酔ったセンパイは悪魔的
重い瞼を開けてみるとそこは制御された暗闇で
ああ……アイマスクか
と濁ったアタマに言葉が浮かぶ。
とにかくすべてが重い……
どうやらちゃんとしたところに寝てはいるらしい……
アイマスク……買ってたっけ?
う……なんか
吐きそう
お腹さすろうとしたけど
手のコントロールが上手くなくて
ポニョん!と下半身のモノに当たる
あれ
裸か………
アタマいたい
気持ち悪い
トイレ行きたい
ちょっと頭を傾けると
なんか金属の粒が頬に当たる
アイマスクのホック?……
ホック??!!
ガバッ!と身を起こすと
頭がガンガンする。
頭痛をこらえて手に握りしめているものを確かめると
ブラジャー??!!!
そしてベッドの上掛けからはライトブラウンのサラサラ髪が覗いている。
まさか??!!!
恐る恐る上掛けをつまみ……そっとずらすと
クツクツ笑うみゆきセンパイが居た。
「おはよ! ワタシと迎える朝のご感想は?」
えっ????!!!!
ええっっ~!!!!
オレって!!
ひょっとして!!
ヤっちゃったの??!!!
オレは焦りに焦りながら必死に昨夜の記憶を掘り起こした。
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誰に聞いても同意を得られると思う。
『みゆきセンパイが一番人気』だと。
オレが入社する数年前。
当時のウチの部の部長だった人が主だったメンバーをセールスも事務方も根こそぎ引き抜いて独立した。
その時、セールスのタイトル保持者の中で唯一引き抜きの誘いを断り、会社を辞めなかったのがみゆきセンパイで……それからの数年……オレが入社する少し前まで、みゆきセンパイは、それこそ寝る間も惜しんでセールス、業務兼任でウチの部を立て直した。
今、ウチの部の女子社員はみんな、みゆきセンパイが面接して指導(というより世話を焼いた)したし……男性社員だって上から下までみゆきセンパイには頭が上がらない。
でも、本人はいつもニコニするだけで必要がなければ決して前には出ないし、とにかく人を“立てる”
『アイツ!絶対いい奥さんになる!! その機会をオレたちが奪ったんだから責任取らないと!! お前たちが不甲斐ないからやむを得ない。オレが婿さんを見つけてやる』と社長夫妻が先頭切ってお婿さん探しをしているくらいだ。
社長からは不甲斐ないと嘆かれるけど……独り身の男性社員でみゆきセンパイに気のないヤツは一人もいないだろう。
毒男の飲み会では
「あのカッコいい胸に一度は顔を埋めたい!!」って
必ず誰かが口走るのが常だし……
オレだって会社訪問の時、初めてセンパイを見かけてからずっと好きだった…
でもセンパイの浮いた噂
一度も聞いたことがない……
そんなこんなで四半期末の昨日……ちょうど金曜日だったので目標達成かつ前年比10%UP達成の打ち上げの飲み会をいつもの居酒屋でやったんだ。
これはもちろん覚えている。
まだ、下っ端に毛が生えた位のオレは当然下働きで……自分の座布団の上には殆ど座ってなかったのだけど
「もうそのくらいでいいでしょ!」
とみゆきセンパイにいきなり腕を掴まれた。
「ワタシたちふたりはこの辺りで抜けますね。後の面倒はご自分でどうぞ」
半ば連行するようにオレの腕を引っ張って行くみゆきセンパイ……
「あ、あの、それはオレ的にマズい……」
「なに、ナマ言ってんの! 志摩クンには今から私のご接待役を命じます!!」
「それはパワハラでは?」
と言えるわけも言うつもりもなく……
オレはみゆきセンパイの後に従った。
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「オトコの子と焼肉なんて何年ぶりかな……記憶の彼方だわ」
オレを接待役に命じておきながら結局オレの世話を焼こうとするみゆきセンパイからトングを奪い取ってオレがセンパイの肉を焼いている。
正直、すごく緊張していて……
飲み会の席で殆ど物を入れていなかったオレは空きっ腹にビールをがぶ飲みしている。
「……という事は……“オトコと焼肉”……前はあったんですね」
「ふむ、それを聞くかね キミは!」
「スミマセン……」とオレは間が持てないで
また、がぶ飲み……
少しの沈黙の後……
センパイは珍しくニヘラと笑って話し始めた。
「みんなには内緒にしていたんだけど……ワタシ、ずっと長い間、腐れ縁のオトコが居てさ……キミが入社した頃にはまだ同棲してたんだ。当時はまだ会社もゴタゴタしててさ。ワタシには家に帰らずに済むいい口実ができて都合良かったんだけど……その事で最後は浮気を勘ぐられて暴力沙汰! やっとの思いで同棲は解消できたけど、そこからがまた長かった。ホント最近なのよ。ヤツとようやく縁が切れたのは」
“あの”みゆきセンパイが??!!
予想もしない話を聞かされてオレのピッチは更に上がり
「オトコの焼く肉がこんなにも美味しいとは!! これはワインでも試してみよう」とセンパイもグラスを並べ始めて……
いい加減、どっちが何をどう飲んでいるのか分からなくなった。
「言えないなあ 言えないなあ 志摩クンと間接キスしたとか……初音ちゃん辺りが聞いたら泣きそう……」
「ふへぇ?」
「ぷぷククク……志摩クンは知らないだろうけど……キミの事、見つめているコは少なくないのよぉ~ワタシも……キミにはいつかしてみたいことがあってさ!」
「えっ??!!えっ??!!」
何をされるのだろうとドギマギしていると
「キミが入社面接の時に披露してくれた。サークルの後輩の女の子が作ってくれた“悪魔のスペシャルドリンク”のレシピ、私、ちゃんと覚えているから」
「え“っ??!!」
みゆきセンパイ、店員を呼んで、ウイスキー、熱燗、焼酎、タバスコ、ウスターソース、キムチ盛り合わせなどなど、およそ焼肉店で調達できる物資を次々とジョッキの中へ放り込んでいく。
そしてとびきりの笑顔で
オレの目の前に
キムチのトッピングを施した凄まじい色のジョッキをドンッ!と据え置いた。
「サッ! 醒めないうちに飲んで!」
「グッ!!」
オレはそのニオイで既にたじろぐ……
「ねえ~どおしたのぉ~ 年上の女の子からのプレゼントじゃ 飲めないのぉ~」
セ、センパイ しゃべりおかしくなってんですけど……
センパイはオレの側のソファーにストン!とお尻を落として右腕をオレの首に絡めて自分の胸元に引き寄せ、左手に掴んだジョッキをオレの顔にグイグイ押し付ける。
「ほら!ちゃんと飲んでくれないと……ワタシの服、汚れちゃうでしょ! せっかく胸触らせてあげてるんだからキモチ良~く飲んでくれなきゃ! ホラッ! イッキ!!」
センパイからの肉弾攻撃に……
腹くくってジョッキを一気飲みして……
程なくトイレに駆け込んだのは覚えているけど……
その後が……
なんか訳の分からない説教をセンパイにしながら、センパイにズルズル引っ張って行かれたような……
オレはオトコだ!!
とか叫んだような……
うう!!ヤバすぎるけど……覚えていない……
で、今
どうやらオレは
ラブホのベッドの上らしい。
会社の毒男たちが夢憧れるふくらみが……目の前で眩しく揺れている。
「キミが『センパイの胸、眩しく見れませ~ん』って私から取り上げたブラ、一応、ワタシの勝負下着なんだけど……」
そんなことを耳元で囁かれてオレはますます縮こまってしまったが……頭痛と胸のムカムカはどこかへ飛んでいってしまった。
「昨日は大変だったんだからね……でも早く目が覚めてくれてよかったわ。まだまだ時間あるし……」
って!!!!
ギュッ!と握られた!!!!
「今度はおっきくなるかな?」
茶目っ気たっぷりの目で笑う……
センパイはシラフでも悪魔的だ。