのあまりそのままイアン様の手に頬ずりをしていたら、イアン様に手を離されてしまいました。

ですがその手つきはいつかの時とは違い、そっと優しいものでした。



◇◇◇◇◇



私が入学して半月後、両親と共にイアン様のお家へお邪魔することになりました。

なんでも、イアン様のご両親が私の入学をお祝いして下さるそうです。

案内された部屋にはすでに伯爵夫妻が待っていらっしゃいました。


「ようこそ、ベネット殿。夫人にシエラさんも。わざわざ来てもらってすまないね」

「ターナー伯爵、とんでもございません。こちらこそシエラのためにありがとうございます」

「シエラさん、お久しぶりね。入学おめでとう」

「お久しぶりです、おば様。ありがとうございます」


私は幼い頃より伯爵夫妻をおじ様おば様と呼んでいます。

本来は失礼にあたりますが、ご本人方のご希望もあってそのまま呼ばせていただいております。

ちょうど挨拶を済ませた頃、イアン様のお兄様のアルフレッド様がお部屋にいらっしゃいました。


「すみません、遅れました」

「挨拶を終えたばかりだから問題ない。…アルフレッド、イアンはどうした」

「一緒に来ていますよ」


アルフレッド様が振り返った先にイアン様がいらっしゃいました。

学園の制服もとても似合っていらっしゃいましたが、お家のイアン様は服や小物の端々にイアン様の好みを感じられてとても輝いて見えます。

はあ…本日もとても素敵です。


「やあシエラさん、よく来たね」

「お久しぶりです、アルフレッド様」


お父様達とお話しているイアン様を見つめていたら、いつの間にかアルフレッド様が近くに立っていらっしゃいました。

いけない、と思い向き直ると、アルフレッド様が手招きするような仕草をなさいました。何だろうと思い近づくと、お顔と手を寄せられました。


「イアンに見惚れていたの?本当にシエラさんはイアンが大好きだね」

「あ…」


耳元でそっと指摘され、つい俯いてしまいました。

アルフレッド様にバレていたのなら、他の皆様にもバレているはず…。

顔が熱いので赤くなっているかもしれません。

恥ずかしくてそのまま顔を上げられずにいると、お父様達とお話を終えたイアン様が近づいて来ました。


「兄上」

「何だい?」

「少々近すぎではないですか。シエラが困っています」

「未来の義妹と仲良くして何か問題でもあるのか?」

「義妹との距離ではないのではと言っているのです」

「おや、そうかい?……全く。お前も素直じゃないね」

「………」

「ははっそんな怖い顔をするな。それよりお前、こんなに可愛らしいシエラさんを見て、何か言うことはないのか?」


アルフレッド様の言葉にイアン様がハッとして、勢いよくこちらを向きました。

今日はかしこまった場ではないものの、お祝いして下さるとのことでしたので、所々にレースのあしらわれたワンピースを着ていました。髪には誕生日にイアン様からいただいたリボンの髪飾りも付けています。

じっと見つめられ、やっと少し熱の引いた顔がまた熱くなってきました。

結局その後すぐに呼ばれたので視線は逸れてしまいましたが、イアン様に見つめられてすごくどきどきしました。


昼食をいただいてサロンへ移り、歓談もひと段落した頃。


「そうだ。イアン、せっかくだからシエラさんと街へ行ってきたらどうだい?」

「兄上?一体何を…」

「お前達、なかなか予定が合わなくてシエラさんが入学してから一度も出かけてないだろう。せっかく今日一緒にいるんだ。このまま出かけたらいい。ベネット子爵、いいですよね?」

「ええ、そういうことでしたら構いませんよ。シエラ、行っておいで」


お父様のお許しが出たので、そのままイアン様と私は出かけることになりました。

お父様達はおじ様達ともう少しお話をしてから帰宅するそうです。

おじ様は急な提案をしたアルフレッド様を嗜めていらっしゃいましたが、私をしっかり自宅まで送り届けるようイアン様におっしゃって、笑顔で送り出して下さいました。


・・・


窓の外を見ると、ゆっくりと景色が流れていきます。


当たり前ですが、馬車にはイアン様と私の二人きりです。

ただでさえ緊張する状況ですが、私の頭の中は馬車に乗りこむ前にアルフレッド様に言われた「デート楽しんできてね」の言葉で頭がいっぱいでした。


(デート……)


ちらりとイアン様の様子をうかがうと、窓の方へ顔を向けて外を眺めていらっしゃいました。

少し伏せられたまぶた、そこに縁取る長いまつ毛がとても素敵です。首に浮かぶ筋や、前で組まれた手の節などから男性らしさが感じられて、ため息を吐くほどの美しさです。


「…シエラ」

「はい」

「あまり見ないでくれるか」

「難しいご相談です。大好きなイアン様が目の前にいて、見ないというのは私にはできかねます」

「………そうか」


そのまま外へ意識を向けられると思いましたが、なにやら言いたげに口を動かしています。

しばらくしてイアン様が意を決したようにこちらを見ました。


「シエラ」

「はい」

「……その…今日の服、よく似合っている」

「え…」

「兄上に言われたからじゃないぞ。今日初めて見た時から、ずっとそう思ってた」

「あ……ありがとうございます……」

「髪飾りも…俺が贈ったものだよな?ありがとう。思った通り、似合ってる」

「はい……」


視線を窓へ戻し、それっきりイアン様は黙ってしまいました。

でも私にはわかります。照れていらっしゃるのですよね。お顔も耳も首も、ずいぶんと赤くなっていらっしゃいますし。


(髪飾り、気づいて下さった……)


そしてそれは、私も同じでした。


・・・


しばらくして街につき、イアン様の手をお借りして馬車を降りました。

ターナー家の近くには大きな街が二つありますが、この街へ来たのは初めてです。


「どこか行きたい場所はあるか?」

「その、こちらの街は初めてで…」

「わかった。じゃあ広場まで行くか。確か今日は露店市が立っているはずだ」

「市ですか?」

「ああ。色々な店が出てるから楽しめると思う」


イアン様に案内されて広場へ行くと、噴水を中心にして露店がいくつも並んでいました。

軽食のようなものやお菓子などの飲食店、ちょっとした小物など扱う雑貨店もあります。


「イアン様、あれは何ですか?」

「細長くした麺を油で揚げた物だ。塩や砂糖など好きな味を付けて食べる」

「ではあちらは?」

「あれは肉や野菜を炒めたものを包んで蒸した物だな」

「まあ!イアン様、あちら!果物が串に刺さってます!」

「…さっきから食べ物ばかりだな。昼食が足りなかったのか?」

「い、いえ、そういうわけでは……あら?」


ふと顔を向けた先に光るものを見つけました。

近づいてみると、リスやネコなど動物を模したもの、バラやユリなど花を模したものなど、いろんな形の飴がガラスケースの中に並んでいました。

どうやらここは飴細工のお店のようです。


「わあ、可愛いですね」

「ありがとうございます。どうぞゆっくりご覧になって下さい」

「これはどのように作っているのですか?」

「熱して柔らかくした飴を棒に巻きつけて、熱いうちにハサミや指で形を整えていくんです」

「まあ!指は熱くないのですか?」

「もう慣れました。冷めると固まってしまうので、熱いなんて言ってられないですよ」

「へえ…見事なものだな」


店主の言葉に、イアン様も感心なさっているようです。

私もこれが熱さと戦って作られていると思うと、より素晴らしいものに見えました。


「気に入ったのならどれか買うか」

「そうしたいのですが、急な外出でしたのでお金が…」

「大丈夫だ。俺が払う」

「いいのですか?」

「ああ。そのくらい気にすることはない。好きなものを選ぶといい」

「ありがとうございます!」


イアン様にお支払いさせてしまうのは申し訳ないですが、お言葉に甘えて一つ選ぶことにしました。


「あら、鳥はないのですね」

「鳥?」

「ああ、鳥もあったのですが、もう売れてしまいまして…売り場にないものはお作りしてるのですが、あいにく今日はもう材料がなくて作れないんです」

「そうなのですね」

「すみません」

「いえ、いいのです。それでは、こちらのウサギをお願いします」


私達がここに来たのはお昼を少し過ぎてからでしたので仕方がありません。

鳥がないのは少々残念ですが、ウサギも可愛くて気に入りました。

店主は飴が汚れないように上から袋を被せ、可愛らしいレースのリボンを結んで渡して下さいました。


飴細工のお店を後にした私達は、しばらく市を歩いていろんなお店を見て周り、陽が落ちる前に帰宅しました。

場の雰囲気に釣られてか、イアン様はいつもより饒舌だったように思います。

イアン様はおじ様に言われた通り、しっかりと私を家まで送り届けて下さいました。


いただいた飴細工は、食べるのがもったいなくてしばらくお部屋に飾っておきました。

食べ終えた後も包装に使われていたリボンを捨てられず、ちょうど栞の紐がくたびれていたのでそちらに結び直しました。

リボンを見る度に市での出来事や可愛いウサギが思い出されて、とても幸せでした。



◇◇◇◇◇



時は流れ。

ついにイアン様と結婚する日が近づいて来ました。半年後に私達は夫婦となります。


イアン様は学園を卒業後、領地ついてお父様から学ぶためにわが家へ通うようになりました。

私もイアン様と同じく、卒業後から勉強を開始しています。

結婚後より少しずつお父様達から引き継ぎを始めて、三年後には代替わりできるよう進めていく予定です。


「シエラ、少しいいか?」

「イアン様。はい、大丈夫です」

「ひと段落ついたから休憩がてら庭を散歩でもしようと思ってるんだが、よければ一緒にどうだろうか」

「お気遣いありがとうございます。私もそろそろお茶でもと声をかけようと思っていたのです」

「ちょうどよかった。ではガゼボに用意してもらおう」


イアン様は荷物の整理などでわが家へ長居することが多くなり、泊まっていくことも増えました。

お泊まりになる日は時間に余裕があるので、こうして二人の時間を作るようにして下さいます。


イアン様に手を引かれてガゼボへつくころにはお茶の準備ができていました。

椅子に座り、まずお茶を一口いただきます。


「…あら、このお茶は初めていただきますね」

「先日街へ行った時に新しい店ができていたんだ。そこのオリジナルのブレンドらしい」

「イアン様が買ってきて下さったのですか?」

「ああ」

「ありがとうございます。この香りは…カモミールが入っているのでしょうか。おいしいです」

「口に合ったようでよかった」


そう言ってイアン様も一口飲み、「うん、うまいな」とホッとしたようにおっしゃいました。


この数年でイアン様はずいぶん余裕が出てこられたようです。

以前は二人きりになると緊張したご様子でしたが、今ではすっかり落ち着いていらっしゃいます。

仕事の方でもお父様が目を見張るほど覚えが良いようです。

初めてお会いした時から素敵な方だと思っていましたが…本当に、私にはもったいないほどの方です。


「シエラ」

「はい」

「これを……受け取ってほしい」


そう言って、イアン様から細長い小箱を手渡されました。

開けるよう促され、開けてみると……。


「…小鳥?」


小箱の中には、リースに鳥が二羽とまっているモチーフのついたネックレスが入っていました。

二羽の鳥は寄り添っていて、片方の鳥は口に木の実を咥えていてとても可愛らしいです。

よく見ると、この鳥はよくガゼボにやって来る小鳥のようでした。


「あの…こちらは?」

「初めて会った時にここで話してくれたよな。横の木に時々小鳥が来て、木の実を食べるのが可愛いって」

「覚えて下さっていたのですか?」

「当然だ。それと、シエラが学園へ入学してすぐにターナー家の近くの街へ行った時、飴細工の店で鳥がなくて残念そうだった。あの時、シエラは鳥が大好きなんだなと思った」

「ええ、大好きです…」


イアン様の意図が分からず戸惑っていると、「貸してくれ」と小箱をイアン様が手に取り、中からネックレスを取り出します。

そのまま横に来て、ネックレスを私につけてくださいました。

やや小ぶりのそれは、ちょうど鎖骨のあたりに収まりました。


「よく似合ってる」

「イアン様…」


イアン様は私を見て満足そうにおっしゃり、そのまま流れるように私の手を取りました。


「俺はシエラの横にいる時、いつも無口で、目もろくに合わせなかったな。気を悪くさせてたらすまない」

「いえ、そんなことはないです」

「ああ、シエラはそう言ってくれるだろう。でも俺は、そんな自分がずっと情けなかった」


私はイアン様がそんな風に思っていらっしゃるとは知らず、とても驚いてしまいました。

イアン様は何かふっきれたようにお話を続けます。


「シエラが……その…可愛くて」

「え?」

「この可愛い子が俺の婚約者なのかと思ったら、どう接したらいいかわからなかった。その上、わざと遠ざけるようなことも言ってしまって。どうしたらいいか兄上に相談したくらいだ」


「そんなことでどうすると叱られたが」とイアン様が笑いました。

イアン様から告げられた言葉に、私は俯いて、顔が熱くなるのを止められませんでした。


ーシエラが…その…可愛くて

ーこの可愛い子が俺の婚約者なのかと


(イアン様が、私を可愛いと……)


「シエラ」

「は、はい!」


名前を呼ばれ顔を上げると、イアン様が私を真っ直ぐに見つめていました。


「俺はいつかまた、シエラに情けない態度を取ってしまうかもしれない。それでも俺はお前を離してやれそうにない」


イアン様は手を伸ばし、つけて下さったネックレスにそっと触れました。


「この二羽の鳥のように、シエラと寄り添って生きていきたい。……シエラ、好きだ。これから先の人生、俺と共に過ごしてくれるか?」


そうおっしゃったイアン様のお顔は、真っ赤でした。


「もちろんです!」


勢いよく抱きついた私を、イアン様はぎゅっと抱きしめて下さいました。


私の胸にイアン様への想いが溢れます。

照れ屋で口数は少ないけれど、優しくて素敵な、私の大好きな婚約者様。


あの日、おじ様に連れられて来たのがイアン様でよかった。婚約できてよかった。

……好きになってくれて、よかった。


いつまでも抱き合う私達を、木の上から小鳥達が見守っていました。




お読みいただきありがとうこざいました!

イアン視点のお話も追加予定ですので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。

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