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12.

「裏山様のチカラの出し方、いまや完っ全にあんた仕様になってるよね。ふつーのやり方じゃマジで片付けられなさそう……」


 ミアが泊まった翌日、儀式後の片付けをしている最中のことだった。

 地面にあぐらをかいたまま、ミアは頬杖をついて考え込むように言った。


「最初から、通常のお祓いやお清めは効かなかったみたいだし、元々の裏山様の性質のせいじゃないかと思ってるんだけど.もしくは、私が魂を降ろしてるの見て、面白がったのか、気が向いたのか……」

「性質ねえ。それで他の方法を拒絶してるって? まあ、眷属だけ見れば、すばしっこいし速いし、確かに動物にしか処理できないかも。

 もしいまの状態でふつーのやり方を無理矢理当てはめて処理するなら、この山ごと鎮めるしかないんだろうけど……大規模過ぎて、それこそ人数をかなり集めないと無理だわ」


 ミアはその場から動かない。結は仕方なく、彼女の目の前に畳んだレジャーシートを敷き直して、その上に正座する。


「実際にここの任務見てて思ったんだけどさ、なんか、やーっぱ、おかしい。引っかかる」

「何が?」

「他の同期に聞いても先輩方に聞いても、一年目の任務には必ずパートナー、というか先輩が一人ないし数人はつくはずなんだって。あたしももちろんついてる。任務によって変わるけど。

 どうしてあんただけ、一人きり?」

「……パートナーである神主さんが、忙しくて来れないから?」

「技を行う際に側にいて助力や助言を行うのがこの場合のパートナーね。その神主、儀式には同席したことないんだよね?」


 結は頷く。


「やっぱり。協会のデータベースで確認したけど、この近辺の寺社仏閣の神主、僧侶に祓い師登録者はいなかった」

「いつの間に」

「いやいや、データベースなんて、協会に登録したIDとパスワードがあればいつでもどこでも見れるって。

 あんたの言う神主は、顧客か、もしくは地元協力家だと思う。神社だから恐らく協力家なんだろうけど、祓い師ではないからそもそもパートナーとしての義務も権利もない。

 一応確認だけど、あんたの任務って、裏山に残され、突然活性化した神性のもの、通称『裏山様』の影響で麓の高校で起こっていた怪異を止めること、さらに『裏山様』自体を鎮静化することよね?」

「うん」

「人選が間違ってる気がするのよ」

「どういうこと?」

「ここの仕事、あんたには向いてないんじゃないかってこと」


 大きく息を吸い込んだせいで、ひゅっ、と音がした。


「私じゃ、無理ってこと……?」

「ちーがう、そーじゃなくて! 技というか、適性の問題。あんたの技って見たとこ、本来情報収集系でしょ? 戦闘でも鎮魂でもなく。一般的な巫女ともちょっと違うし。

 今回の件は主に魂鎮めが目的。となると神社の巫女系、は祓師協会にはほぼ所属してないから、せめて神主系か僧侶系でしょ。どうしてそっちを当てなかったのかってこと。今年の新人は四人、その内あたし達以外の二人とも確か神主系だったはず。ここをあてがうならあの二人……そうよ、そもそも二人がかりでも手に余りそうな案件に思えるのに」


 ミアは腕を組んで、うーんと唸る。


「ねえ、あんたここに来ることを指示された時、どんな風に言われたの? メールで指示? 呼び出し? 給与と待遇については? 書面の取り交わしは? 期限は? 本部への報告に対してのフォローバックは受けてる?」

「呼び出しだった。本部の会議室に呼ばれたの。

『裏山に出現した霊的な現象が学校校内にまで影響を及ぼし始めている。新学期、学生達の学校生活――学業や部活動等――に支障が出ないよう、地元の神主が働きかけているが人手が足りない。補助として、巫女系の人材を派遣する』っていう風に言われた。あとはその地元の神主が補助するから指示に従えって。

 給料については、最初に神主さんに会った時、その場にいた校長先生から『普段は教師として働いてもらい、給与は教職員の金額に準ずる。待遇等も同じ』って言われた。特に書面やメールではもらってない。期限も特に言われてないし、本部への報告は、神主さんにしてた時も校長先生にしてた時も、何も返答はもらえてない」

「いやだから神主絶対パートナーじゃないし、教師の給与に準ずる??? は??? 聞いたことないぞそんなの。書面にも残さないとか、おかしいことだらけ過ぎじゃね……」

「私、何か間違ってる……?」


 もー、と言いながら、ミアは身を乗り出してぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。


「あんたが間違ってるなんてひとっ言も言ってないっしょ、そんな不安な顔しないでってば。

 あんた、慢性的にオーバーワーク気味なんだよ。疲れててまともに思考できてない。最初に会った時は、もっと頭回りそうな感じに見えてたのに」


 ミアは乱れた結の髪を、手で漉いて整える。


「あたしが間違ってるって言ってるのは協会の方。そもそも初任務の新人に、こんなに本格的な潜入させるなんておかし過ぎんのよ。しかもまともに動く先輩パートナーもなし、期限も区切らず重過ぎる案件をたった一人で対処させてる。更にセクハラ付き。

 ちなみにあたしの場合、長くて二ヶ月、短いのだと数日で終わる案件ばっかだよ。もう十件は終わらせてる。

 ねえ、この仕事、キツいことばっかじゃん。辞めようとは思わなかったん?」

「私は……」


 結はゆっくりと首を振った。


「母さんは行方不明になったおばあちゃんと、術そのものについて情報を得るために祓師協会に所属した。だけど私が高校二年生の時、祓い師の任務中に何か起きたらしくて、身体を残して魂だけ行方不明になった。

 任務が一体どういうものだったのか、どんなシチュエーションで、母さんが降りた獣が逃走、もしくは消えたのか、消されたのか。一緒にいたはずのチームメンバーのことも、当時の状況も何もかも、秘匿だからって教えてもらえなかった。残されている母さんの身体にすら、霊障が強すぎて面会謝絶って言われて、一度も会えてない。だから私も祓師協会に入ったの。母さんの魂の行方を探すのと、いまの状態になった原因を突き止めるために」


 そうか、と言い、ミアはまた腕を組んで、片手で口元を押さえる。


「思ってた以上だったな……もちろん、そのことについて協会側は把握してるよね」

「そのこと?」

「都司っちが、行方不明中のオカーサンの娘だってこと。なるほど、足元見られてる可能性があるな」


 足元を見られているとは、どういうことなのだろうか。


「分かった。オカーサンについては、あたしがツテを使って調べとく」

「え、なんで……」

「なんでって、あんたはオカーサンの前に、まずあんた自身の置かれた状況を確認すべきだからだよ。かなりヤバい状況に陥ってるって、もう少し自覚して欲しい。

 そもそもオカーサンの件、自分一人でほんとに調べられると思ってんの? 頼ってよ。疲れ切ってるあんたに、オカーサンのことまでできるはずがないっしょ。

 ねー、あたしがなんでこんな風にやってると思ってる?」

「わ、からない……」


 嘘だ。

 結は思っていることをそのまま口にするのが憚られ、黙り込む。

 さっき、彼女は案件をすでに十件は終わらせていると言っていた。力の差は歴然。

 初回の仕事すらいまだに終わらせられない同期を嘲笑しに来たのではないかと考えているなんて、とても話すことなどできなかった。


「唯一の、女の同期でしょ。フツーさあ、仲良くなりたいって思うじゃん? そんだけの理由だよ。あと困ってるなら頼って欲しいんだって。お互い様っしょ!」

「う、ん……」

「んー、納得できないか。まあいいや、そこはおいおいで。

 とにかくオカーサンのことは任せて。こっちでも、あんたの待遇について可能な限り調べとくから、自分のことで何か気づいたら都度知らせて。セクハラにも気をつけること。

 あとは、オカーサンの真意か。オカーサンとオバーチャン以外で、技のこと話せる人は?」

「おじいちゃん。昔住んでた山奥の村が解体されるまでは山伏をやっていて、おばあちゃんの上座はおじいちゃんがやってた」

「いまは何してるの?」

「村を出るときに掘り当てた温泉を源泉にして、山の麓で父さんと一緒に温泉宿やってる」

「温泉掘り当てた!? ちょ、ま、情報量多い」


 何がツボに入ったのか、くっくっく、とミアが笑う。


「へえ、初めて会ったかも。あんたの家系ってもしかして、元は山伏と歩き巫女じゃない?」


 結が首を傾げると、


「えー、あんたほんと……まあいいや。じゃあオジーチャンには都司っちの方から聞いてみてよ。オカーサンの真意は知らないにしても、何かヒントがもらえるかも。

 兎にも角にも、まずは新学期から生活のリズムを整えて、副顧問しつつ里帰りするための長期休みが取れるようにしてこ!」




 以来、ミアは宣言通り、休暇の度に結の儀式を手伝うようになった。ちなみにミアは毎度、結の部屋で当たり前のように寝泊まりした。

 週末に女子バスケットボール部の大会や練習試合がある時は、金曜夜の儀式の時間を長めに取り、ミアの使い魔と共に、徹底的に眷属を食べることで、大会当日の後に裏山へ入らなくてもいいように調整できるようになった。

 寒くなるにつれて、眷属の発生数が減ったことも要因の一つだった。


 そして、あっという間に冬休みに入った。

「雪の日は眷属がかなり減るし、そこ狙って里帰りするといい」とのミアからのアドバイスに従い、結は、雪の予報に合わせて新幹線のチケットを取って、数ヶ月ぶりに帰省した。






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