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16.

 今日はやけに山が騒がしかった。風が木々を揺らし、葉や幹を通り抜ける際の音だろうか、唸り声のような音も響く。


 あと少しで拓けた場所に辿り着く、というところで、その中央付近に人の形をした裏山様が立っていた。

 まだ道の途中ではあったが、結はスニーカーを脱ぎ、裸足になる。

 先へ進もうとするのに、足が重い。

 これで良かったのだろうか、という考えと、こうするしかない、という考えがごちゃごちゃと頭を巡る。

 ううん、もう戻れない。戻れる場所はない。もう、何も考えたくない。

 行かなきゃ。私が終わらせなければならない。


 裏山様がこちらを見た。


『此方へ来』


 結が応えるために口を開こうとして、


「待った!!」


 ざっ、と音を立てて先に拓けた場所へ走り込んだ人影を見て、結は叫びそうになった。


「……!?」

「結さん、何も答えるな、動くなよ!」


 達正だった。

 上がった息を整えるためか、何度も息を吸っては吐く音が、少し離れた結のところまで聞こえる。


『来ずや?』

「彼女の代わりに俺が行く、と言ったら?」

「たっ……!?」


 達正は結の方へ振り向き、しっ、と言葉を制した。彼の目は怒気を孕んでおり、結は背筋がゾッとした。もの凄く、怒っている。


『ならば、其方が来』


 達正は、やっぱな、と小さく呟き、裏山様の方へ向き直る。


「いますぐには行けない。準備が必要だ。後で戻る、そこで待ってろ」


 達正は踵を返し、結の方へ早足で近づいてくる。


「一旦ここを離れよう、結さん。聞きたいことも伝えなきゃならないことも、たくさんあるんだ」

「でも……っ」

「靴履いて、早く」


 慌てて数歩戻ってスニーカーを履こうとしたが、手がかじかんでうまく履けない。

 ようやく履けたところで、結は達正に右腕を掴まれ、半ば引っ張られながら山道を下った。






 裏山の入り口を出てからも達正の歩みは止まらず、校庭まで辿り着いてやっと、立ち止まった。

 後ろでは裏山がオンオンと唸り声をあげている。

 結は山の方を振り向き、


「裏山様が……」

「結さんっ!」


 勢いよく両肩を掴まれ、無理矢理達正の方に向き直させられる。


「くそっ、前より断然痩せてるじゃねえか、ちゃんと食ってたのかよ!? ああ、震えてるし、顔も真っ青だ。何があった、何を言われた?」


 ぼんやりと達正の目を見る。先程まではいかなくとも、彼の目には怒りがあった。

 どうして、ここにいるのだろう。もう、この土地を離れたのだと思っていた。

 何も考えたくなくて、結は問われるまま答えた。


「……校長先生から、祓い師の仕事の話をする度に聞かれてたの、処女を守ってるかって。まさか、裏山様への生贄にまだ適してるかどうかの確認だったなんて、思わなかった」


 校長の言動がただひたすら気持ち悪くて、その質問に意味があるなんて考えなかったし、考えたくもなかった。


「私、協会から生贄としてここに派遣されたんだって」


 自分が生贄にされるなど、思いつきもしなかった。


「私、行かなきゃ。裏山様が怒ってる」

「結さん」


 振り切り戻ろうとする結を、達正は両肩を掴んだ手に力を込めて押し留める。


「ねえ、もう私のことなんて、嫌になったでしょう、怒ってるんでしょう? どうして離してくれないの?」

「嫌になんかなるわけがない! 俺が言ったこと、もう忘れたのかよ……そりゃ確かに腹は立ってるけど」

「ごめんなさい」

「違う、結さんに怒ってるんじゃない」


 達正は一度目を閉じ、息を吐いて目を開いた。


「今度は聞いてくれ、結さん」


 逃れようにも、肩をがっちりと掴まれている。結は小さく頷いた。


「俺が結さんの存在を知ったのは、結さんが赴任してくる数日前だ。珍しく校長が家に来て、親父と普通にリビングで話してたんだ、別に俺や弟達に聞かれても何の影響もない、ただの世間話って感じで。

 学校での怪異について親父は手を焼いていて、その件だろうってことは予測してた。

 ツテがあって、新人の祓い師を一人寄越してもらう。神社に所属していない巫女でしがらみがなく、生贄にはうってつけだと話してた。

 教員免許持ちだから、高校への潜入という指示を出せば教職員としても役に立つ。使い勝手の良い人材、時期が来たと判断した際には、生贄として差し出せば滞りなく終えられる、後始末はツテの方がやる、って。

 ……わざと見せつけたんだと思う。よくあるんだ。跡取りとして、これからこういう世界と関わって、こういう風に振る舞うんだぞって。それか、強い奴がバックについてるって自慢したいのか。もしくはその両方。

 自分の親ながら、ほんと根性ねじ曲がったクソ野郎で」


 話しながら、達正の眉はどんどん下がり、悲しそうな表情になっていく。


「ごめん、最初から知ってたんだ。知った上で、集会で赴任の挨拶した日からずっと、結さんのこと見てた。万が一何かあった時、助けられるのは自分しかいないって思ってた。裏山に毎日のように入ってるのも知ってた。

 だから、結さんがいつも手に持って歩いてた御守りを校長が俺のところに持ってきて、神社でお焚き上げにしとけって手渡してきた時、結さん、かなりまずい状況かもしれないと思って。それで裏山にへ入った。

 悠長にタヌキ助けて、その後で倒れてる結さん見た時はマジで自分をぶん殴りたくなるくらい焦ったけど。

 まあタヌキも結さんだったわけだから結果オーライだったわけで」


 思い出したのか、達正は少しだけ笑った。


「上座の話が出た時、これが俺のできることで、やりたいことだって思ったんだ。幸い俺は神社の息子としてある程度の知識と作法は仕込まれてた。親父があんなんだから、それまで神社の息子として生まれたことに感謝の気持ちなんて微塵も持ったことなかったんだが」


 頭が混乱する。

 校長は御守りを落としたのではなくお焚き上げにしようとしていた。達正君は、私が生贄として派遣されたことを知っていた。

 結局出て来た言葉は、


「……同情で、ここまでやってくれたの?」

「違う。親父達の話を聞いた時には、確かに同情したかもしれない。生贄、って、こんな時代にまさかとは思ったけど、あいつら本気で話してたから。

 新任の挨拶で初めて結さん見た時、ほんと、色んな意味でショック受けた。結さん、見た目俺達とそんなに変わんねえし、実際そんなに歳、離れてないだろ。

 いま挨拶してる子が犠牲になるんだとか、その犠牲にしようと画策してるのが親父含めた大人どもだとか。

 でも……」


 少し言い淀み、目が泳ぐ。再び目をきつく閉じ、見開いた。


「でもさ、めちゃくちゃ正直に言うと、結さんの姿を一目見て……そういうの、全部吹き飛んだ。

 好きになったんだ、俺が、何が何でも守りたいって思った。言葉が交わせるようになったら、もっともっと好きになった。守りたいし、ずっとそばにいたいし、そばにいて欲しくなった」


 達正の顔がみるみるうちに赤く染まる。


「生贄だの祓い師だの何だの、全然関係無くて。見た目が好みで、話してて、中身もすげーかわいい子だったんだ。好きになるに決まってる。

 申し訳ないけど、結さんのことを先生とか、大人っていう風に見たことは一度もない」

「……どうして、あの時言ってくれなかったの?」


 夏休み終盤、拓けた場所で、結が達正を拒絶した時。あの時にこの話を聞いていたら。


「生贄のことも、達正君が思ってることも、話してくれたら……それに、神主さんの息子さんだって、最初に言ってくれてたら」

「最初に言ってたら、あんな簡単に協力させなかっただろ。

 生贄のことも、何の対策もしないまま伝えたら、最悪いまの結さんみたいに、自分から行くって決断しそうで言えなかった。

 それに、あの時は俺の気持ちを伝えても、信じてもらえないか、やっぱ遠ざけてただろ。結さん、恋をしちゃダメっていうお母さんの忠告を守ろうとしてたから……いやごめん。色々言ったけど、単純に俺に、言う勇気がなかっただけだ。結局、離れちゃったしな。

 元々はどこかのタイミングで話そうとは考えてたんだ。俺は神主の息子で、結さんは騙されていて、助けたくて協力したんだって。

 結さんは自分一人の力でどうにかしようと考えてたんだろうけど、結さんを派遣した奴も、受け入れた側もみんな、最終的に結さんの命を捧げることで解決を図ろうとしてるって。

 でも、いつの間にか俺も、俺自身の手で助けたい、って気持ちがデカくなってた。俺がそばにいさえすれば、きっとどうにかなる、できるって、思い込んだんだよな。独占欲だよ。

 結さんから拒否されてかなり焦ったけど、その後も急いで色々手を打った。後輩達にはキツく口止めした上で引き続き見張ってもらったし、ミアさんにも協力をお願いしたんだ」

「綾世さんにも、連絡したの?」


 どおりで電話がかかってくるタイミングが良かったわけだ、と結は腑に落ちた。


「ああ。最初は唐突な連絡になってしまったし、急いでて詳しく説明できなかったのに、すぐに動いてくれる人で助かった。

 ミアさん、もうすぐ自由に案件を選べる時期に入るって言ってたから、俺がこの土地を離れるのと入れ違いで、またこっちへ来てもらう手筈になってた。

 ちなみにミアさんに生贄のことを話したのは結構後で、俺から口止めもしてた。彼女のことを悪く思わないでくれ。

 ……本当にごめん。大変なことになるだろうって予測していながら、俺の勝手な考えで、後手に回った」

「ううん、良いの。聞いていて分かった。

 私は、あの時何を言われても協会を辞めなかっただろうし、もしかしたら、生贄なんて信じもしなかったかも」


 達正の言葉を信じきれずに遠ざけて、真相を神主に確認し、今日と同じように呼び出されて事実を明かされショックを受けて、やはり自ら裏山様の元へ行っていたのではないだろうか、と結は思った。


「もう、ほんと……後輩達から緊急連絡きた時も、裏山様見た時も、心臓が止まるかと思った」


 達正は、結をそっと抱きしめた。


「俺言ったよな、生きることを諦めないでくれって。

 裏山の中走ってる時、めちゃくちゃ怖かったんだからな。間に合わなくて、もう二度と会えなくなるんじゃないかって」


 背中に回された腕に、ぎゅっと力が込められる。


「好きなんだ。なあ、お願いだから、俺の大事な人を勝手に奪わないでくれ」


 達正の言葉が、熱い体温と共に身体に沁みる。

 また、結の目から涙が零れ落ちた。






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