死の天使
とにかく必殺仕事人みたいに裁けぬ悪を滅するみたいな作品が読みたいというのがありました。
数年前に結構いいとこまで書いてたのでなんとか書き上げて出すことにしました。
日は沈み夜の闇が空を覆う。
街道を外れた草原、不安定な凸凹した丘がいくつもある。
そこに全身を覆うフードマントを靡かせ、疾走する人影。
それは彼、今は『彼女』となっている。
捕まり、絞首台に送られる事になる前は犯行の手口、力の無いものでも可能なことから犯人は女性説もあった。
まさか本当に女性に生まれ変わるとは思ってもいなかった。記憶を残したままだから何かと違う身体に戸惑ったが今は完全に慣れている。むしろこの身体は前の身体よりあらゆる面で恵まれていて、何かと具合が良い。オマケに暗殺組織で育ったので必要なスキルも揃っている。
前傾の姿勢に脱力し後ろに流れる腕の独特の走り方。聞き取るのが難しい程の静かな疾走音とともに獣の様な速度で駆け抜けている。目指すは先に微かに光の灯る廃屋、そこに彼女の獲物はいる。見張りは居ない。無用心とは皮肉なものだ。相手は盗賊なのだ。
彼女は建物の影に隠れ、様子を探る。耳を澄ませば女性の悲鳴のようなものが聞こえる。連中はどうやら”お楽しみ“の最中らしい。
彼女は更に魔術を発動させた。
彼女が転生したこの世界は魔法が存在する。いわばよく知られたおなじみの『西洋中世ファンタジー』の世界だ。作品事に設定や世界観は異なるが、房の中で支持者から差し入れられた本で読んだ物語でよく知った世界だった。
彼女が発動させたのは探知の魔法。通常の視力による視界認識とは別に生命や魔力を探知し視界に映し出す。
彼女は夜目も利き、聴覚、嗅覚も優れ、気配を感じ取るのも容易だ。
魔術の発動で微かに赤く光る彼女の目に淡い光、まるで熱探知カメラのように人影が映し出される。
彼女は『魔眼』の持ち主だ。
全部で8人、数名攫われた女性がいる。『獲物』は5人程だろう。聞いた話では3人だった筈だが他にも仲間がいたという事か。廃屋も大きくはない。今の身体の能力を持ってしても全員ステルスキルは難しいだろう。元より、あっさり楽にしてやるつもりも彼女にはないが。この状況は昔、悪名高いチンピラ集団や男女交友サークル、薬品で女性の身体を動けなくして行為に及ぶ『悪質なヤリサー』を襲撃した事を微かに思い出させていた。
あの頃は綿密に戦略を練り、機を伺う必要もあったが今は恵まれた能力により、この程度なら今、突入してもそれなりに納得できる結果が得られそうだ。何をするにしてもそう時間はかけれない。
「いやぁぁぁ!!もう許して!!」
腕を拘束され、服を破かれて、半裸になった若い娘が大泣きしながら泣き叫ぶ。元々それなりに整った顔の原型はあるが殴られた痣や腫れがある。結構な暴行を受けているようである。
奴隷商に売るなら生娘や傷のない方が良い値は付くが盛んで荒っぽい盗賊達には自制は不可能である。
「まだまだ元気じゃねぇか。まだ楽しめそうだ。」
「しっかり抑えてろよ。もう一回だ。」
一人が娘を羽交い締めにし、一人は既に下半身は露出している。
「へへへっ!あと何回いけるかな?」
男が羽交い締めにされた娘に迫る。
その時、何かが目にも止まらぬ早さで横切った。
風圧がその場を駆け巡る。
すると一人の男の腕とそしてもう一人の男の股に付いていたモノが中を舞っていた。
その時にいた男女はただ呆然としている。
モノを失った男が悲鳴をあげるより先に、驚き、空いた口が刃物で切り裂かれ、顎から下と別れている。
そして、横切り、切り裂いた者がもう一人の両腕を切り落とされた男の顔を縦に分断した。
それは瞬きする間も無いような、驚く間も無いような速さだった。娘は驚きのあまり、声にならない声をあげている。
「あ…っ、あ………あ、っ」
痙攣するように口が震える。
横切り、切り裂いたのはあの『彼女』である。
前の世界では身体能力は劣等の人間であっただろう。
だが、今の世界では超人、いやその枠すら超えてるだろう。
彼女は驚く娘に手をかざす。すると彼女は意識を失い、倒れた。彼女は眠りの魔法を娘にかけた。騒がれたり変に動き回られても面倒だからである。
「おい。」
「…ああ。」
奥にいた男二人が何かに気付いた。
傍らには呆然と涙を流し、目を空けたまま倒れている裸の別の娘がいる。
男達は武器を手に取り、警戒しながら進む。二人とも荒くれ者ながらも屈強でそれなりに腕も立つようである。
だがそれらは彼女の前では何の意味も無かった。
一瞬にして迫りくる人影。前にいた男が剣を振るったが狭い屋内でありながらひらりと宙返りで躱し、後方にて構えていた男の両腕、両脚が一瞬にして切り刻まれる。
「ながっ…?!!」
どうとも言えない声をあげ、ズタボロになった四肢では身体を支えられず、男はうつ伏せに倒れ込む。
もう一人の男は即座に振り返り、攻撃姿勢をとるが、それよりも速く、男の左腕は切り落とされ、背後に回り込まれ、残った腕、そして両脚を切断され、仰向けに倒れる。
「おごがあああぁぁぁぁぁ!!」
斬られた痛みと衝撃でもう一人の男も悲鳴のような叫び声をあげる。
獲物の四肢の切断、これは彼女の手癖でもある。
この一瞬にして行う芸当は当然、前の世界では出来ない。
だが四肢を切り落とすやり方は常套手段であった。
特に何も考えずに標的に精神的ダメージを与えやすいし、切り落とした分だけ軽くもなるから運び易くもなる。
それがこの世界での彼の、彼女のやり方の手癖となっていた。
男二人は一人は痙攣しながら声にならない声をあげ、一人は叫びながら胴体だけでもがいてる。
この男二人は放っておいても直ぐに出血多量で死ぬだろう。叫び声が気になったのか、彼女はもがき叫ぶ男の顎を蹴り砕いた。
「おい!動くな!ギルドの冒険者か!?」
振り返ると最後の盗賊の一人、リーダーらしき男が裸で怯える娘に剣を突きつける。
「持ってる武器を捨てろ!言うとおりにしないとこの女の命はないぞ!」
彼女は二刀で手に持っていたククリナイフのような剣を左手を先にゆっくりと男の前に投げ落とす。
鋭利な業物なのか、木の床に刺さる。
「もう片方もだ!!早くしろ。」
焦りからか彼女が動く前に男は叫ぶ。
彼女は右手の剣を投げ放った。
回転する剣は落下せず、不自然な軌道で男の剣を持った腕を通り過ぎ、壁に刺さる。
すると男の剣を持った腕は床に転がっていた。
「ギャアアアッ!!」
それを見た娘は悲鳴をあげる。
「ウゲッ?!イデェェェェエ!!」
男は斬られた腕を見ながら叫ぶ。
念動力による魔法だろう。
目立たないがああいう剣の軌道をさせるには高度な技術を必要とする中級以上の魔法だ。
彼女はその一瞬で距離を詰め、フードマントで見えなかった後ろの腰に携えた二振りの剣を抜き放ち、男を下からV字に切り裂いた。それぞれ炎と氷の魔法が宿った剣である。投げ放ったククリナイフのような剣もかなりの業物だがこの二振りはこの世界でも希少な魔法の武器である。
斬られた男の四肢の傷口は炎に焼かれ、氷による凍結で止血されている。リーダーは生け捕りにするつもりなのだろう。
「うがぁぁぁぁ!俺の腕が!!脚がぁぁぁ!!」
リーダーは四肢を失い、凍結や火傷の痛みで泣き叫ぶ。
元々荒ぶる盗賊のリーダーで屈強で腕も立ち、メンバーをまとめる度量もあった男なのだろうが、悪党とはいえなんとも哀れみすら感じるような姿だった。
ひと仕事終えたのか、泣き叫ぶ盗賊団のリーダーを尻目にその場を離れようとする。
だが、捕らわれ、慰み者にされたであろう娘達が盗賊の武器や木の棒を持ち、力無く歩きながら泣き叫び、もがく盗賊のリーダーの元へ集まっていく。
効果が切れたのか、叫び声で目が覚めたのか、先ほど眠らせた娘も盗賊の武器であった手斧を引きずりながらもがき叫ぶ胴体に向かっていく。
「やめろ!やめてくれ!やめ………」
娘達は黙って手に持った獲物を振り下ろす。ひたすらに振り下ろす。
相当恨みがあるのだろう。止めようにも彼女には不可能であろう。仕方ないとその場を後にする。
彼女は松明を上に掲げ、左右に振り、合図を送った。
「合図だ。行こう。」
岩陰に隠れていた二人組が彼女の元へ走って行く。
一人は剣を背負った少年、もう一人は短い杖を持った少女である。
「………終わった。全員始末してしまったが………。」
彼女は淡々とだが少し申し訳無さそうに話す。
「もう終わったのか…?!敵は三人とはいえ速い!」
少年は驚きながらも興奮した様子で話す。
「五人だった。中は見ない方がいい。後で捕らわれた女が三人出てくるだろう。介抱してやれ。自分はギルドに依頼達成の報告をしてくる。」
「今からですか?」
少女は心配そうに話しかける。
「大変だったでしょう?今日はもう休んで報告は明日でも…。」
「問題ない。そこで野営して待ってろ。中は見ない方がいい。」
彼女はそう言うとその場を後にしようとする。
「あの…せめてお名前を…。」
夜風がフードマントを靡かせる。
「グリム………グリム・リーパーだ。」
フードを降ろした彼女を月明かりが照らす。
月明かりに微かに輝く銀の髪、透き通るような白い肌、横に長く伸びる耳、そして鮮やかな赤い瞳。
それは、誰もがたじろく程の美しい顔をしていた。
フードマントが靡き、身体も少し見える。
様々な装備を身に纏っている。動き易さを考慮してなのか、それとも他に意図があるのか、露出は多めである。
腹部は完全に露出しており、下はへその下辺りまで露出しており、上は豊満な乳房の下部が見えている。
豊満で引き締まった、見事な造形美のプロポーションを持った身体だ。
その美しさ、妖艶さに少年と少女は暫く見とれてしまった。
彼女はこの世界ではこの異名『グリム・リーパー』名を使っている。
そのそも前の世界でも名前を変えたりしていたので元の名など既に覚えていない。
この世界では言語や文字も全くの別物なので
グリム・リーパーは死神という意味でもない。
「俺はエルクだ。」
「私はマンディっていいます。」
エルクは戦士系の少年。マンディは魔導師系の少女。
二人とも少しは場数を踏んでるだろうが到底盗賊五人に勝てるとは思えない。依頼書に記されていた三人であっても厳しいだろう。道中知り合ったグリムは助太刀として同行していた。結局、先行して一人で片付けてしまったが。
「全部お任せで申し訳ないです。」
「報酬はもうグリムさんが全部持っていっていいよ。」
マンディは申し訳なさげに、エルクは苦笑いしながら話す。
「いや、今回はお前達がいなければこの依頼も無かった。それに、職業柄、めぼしいものは頂いたからな。」
グリムは少量ながら盗賊達からくすねた小銭や装飾品をちらつかせる。
グリムの装いからこの世界での役割は隠密、偵察、斥候といったものになる。レンジャーやスカウト、シーフといったところか。先行して様子を探ったりする役割である。その特性からか、単独で入手した宝物等を独占する事もできる。仲間同士で揉める事もあるが、危険な役割や特性故に基本的にそういった職業に黙って独占されるのもこの世界の風習では多少は暗黙の了解となってる。
もちろん前の世界でもやっていた。生活や逃走、犯行のための資金として。標的から盗っていたので立派な強盗殺人である。
この世界でも広大な領土を持つ帝国。種族は人間とほぼ一緒の種族、ヒト属が大半を占めるが権利を得れば多種族でも帝国民になれる多民族国家である。
首都帝都はかなり広大である。幾つもの区画に別れ、貴族、平民、スラム、商業区等、様々な街並みがある。
その一つ、帝都とはいえ末端ながら立派な建物の並ぶ夜の商業開放区にグリムはいた。
殆どの店はもう今日の営業を終わらせている。空いてるのは主に酒場や宿屋である。
その中で一際大きな建物がある。それはいわば
『冒険者ギルド』と呼ばれるものだ。
主に帝国の衛兵や騎士の代わりに流れ者、いわば冒険者に問題の解決を依頼する施設だ。
主に未開の地や遺跡、迷宮、洞窟の探索や盗賊や魔物の討伐を依頼される、実質的には傭兵に近い。
危険も多いが帝国からも依頼や援助があり、報酬も高く
実績のあるものは帝国直属の冒険者や騎士、貴族に取り立てられたりもする。
夜の冒険者ギルドは日中とは違って静かである。夜の間でも依頼達成の報告等、業務はある。帝都の冒険者ギルドは24時間営業なのである。
「依頼は終えた。自分は受注者の使いで来た。帝都外れの廃屋にいる。」
グリムは受付に依頼書を持って告げる。
「はい、お疲れ様です。確認と処理を行う衛兵は明日になります………ん?」
受付に一人いたギルド職員の青年が何かに反応する。
「お姉さん、いや、お嬢さん。これから空いてるかい?」
どうやらグリムの美貌に反応したようである。
青年は前の世界でいう『イケメンホスト』的な風貌である。どうやらナンパをしているらしい。
「先輩!夜勤の真っ最中じゃないですか!ちゃんとしてください!」
後ろからまだ幼さの残る女性が声を掛ける。私服だがこのギルドの職員のようだ。業務を終え、これから帰宅する様子である。新人ながらしっかりした様子である。
「なんだ、まだいたのかシエナ。仕事熱心なのはいいが休むのも仕事だぜ?」
「先輩はもっと仕事を熱心にしてください。」
シエナはそう言うが本気で怒ってる様子は無い。
だらしないながらも先輩である青年に信頼と敬意があるのが見て取れる。
「お嬢さん、よろしければお茶でも…。」
「もうっ!!」
職員達のやりとりを尻目にグリムは告げる。
「依頼書には盗賊は三人とあったが五人だった。」
青年は依頼書を見つめ直す。
「(なるほど、またか…。)」
青年の顔つきが一瞬変わったが直ぐにいつもの態度に戻る。
「お名前の方、宜しいですか?冒険者ギルドの登録者の確認を致しますので。」
「自分はここの冒険者ギルドに登録していない。ここには使いで来ただけだ。」
グリムは淡々と告げる。
「承知しました。では、登録の際は是非このエンデ・ニールまで。達成確認は明日になります。本日はお疲れ様でした。」
青年も慣れた様子で業務をこなす。だが急に態度が変わった。
「どうしたんですか?急に真面目になって」
「怖い後輩がいるからだよ。」
いつもやってると言わんばかりの冗談のやりとりが成される。その間にグリムの姿は無かった。
「あの人、行っちゃいましたね。ギルドに登録してないって事はまだ旅の途中の冒険者さんなんですかね?」
「かもな。物凄い美人だからウチを拠点に活動して欲しいんだけどな」
「まったく…私も帰ります。お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
後輩のシエナは職場を後にし家路につく。
だがエンデはその後も依頼書を見つめ呟く。
「少し、面倒な事が起こりそうだ……」
そして、夜が明ける。
「起きて、エルク!起きて!」
「ん?ああ?」
野宿とはいえエルクは爆睡してたらしい。逞しいものだ。
「依頼達成の確認はした。ご苦労だった」
目の前には馬にまたがった身なりの良い装備を身につけた青年がいる。
彼は帝国の騎士だ。その姿にエルクは驚く。
「騎士様!?何故此処に!?」
エルクは慌てて跪く。
「構わない。楽にしてくれたまえ。ところでこれは君たちがやったのか?」
騎士の問いにマンディが答える。
「いえ、手伝ってくれた他の冒険者さんが全部やってくれました。私達は何も…」
「そうか、わかった。その冒険者は何処に?」
「達成の報告をしたっきり戻って来てません。」
「なるほど、その冒険者の特徴は?」
「美しい銀の髪をしたとても美しいエルフの方です。鮮やかな赤い瞳が印象的でした。とても素早いのでスカウトやレンジャーの人だと思います。」
「そうか。そういえば報酬がまだだったな。生け捕りが原則だったが人数の記載に誤りがあったようだ。報酬はそのまま1000G払おう。」
「やった!ありがとうございます!」
エルクが少年らしく喜ぶ。新参の冒険者にとってはかなりの大金である。
「エルク、失礼だよ。それにグリムさんにも渡さないと…」
報酬を受け取り、はしゃぐエルクをマンディがなだめる。
「コイツは酷えな。まるで魔物が食い散らかしたみてぇだ」
廃屋から体格のいい、盗賊以上に屈強で荒々しそうな男が姿を現す。
「魔法か付呪武器によるものもあるね。何にせよタダ者の所業じゃないよコレ」
更にもう一人、魔術師系の風体の女性が出てくる。二人とも同じく騎士団の所属のようだ。
「ご苦労。後の処理は我々が。捕らわれた者達の保護もだ。エスト、君も彼らと一緒に戻りたまえ」
捕らわれていた娘達に付き添っていた神官の少女に声が掛かった。まだ見習いといった所で体格は違うがマンディと同年代位であろう。
「え…でも彼女達は…」
エストは捕らわれていた娘達を心配そうに見つめる。
「治療術はもう施したのだろう。君の仕事は終わりだ。ご苦労」
治癒術、回復魔法が使えるのは主にエストのような神官、僧侶といった職業の者達である。この世界の最も多く信仰されてる宗教の教会、法皇庁の所属であり、神職は基本的に争いを嫌うので冒険者ギルドであっても下位の者がこういった回復役の神官、僧侶を同行させられる事は難しい。
まあ、『お布施』次第で変わるようではあるが。
教会は帝国の援助を受けており、見習いであっても治癒術が使える彼女を派遣したのだろう。
身体の傷は癒やしたが精神面も気にかけてるエストの神職に相応しい心根の優しさを感じ取ることができるが、同時に騎士の圧力に押し切られてしまう気の弱さも感じてしまう。
エルク、マンディ、エスト達は何か心残りがあるようにゆっくりと帰路につく。
「金はケチられる事無く貰ったし、悪いようにはなりゃしねぇよ。」
エルクは沈んだ空気を晴らすように言った。
「…そうだよね…。」
「………。」
仕事を終え、報酬を貰えればそれでいい。冒険者とは本来そういう者だ。事案の犠牲者の事は自分達には関係ない。余計な心配や優しさは時に命取りにもなる。
だが、この三人は若く、そして優しい。
場の空気は和む事は無かった。
「グリムさん、何者なんだろな…。」
「もしかして、宿屋の女将さんが言ってた『影牙』(シャドウファング)の人なのかな?」
「『影牙』…帝国に伝わる闇の住人の方達の逸話ですね…。」
エストが重い口を開いた…。
「私は詳しく存じませんがかつて、力を持たぬ人達の代わりに悪しき人を罰したというおとぎ話のような…」
「今もひっそりと存在してるんじゃないかって噂があるんだって。女将さんは根拠の無い都市伝説だって言ってたけど」
「ガキの頃、悪さすると躾でよく『影牙』が来るぞって言われたもんだよ。」
「エルクは今も子供だけどね」
「お前もな!何だその発育の差は!胸囲の格差社会!」
「なによ!!」
エストは顔を赤くしながらも、そのやりとりに少し笑う。どうやら場は和んだようだ。
「あちらの廃墟になった教会が見えますか?」
「ん?あれか?」
エルクとマンディはエストと同じ方向に視線を向ける。
そこには森で囲まれた廃墟となった教会らしき者がある。
「あそこはかつて孤児院の教会があったとのことですが、そこを取り仕切っていた司祭様は子供達を人買いに売る事で私服を肥やしていたという話です。子供達への虐待も日常的だったとか。しかし、ある日突然、その司祭様は変わり果てた姿で教会の女神像に貼り付けられてたと言います」
「この辺りじゃ有名な話らしいな」
「行いに罰が降ったという話ですが…」
「女将さんが『影牙』の噂の一つだって言ってたね……」
「司祭の行いが目に余り出して商品たる子供を傷物にするから人買いの組織から抹殺されたって話もあったな……」
「その教会も今は廃墟ですし真相は不明なんですけどね…。『影牙』の拠点になってるとか、売られた子供達の怨念が残ってるとかそんな噂もあって、今は近づく人もいないと私達の教会でも噂になってましたね」
「…まあ、『影の牙』なんてものがいりゃ世の中もっと平和だよ。俺達冒険者の仕事も少なくなる」
「世の中もっと穏やかならいいのに……」
「お二人は何故冒険者に…?」
「まぁ一攫千金かな?二人とも元々身よりは無ぇんだが、俺達のいた村の村長や村の人達がみんないい人でな。こんな俺やマンディを育ててくれたんだ。村での仕事をやっても良かったんだが俺は喧嘩っ早いしそれなら冒険者になろうと思った」
「私も元冒険者のおばあちゃんから魔法をちょっと習ってたし、エルフとの混血の私を受け入れてくれた村の人達に恩返しがしたかったから一緒に村を出たんだ。みんな反対していたけど…」
よく見るとマンディの耳は少し尖っている。エルフの血が少し混ざってるといった所で人間と見分けはつきにくい。
帝国はヒト主体の国家である。多種族でも入国、定住は可能で多種族でも高い地位に就いてる者もいる。大昔とはいえエルフはかつては敵対していた種族。潜在的な差別は今も残っている。
「…私、やっぱり戻ります。騎士様達の支持に従うようには言われましたが、見習いとはいえ神官としてやはり最後まであの人達に付き添ってあげたいです。それが意味のある事かは解りませんが…。」
「そっか。あんま無理すんなよ。やれる範囲でな」
「少しでもあの人達に救いがあるといいですね」
「あなた達はこれからどうされますか?」
「宿屋に即戻って寝直したいが、助っ人に報酬の分け前を渡さないとな………」
「ギルドにいるといいけど…帝都にいても広すぎるから………」
「見つかる事を願っております。お気をつけて」
「おう」
「じゃあね」
互いに笑顔で別れた。それぞれの思いや意思を抱きながら。若く、未熟で小さなものだが有望な若者というのはこういうものなのだろう。
「そうか…特徴はよく解らないか………」
騎士は捕らわれていた娘達に盗賊を始末した者の事を訪ねていた。だが、暗がりではその姿はよく解らず、エルク達以上の情報は得られ無かった。
「…まぁいい。どうせこのバカ共の尻拭いにも嫌気がさしてた頃だ」
騎士は廃屋に転がる肉塊を見つめ呟いた。
「ちょ…マズくない?それ言うの?」
「構わねえんじゃね?後の事も面倒だ。連中もバカだから何か漏れたかもしれん。それに『傷物』は価値が下がる」
娘達の顔に疑問の表示が表れる。次の瞬間、娘達の一人が更に驚愕の表情が表れる。
「あ…あが…。」
騎士の剣が娘達の一人の腹部を貫いていた。
騎士は冷酷な目でそれを見つめ、剣を引き抜く。
貫かれた娘は腹部を抑え、屈みこむ。
「盗賊達は攫った娘達共々全滅。犯人は盗賊と内通してたギルドの新参冒険者の二人組ってとこか。」
騎士は得意気に語る。
「酷い話だ。物書きを目指さなくて良かったな」
騎士の仲間の巨漢の男がそう言うと、男の手には別の娘が首から握られ、吊し上げられてる。
「が…はな…っ…!」
娘は苦しみ藻掻いてる。女とはいえ、片手で人を持ち上げる腕力。それだけでこの巨漢の男は見かけだけで無いことが解る。
まるで枝を折るかのように首が折れる音がした。
巨漢の男は粗末に首の折れた娘を投げ捨てる。
剣を刺され、蹲っていた娘は泡を吹きながら痙攣し、倒れ込んだ。
「これは相手を死に至るまで蝕む毒の魔法が付呪された剣でね。我が家の家宝、高価なものさ。光栄に思うことだ」
刺された娘は白目をむく寸前の目を見開き、身体のありとあらゆる穴から出るものを垂れ流し、既に絶命していた。
「あははっ!きったなーい!!」
魔術師の女が笑いながら言った。
残った娘は、恐怖におののきながらも、必死に走り出す。
「誰か…助けて…!!」
街道から離れた場所、人が叫んだ所で偶然街道を歩く者がいても届くはずもないが、残った娘は必死にがこうとする。
「旋風よ…その先を遮るものを切り裂け…風の刃!!」
魔術師の女が呪文を詠唱すると逃げる娘を追うように風が駆け巡った。すると娘の身体は鋭い刃物で切り裂かれるように四散した。四散した身体から大量の血が飛び散った。
娘の先には戻ってきたエストがいて、大量の返り血を浴びていた。エストは呆然としている。
「あれ?あの娘、まだいたの?始末する?」
「いや…、教会の者は色々と面倒だ。…だが、いいように使えるかもしれん。」
「そう……、まだまだガキとはいえ、アタシ、自分より出るとこ出てる奴、嫌いなのよね。仲良くできるかは保障しないよ?」
「そう言うな。お前だってなかなかのもんだ。性格は最悪だけどな」
「という訳だ。僕たちに協力するなら君の命は助けてやろう。でなければ君の命だけじゃ無い、教会にも迷惑がかかる事になる」
その気になれば教会に何らかの圧力をかけられるとの事だろう。どうやら騎士は貴族の生まれでコネクションやバックボーンもあるらしい。
エストは膝から力無く崩れ落ちた。彼女の信じた道や信念は今、砕かれたのだ。
「そう落ち込むな。今時、こういった繋がり無しでは生きるのは難しい。だが将来は約束されたもんだ。何なら俺の女にしてやるぞ?楽させてやるよ」
「ったく、相変わらず元気だね」
魔術師の女が呆れたように冷ややかな目で巨漢の男を見つめる。
「まあ待て。ある程度の身の安全は確保しておかないとな。女は他で幾らでも買えるだろ。今はこの場の処理が先だ」
騎士はその場の処理の指揮を取り出す。その場に伏して動かぬエストを尻目に。
森の廃墟の教会、様々な噂の絶えぬ教会、そこに彼女、グリムはいた。何とかその役割を保っている礼拝堂の長椅子そこでグリムは眠りから覚めていた。雨は凌げるものの、天井には所々に穴が空き、建物はボロボロである。盗賊達の廃屋以上にとても人が住んでるとは思えない場所だ。グリムは転生前もこういった場所を寝床にする事が多かった。不気味で人の寄りつかぬ場所ほど、都合がいい。
たまに好奇心で来る者もいたが適当に脅かしてやればもう来ない。たまに持ち歩く事もあった標的の身体の一部もそういう事には大いに役に立った。
さて、今日の予定はどうするか。グリムは超人的な跳躍力で飛び上がり、教会の屋根から帝都を見つめた。帝都で得られる情報や品はとても役立つだろう。そして、この国や年の世情も確認しておく必要もある。
エルクとマンディは帝都に戻り、エルクは下宿先の宿屋に向かった。マンディは冒険者ギルドを覗いて行くことにした。もしかしたらグリムがいるかもしれないからお礼を改めて言うのと報酬の分け前を渡す必要があるのだ。
「やぁ、お嬢さん、また合ったね。お仕事探しかい?特別にいいのを見繕ってあげてもいいけど…」
飄々とした態度のギルドの青年、エンデである。
グリムはギルドにいた。依頼を探してるのではない。『獲物』に値する者を探していたのだ。依頼以外にも『賞金首』なる者も数名いる。昨晩始末した盗賊達の頭目も小者ながら賞金首であり、依頼はそれと合わさったものであった。依頼と賞金首の合わさってるものは達成料と賞金が同時に貰えるので実に『おいしい』と言える。更に賞金首の賞金に関してはギルドの登録は不要という。最も、ギルド登録者にしか得られない情報も多いのだが。原則的には生け捕りだがグリムには関係の無い事だ。
グリムはエンデの話を気に止めることなく淡々と張り出された依頼や賞金首に目を向けている。
「ギルド登録してないんだっけ?俺に任せときなよ。手早く済ませてやるから」
エンデは夜勤明けであろうか。しかしその疲れを感じさせない態度だ。よほどグリムが気に入ったようだ。
「いた!良かった!」
マンディは思わず声を高らかにあげた。
「おや、マンディの嬢ちゃんか。何?あの彼氏を置いて俺をデートに誘いきたの?」
「色々違います。私はこの人に用があるんです」
「………何か?」
「あの…昨晩の件ですがやはり報酬はグリムさんに……」
「不要だ。自分が勝手にやって賞金も半額になってしまったからな」
淡々と応じているがそれがグリム本心なのであろう。
しかし、純粋で頑固な面もあるマンディは納得がいかない。
「そういえばお嬢さん、今日の宿は決まってるのかい?安くて凄くいい宿屋がある。間違いなく帝都、いや、世界一の宿屋だな」
「………」
エンデは突然話を切り替えた。彼なりに気を利かせたのだろう。
「マンディ嬢ちゃんが彼氏と借りてる宿屋だ。場所は彼女に案内して貰いな。帝都に来たからには、やっぱあそこに泊まらないとな!今日はいい依頼も無いしこんな日はいい宿屋でのんびりした方がいい。あそこは飯も旨い!」
そう言うとエンデはマンディに対し、ウインクをしてその場を去っていった。
「あの…宿屋…来てくれますか…?」
「…え……あ……解った……」
グリムはその場の勢いに呑まれ、断りにくい状況だった。
しかし、この善意に包まれた状況、悪い気はしない。
前にいた世界では直接、人の善意に触れることなどほとんど無かったからである。
盗賊達のいた廃屋は煙を上げ、勢いよく燃えている。盗賊達と騎士達に始末された捕らわれた娘達の亡骸と共に。
「愛しき大いなる慈母の女神よ…この者達の魂をお救い下さい…。」
エストは燃え盛る廃屋の前で震える声で必死に祈りの言葉を唱えている。
「熱心な事だ。まぁいい供養になるだろう」
「全部焼けるまで待つの?帰っていい?」
屈強な男はほくそ笑みながら、魔術師の女が怠そうにその光景を眺める。
「しかし、連中を始末した奴は何処にいった?屑共の仇など討つつもりは無いが黙って見過ごす訳にもいかない」
騎士が何か考えている仕草で口を開く。
「さっきのガキ共、律儀そうだから分け前を渡すために奔走するんじゃ無いか?放って置けば勝手に見つけるかもな」
「銀髪の白い肌のエルフだっけ?銀髪黒肌のダークエルフならまだしも、そんなエルフいたっけ?」
「この辺りでは見ない顔で特徴もある。ギルドに報告に来てるから手がかりはありそうだな。」
「母なる女神よ…この世界を見守りし慈母よ…どうか私の罪をお許しください…許されざる罪ならばどうぞ罰を与えください……」
エストは変わらず祈りの言葉を捧げてる。その祈りは自分の為でもあった。
「何だか火に飛び込みそうだよ」
「あれは教会からの”借り物“だ。大事に扱ってくれ。何かしでかさないように見張っていろ。僕はギルドに手配をしにいく」
「自分だけ先に戻ってずる~い!」
「そう言うな。手配やら何やらも面倒だ。それは“坊ちゃん”に任せておこうや」
リーダー的な位置の“坊ちゃん”と呼ばれる騎士は馬にまたがり、駆け出していった。
「…神よ………どうかお慈悲を……」
エストは呟くようにひたすら祈っていた…。
「ここだよ!ここの宿屋!」
そこには年期の入った宿屋と思わしき二階建ての建物があった。宿屋の規模としては小さく、部屋数も少なそうである。この世界の文字で掲げられた看板に『毒蛇の巣穴』と書いてある。なんとも物騒な宿名である。
「女将さん、今帰ったよ!あとお客さんつれてきたよ!」
「おかえり。それとようこそ。毒蛇の巣穴へ」
カウンターにはミステリアスな眼帯を左目につけた女性がいる。背も高く、薄紫色の長い髪と褐色の肌、プロポーションもグリムに勝るとも劣らない美女がいる。彼女がこの宿屋の女将だ。
「アタシはレーナ。この宿屋をやってるの。元冒険者よ。その時の資金を元手に趣味も兼ねてこの宿屋をやってるの。よろしくね」
レーナは元冒険者だという。衣服は街でもよく見かけるエプロンドレスだが露出した肩や均整の取れた引き締まった体型から、引退したとはいえ、今でも十分一流の冒険者としての実力はあるだろう。
「アナタのような冒険者だったわ。左目に矢を受けてしまってね…」
不適に微笑みながらレーナは気さくにグリムに話しかける。
「グリムだ。グリム・リーパー。」
グリムは名乗り、挨拶を交わす。
「グリム・リーパー…いい響きの名前ね……」
「あのね、女将さん、この人を今日泊めてあげる事はできる?お代は私達持ちで」
マンディが間に入り込み、要件を伝える。
「ええ、構わないけど空き部屋は少し手入れが必要だから時間がかかるわ。その間に食事でもとっておきなさい。二人とも、朝ごはん、まだでしょ?」
レーナはテーブルを指さす。そこにはパンや数品の食事が用意されていた。
「エルクは?」
「あの子は帰ってごはんを食べたらすぐに部屋に戻っていったわ。寝てると思うけど。昨晩は大変だったみたいね。」
「全部この人が頑張ったんだけど……」
「………」
無言で立っているグリムをレーナが見つめる。
「できるコっていうのは一目で解るわ。アタシも元冒険者だから」
グリム自身も何となく、このレーナという女性がただの宿屋の女将で無い事は感づいた。ミステリアスな雰囲気だけでなく、かなり有能な冒険者だったのだろう。
「部屋の用意をするわ。自分の家だと思ってゆっくりしてね」
そう告げるとレーナは二階へと上がっていった。
「さ、いただきましょ。女将さんの料理は凄く美味しいんだよ。」
マンディの言った通り、宿屋の食事はこの世界でも上位に入る程の食事だった。グリムは前の世界でも、この世界でもさほど料理や食べ物に興味は無かった。栄養と腹を満たせればそれで良い。だが、それでいてもこの宿屋の料理はグリムの舌を満足させた。パンや食材はこの帝都や行商人から安くて良いものを取り寄せてるとのこと。どうやら色々とツテがあるらしい。
「女将さんは何かと器用で何でも出来るけど色々忙しいみたいでさっきみたく、部屋の手入れとか忘れてたりもするんだよ。それで時々、ギルドでいい依頼が無いときは宿代の代わりに宿屋を手伝わせて貰ってるの」
どうやらしばらく泊まりの客はこの二人だけらしい。帝都には幾つも立派な宿屋があるし此処は目立たない外れにある。
食堂としても営業してるようで飯時には知る人ぞ知る通な常連客がやってくるとか。
グリムは話をただ聞いてるだけだったがマンディは色々と楽しそうに話をしている。相手は盗賊とはいえ、あれだけ凄惨な行いをした自分に。常人ではまともに暫くは食事をとれない光景であろう。おそらく二人とも、グリムの忠告をしっかり聞いてバラバラの肉塊は見ていないのだろう。
前の人生を含め、義理立てた面はあれど、ここまで自分に懐いてくれた人はいただろうか?死刑になる前の独房に寄せられるファンレターに差し入れ、それらに触れることで殺人以外で心が満たされる事を知り、業務とはいえ刑務官、教誨師は優しくしてくれた。それは人生で初めて触れた優しさだったかもしれない。
そして、マンディは業務抜きで自分に優しく、親しく接してくれる。悪くない気分、むしろ今までにない心地よさを感じていたが…やはり自分は此処にいるべきではない。自分には相応しくないのだ。
「やはり…私は行く。用事を思い出した……」
食事を終えたグリムは立ち上がり、支度をする。
「そんな…グリムさん…。何か変な事言っちゃいましたか…?」
マンディが不安そうにグリムを見つめる。
グリムは黙ってその場を去る。やらなければならない事がある。
この帝都での『獲物』を定めねばならない。
「そう…、行ってしまったのね…店」
「お前が無理矢理連れてきたせいじゃねえか?」
グリムが出て行って少し時が経ち、エルクは目を覚ましていた。
「人には事情があるもの…。それに、部屋の支度には夕方までかかりそうだったし…」
レーナは残念そうな、助かったような、そんな雰囲気で話した。
「此処にいたか。君たちに緊急の依頼がある」
事後処理をしていた騎士が宿を訪ねてきた。
「ギルドで此処だと聞いた。彼女もいるのだろ?」
「あの…それが…」
「さっきまでいたんだけどな…」
申し訳無さそうにエルクとマンディは答える。
「行き先は?彼女にも来て欲しいのだが。盗賊の残党の拠点を見つけた」
「まだいやがったのか。今度こそは俺が片付けてやる」
エルクは威勢よく立ち上がる。
「そういきり立つな。今回は我々も同行するし残党も少人数だ。楽な仕事になるかもしれんが油断は出来ん。報酬ははずもう。連中には手を焼いていた。今回の働きの褒美だと思ってくれたまえ」
「随分と割のいい報酬ね。何かあるんじゃない?」
レーナは何か疑うように声を掛けた。流石は元冒険者といった所だ。
「…鋭いな…。追い込まれて必死の連中の事だ。何か思わぬ罠や伏兵がいるかもしれない。だから今回は我々との協働となる。万が一の為だ」
「………」
レーナは変わらず疑いの目を向ける。
「…そんな訳でだ。万が一の為に腕の立つ彼女も必要だと思ったのさ。だが君たちだけでも十分だろう。是非とも受けてくれないか?」
「……老婆心からするとお薦めしないわね。連続の依頼だし駆け出しの冒険者は休息を優先した方がいいわ」
レーナは神妙な表情でひき止めようとしている。
「…あまり余計な口を挟まないで貰いたいのだが?急ぎの依頼でこれは帝都の有事でもある。僕は騎士故に貴族権力者の縁者だ。こんな店、どうとでもできるぞ?」
「随分と卑属な貴族騎士様もいたものね…」
レーナは呆れたように呟いた……。
「どうする?エルク?」
「どうすると言っても、俺は行きたいが……」
「決まりだな。おそらく難しく無い内容だ。もしもの時は我々に任せればいい。既にギルドに話は通してある。場所はあの廃屋の近くだ。そこに向かってくれ」
騎士は笑顔でそう語る。
エルクとマンディは装備を身につけ、急ぎ出て行った。
騎士が宿を出るときにレーナに言い放つ。
「僕はいずれは帝都の権力者となる。慎ましくもここでやっていきたいなら余計な事は言わない事だ」
「………ふぅ」
レーナは小さくため息をついた。
「………結局、今は静観するしかないのよね……解っていても」
騎士が出て行くのを確認するとレーナはそう呟いた。
エルクとレーナが廃屋のあった場所に着くとそこは既に焼け焦げた建物の残骸があった。
「燃やされてる…?でもどうして…?」
「…この臭い…まさか…。」
エルクは焼け焦げた廃屋を漁る。すると
「これは…!?」
そこには焼け焦げ、炭化した人の身体の一部が幾つもあった。
「これは…どういう事だ?」
エルクとマンディは驚愕する。何故廃屋が燃やされ、焼死体があるのか。
「盗賊は二人の駆け出しの冒険者に始末された。いや、その冒険者は盗賊とグルで取り分で揉め、攫われた娘共々殺され、証拠隠滅の為に焼かれた、と言ったとこか?」
「やはり出来の悪いシナリオだ。ガキ向け絵本の方がまだマシだ」
「どうでもいいわよ。さっさと片付けましょう」
騎士と屈強な戦士、女の魔術師が後ろから現れる。
「…これは…どういう事だ?!」
エルクが問いかける。
「実は連中とは繋がりがあってな。標的の情報の提供をしたりその謝礼として取り分を頂戴していた。だが、最近は謝礼を誤魔化したり段々と手が付けられなくなってな…。おかげでいい厄介払いが出来たが」
エルク、マンディはその事実に驚愕し、事態が完全に呑み込めていなかった。
「その様子からすると、連中や女達からの情報は漏れていなかったという事か。しくじったな」
騎士が困惑した表情を見せる。
「という事だ。悪い事は言わん。俺達と組まないか?新人にとってはいい話だと思うが?」
戦士がそう語りかける後ろで俯いたエストがいる。
「………」
仕方なく従うしかなかったエストの後ろめたい表情がはっきり解る。
「くそ…っ!!お前ら………っ!!」
エルクが怒りの形相で剣を突き放ち、構える。
「おっと、我々に刃向かうつもりか?このまま我々と組んだ方が良いと思うがね?」
騎士は歪んだ笑顔で語りかけた。
「……俺達の両親はな……!盗賊に殺されたんだよ!そして俺達の村は何度も盗賊の被害に合ってる!お前らが……お前らみたいなのが元凶だったてのか!?どうりで何度も村の人が帝都に直訴しに行っても助けは来なかった!盗賊に襲われて変わり果てた姿で帰ってきた!!」
エルクは物凄い形相で怒りをぶつけた。
それを騎士は気だるげに受け流す。
「いちいち覚えてないが大体そうだろうね。父の頃からの伝統みたいなもんでね。競争の激しい帝都の貴族の社会だ。ウチはそうやって成り上がった」
「いずれは連中もアタシらが討ち取って名を上げる予定だったんだけど今回は予定が狂ったのよ」
「交渉は言うまでも無いな…。どうせ同じ運命だが」
屈強な戦士は両手斧を構えた。
「………逃げてっ!!」
エストは押しつぶされそうな恐怖を押し殺し、叫んだ。
「ッ……!彼の者の声を封じよッ!『沈黙』!!」
魔術師の女は即座にエストに魔法をかけた。
「………!………?」
エストの声は魔法により封じられ、いくら叫ぼうが声は出ない。
「余計な事を!今度やったら許さないよ!あんただけじゃなくあんたの教会も……」
「おおおおお!!」
その隙を逃さず、エルクは魔術師に斬りかかった。
「!!」
たが、その斬撃を戦士が防いだ。
「魔術師を先ず狙ったか。悪くない。有望な冒険者だな。だが……」
戦士は両手斧を振りかぶるとエルクは吹き飛ばされた。
「………くっ!!」
エルクは踏ん張り、何とか倒れずこらえたが実力の差は誰が観ても明らかである。
「マンディ、此処は俺が食い止める。お前は逃げろ…」
エルクはそう告げた。だが
「残念。彼女はもう手遅れだ」
騎士は剣を腹部に刺していた。
「僕も策略だけじゃない。剣の心得もあるのさ」
戦士とエルクが交戦した一瞬の間に騎士は踏み込み、マンディに剣を突き立てていたのだ。
「足らん頭使うよりそっちの方が合ってるぞ。お前は」
「ふん、脳筋の戦士め」
余裕ありげにそういった会話を交戦中に交わしている。帝国の騎士達だけにそんじょそこらの冒険者よりも実力は上である。
「ウオオおおおおお!マンディから離れろ!!」
エルクが剣を振り回し、騎士に迫る。
「おっと。」
マンディから剣は引き抜かれたが、騎士は余裕でエルクの剣を躱す。
すかさず倒れ込んだマンディにエストが駆け寄る。
声を封じられたエストだが必死にマンディに何かを語りかける。マンディは毒で朦朧とする意識の中、エストを見つめていた。
「おい、お前の相手は俺だ。よそ見すんな。」
「っツ!!」
後ろから戦士の両手斧の柄が、エルクの脇腹を叩いた。
エルクは腹部を抑え、戦士の方へ振り返る。
完全に余裕を見せている戦士が余計に腹立たしい。
戦士は手招きし、エルクを挑発する。
「くそぉぉぉぉぉ!!」
エルクは怒りに痛みすら忘れ、戦士へ向かっていった。
「………!………!」
エストが声の出ない口で必死にマンディに語りかける。
マンディは朦朧とする意識の中、エストの口を見つめる。
「(ごめんなさい……ごめんなさい……はやく逃げて……)」
そう言ってる気がした。
「!!」
ふと、魔術師がある事に気付く。
「コイツ…まさか詠唱無しで!?」
この世界の魔法は基本的に詠唱から発動させる。しかし、稀に詠唱無しで魔法を発動させる者もいる。魔法も才能や資質の賜物だが、更に詠唱無しで発動させるのはほんの一握りである。
治癒の魔法の様にエストの手が微かに輝いて、マンディの傷口を照らしていた。
魔術師は慌ててエストを突き飛ばした。
「解毒の魔法?!遊んでないでさっさと片付けて!」
その言葉を聞いた戦士は斧を大きく振りかぶり構えた。
大技の前の隙だろうか。エルクは機と観て、思い切り踏み込んだ。
武器は長柄の両手斧。相手の体格も大きく、懐に入れば完全にエルクが有利。エルクは迷わず懐に入ろうとした。
しかし、次の瞬間、エルクの身体の上半身と下半身は泣き別れた。
それ程までに戦士の渾身の一撃は速かった。
エルクの身体は二つに別れ、地面に転がる。
「あああああ…ああああああああ!!」
それを見たマンディの意識が僅かながら覚醒し、悲痛な叫び声をあげた。
「逃げ…ろ……マン…ディ……あの…人を……」
エルクが薄れゆく意識の中、呟くように語りかける。
「我が身を包み、隠し守りたまえ、『ミスト』!!」
マンディが叫ぶように詠唱すると白い霧が辺りを包んだ。
マンディは弱々しく立ち上がり、その場を離れようとする。
「彼の身にかかる術式を解き放て!『解呪』」
その詠唱の後、辺りを包む霧が晴れた。
「一瞬びっくりしたけど問題ないわ。」
「僕のせっかくの剣の毒は消してないだろうね?」
「アタシの『解呪』の効果は一つだけよ」
「なら問題ない」
マンディは絶望の表情を浮かべた。全ての意思は断たれた。
「旋風よ…その先を遮るものを切り裂け…風の刃!!」
魔術師が詠唱すると二つの風の刃が立ち尽くすマンディへ向かっていく。
最早どうする事も出来ない。エルクを助けられず、逃げる事も叶わなかった…。
その時だった。影の塊のような霧を纏ったモノがマンディの前に立ち塞がり、炎と氷の二振りの刃で風の刃を交互に打ち消した。
「何よあれ…。キモ…。」
魔術師がそう呟く間に影の霧は目にも止まらぬ速さでエルクの上半身の亡骸を包み込みマンディの元へ戻っていく。
すかさず騎士が踏み込もうとするが影の霧から幾多の投げナイフが放たれた。
「っチ!!」
騎士は剣でそれを打ち落とし、戦士は魔術師の前に立ち塞がり、身体でそれを受け止めた。
戦士の身体には数本ナイフが刺さるが鍛え抜かれた筋肉が阻み、どれも浅い。
「逃げられたか…。」
既にその場には影の衣もマンディの姿も無かった。エルクの下半身だけを残して…。
影の霧は廃墟となった教会にたどり着いた。マンディとエルクの亡骸を床に置くと影の衣は払われ、グリムの姿が現れた。グリムは小瓶を取り出し、栓を開けるとマンディの口へとゆっくりと注ぐ。しかし、マンディの口からこぼれていく。もうマンディには、水薬を飲む力も残っていない。グリムは今度はマンディの傷口に水薬を注いだ。治癒のの薬だと思われる。傷口事態はエストの治癒の効果でほぼ塞がっているがやはり毒に体力を奪われている。
「…すまん……解毒の薬は無い…」
グリムはそう話しかけた。
「……いいよ…ありがとう………」
マンディは弱々しく答えた。
「………悔しいな…エルクの仇も討てず……私も……」
マンディの目に涙が浮かぶ。
「………」
グリムは黙ってマンディを見つめる。
「………『影牙』………本当にいるのかな………?…ねえ…グリムさんは知ってるの…?」
「………」
グリムは答える事が出来なかった。この世界でも色々と経験はして知識も必要最低限はあるが流石にそこまでは解らない。存在の有無の確認すら出来ていない。
「もし本当に『影牙』が実在するなら……私達のお金……全部あげるから……頼んでくれないかな……?宿屋に置いてあるから……足りる……かな……?」
「………。」
「神官の人は……殺さないで………いい人だか………っゴホッ!!」
マンディは吐血し、血が噴き出す。口から出た血が細かい泡状になって噴き出す。
「………解った……」
グリムは静かにそう答えた。
マンディの意識が薄れ行き、目が虚ろになってゆく。
その時だった。風が吹き、グリムのフードマントが靡く。
薄れ行く意識の中でマンディはグリムの姿を目に焼き付けた。野草の花が舞い散り、靡くフードマントはまるで天使の羽のようであった……。
「………あ……あ…………」
マンディは手を伸ばそうとすると、そのまま力尽き、息絶えた。
「………任せろ」
グリムはそう呟くと、かがみ込み、開いたままだったエルクとマンディの瞳を撫でて閉じさせる。そして両者の亡骸の手をかさねた。日は暮れ、夕焼けがグリムの背中を照らす。グリムの瞳は微かに赤く輝き、立ち上がり帝都の方を見つめた。
帝都内にあるとある館、貴族の別荘でもあり、今はとある騎士達の詰め所となっている。
その場にエストも連れ込まれ、悪徳の騎士達が何やら話をしている。
「今回は首尾よく、とは言えないな。あの影、何なんだ…?」
あの悪徳の騎士が語る。
「何であれいつも通り始末するだけだ。おそらくアレは例の銀髪のエルフのスカウトの仕業だな。召喚魔法か使い魔の類だろ」
「それにしてもあの影、気味が悪い……」
戦士は少し悩ましげな表情を浮かべる。
「まったく、教会の奴はホント使えないね。まあいいけど」
「………」
魔術師の女が緊張の表情で俯き座り、無言のエストに声を掛けながら。機嫌良さげに現れた。
「ご機嫌だな。いつものアレか。」
戦士がそう話しかけると魔術師はナニかを漬けた酒の入った瓶を見せた。
「ムフフ。下半身は置いていってくれたからね。まあまあ可愛い子だったし、良さげ。これは魔力の滋養がつきそう」
おそらく、エルクの下半身の一部であろう。
「………ヴっ!」
それを見たエストは吐き気を催し、口を押さえながら何処かへ駆け込んだ。
「俺らには理解出来ん。さっさとしまえ。」
戦士は不機嫌そうに魔術師にそう言った。
「さて、奴は報復に来ると思うか?」
「助けに来たんだ。繋がりは浅くないだろうな。利口なら俺達には手を出さんだろうが…突発的な感情で…てのはあり得なくも無い。始末するまでは安心できない」
「あの影は魔法だろうな。どうだ?魔力の反応はあるか?」
騎士がそう語りかけると魔術師は板状の魔導具を取り出した。そこには光る点で魔力反応が写し出される。
「まだ反応は無いね。あの影が召喚魔法や使い魔だとはっきり反応すると思うけど……」
「実力があるならあの場で3人とも片付ける事も出来た筈だ。盗賊の雑魚共ならともかく、僕達相手には分が悪いと考えたのかな?」
「あのガキに解毒薬を与えて二人で立て直してくる可能性もあるな」
「一応お触れは出しておいた。盗賊と結託していた賞金首としてね。首尾よく行けば僕らが手を下さず終われるかもしれない」
「このまま帝都から出るのが賢い選択だが」
「それだとつまらないわ。人に向けて魔法ぶっ放すのが楽しいのに」
「お尋ね者を出したんだ。出身の村もしかるべき責任を負って貰う」
騎士は歪んだ笑みを浮かべる。こうして邪悪なやりとりが行われていた。
辺りは完全に夜の闇が覆い、帝都も夜の灯りが疎らになっている。空は雲が多いがふと月明かりがさした。その月明かりが屋根にいるグリムを照らす。グリムは帝都の建物の屋根を猫のように俊敏に飛び移りながら駆け巡る。そして、影の衣を纏い、瞳が赤く光る。そしてその跳躍は月の前を通る。
詰所の館。周りには数人だが見張りの兵士がいる。
「なあ…あの人達、また悪さしたのか…?」
「おい、そんなヤバい事口にすんな!消されるぞ!?」
「おっと…だが流石に…なぁ…。」
「解らない振りしてりゃ取り立てて貰える可能性だってあるんだ。今の帝国じゃ奇麗事ばかりじゃ成り上がれない」
「まあな…。死にたくもねえし貧乏も嫌だからな……」
「………」
「おい?どうし……」
影を纏った何かが見張りの兵士を気絶させる。
見張りの兵は全て気絶させた。彼らは『獲物』では無いのだから。
「来たよ!この反応はたぶん奴よ」
魔導士の女が手に持っていた板状の魔道具を見つめ、叫ぶ。
「見張りの兵は?」
「生命反応はあるから全員寝てるわね」
「全く、取り立ててやったのに使えん奴等だ」
「行くか。まぁ早く片付きそうで良かったな」
「あの見習いはどこだ?」
「あのガキ、ずっと便所に隠りっ放しだよ。気分が悪いのはこっちだよまったく」
「まったく…使えん奴ばかりだ」
騎士は呆れた様に呟くも、剣の柄を握り、警戒を始める。
詰め所の館のトイレ、女用の個室、そこには洋式の便器がある。それは魔動力による水洗式であり、ウォシュレットのような機能もあるようだ。
エストはその便器に顔を向け、膝をついて何度も襲い来る嗚咽に苦しんでいた。息も荒く、何度もくる嗚咽で口から涎が垂れていた。
「…ハア……ハァ………」
世の中は美しい、善意に満ちた世界、そんな綺麗事を吹き込まれ、妄信していた彼女にとっては今日観たものは受け入れがたいものだった。
「…神よ……」
エストは思わずそう呟いた。
その時だった。個室でありながらも天井から黒い影を纏った『彼女』があらわれ、エストの喉元にナイフを突きつける。
「奴らはどこだ?」
グリムはそう訪ねた。
「……ひっ!?」
エストは思わず小さな叫び声をあげ、怯えた驚愕の表情になるが
「…先ずは私に罰を………」
罪悪感の強さから思わずその言葉が出た。あまりの衝撃で彼女は疲弊しきっている。信心深い故に信仰上、自殺も出来ないから他者による罰を望んでいたのだ。
「贖罪を望むなら私に従え」
グリムはただ、その言葉をかけた。
「ん?あの娘、戻ってくるね」
魔導士の女が板状の魔道具を見つめ、そう呟いた。
「もう吐く中身が無くなったんだろう。戦闘が近いが使い物になるかわからねえな」
戦士の男がそう言うと
「盾にはなるだろう。見た目は悪くないが孤児院出の神官だ。貧乏臭い雰囲気が気に入らない」
と騎士が答え、高価そうな酒の入った高価そうなグラスを口へと運ぶ。
「やはり貧乏臭いのがいると良い酒も不味くなる」
騎士は酒の入ったグラスを不機嫌そうに投げ捨てた。
「あーあ、勿体ねえ」
戦士が口惜しそうに言う。
「その貧乏性は辞めることだ。せっかく僕が取り立ててやってるんだ。働き次第ではもっと贅沢が出来る。僕自身ももっと上に行くからね」
「皇帝にでもなるつもりか?」
そんな冗談を交わす。
「おかしい…。侵入者の反応が無い」
魔法使いの女が消えた反応に対して動揺してる。
「怖じ気づいて逃げたか?」
騎士が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「警備は突破してる。ここで逃げ帰るとは思えん」
戦士は冷静に対処する。
そこへエストが姿を現す。
「遅すぎるぞ、お前の教会にどれだけ寄付をしてると思って…」
騎士が叱責しようとするとエストの後ろにフードマントを被ったグリムの姿がある。
「…コイツ、反応が無い…どういう事?そんな上級アーティファクトやスキルを持ってるっての?」
「安物の道具頼みの探知能力だとそれが限界さ。簡単に誤魔化せる」
騎士が嫌味たらしく魔法使いに言った。
「世間知らずの坊ちゃんが…。これだって凄く高いんだよ!」
「人質か……賊の常套手段だな」
二人の言い争いを無視して戦士は状況を見て呟く。
「だが……無意味だったな」
騎士が魔道士に手で指示をだす。
「その役立たずと一緒に切り刻んでやんよ!ウィンドカッターッ!!」
魔道士は事前に詠唱を済ませておいた風魔法の風の刃をグリムとエスト向けて飛ばす。
だがそれは炎と氷の刃にかき消される。
目にも止まらぬ速さでまたもやグリムは氷と焔が付呪された短剣でその風の刃を相殺したのだ。
「!!」
だがそれに驚く間もなくグリムの赫い瞳が魔道士の目前に迫る。
そしてその炎と氷の刃で魔道士の四肢を切り裂く。
「グギャアアアァァァァァァ!!」
四肢を切り落とされ、魔道士は絶叫の悲鳴をあげながらもがき転がる。
すかさず戦士がグリムめがけ両手斧を薙ぎ払う。
グリムはそれを後ろに回転し、回避する。
「やってくれたな!元より変な趣味持ってる女には趣味じゃねえがよッ!」
少々苛立ちがながら戦士は両手斧を振り回す。
広い屋敷といえど室内で動きは制限されるが戦士の腕力には関係なく、家具や壁を破壊しながらグリムめがけ斧を振り回す。
「おい!少しは考えて暴れろ!」
騎士は怒鳴りつけながらも加勢し、グリム目掛けて剣の突きを放つ。
意外にも洗練された剣術で戦士との連携でグリムを追い詰める。
グリムは窓を破り、中庭に飛び出した。
だが戦士は壁を破壊し、グリムを追ってくる。
「おのれ……生かしては返さんぞ!」
「ほう……たいした別嬪じゃねぇか」
月明かりに照らされたグリムの顔を見て戦士がそういった。
「坊っちゃんよ、あの女、俺にくれよ。屋敷の修理費もあるだろうし金はいらねぇ。最後にはきっちり殺っておくからよ」
「生け捕りに出来たらな。僕は加減する気など無い!」
そう言うと騎士は踏み込みグリムめがけて突きを放つ。
だが騎士の目の前からグリムは姿を消していた。
グリムは騎士の頭上に跳んでいた。
そして騎士の頭を踏みつけるように強く蹴飛ばすと戦士目掛けて駆け寄る。
「うオラァ!」
戦士は渾身の一撃で斧を振り上げる。
しかし戦士の目の前にグリムの姿はない。
「!?」
戦士は斧に妙な違和感を感じ、振り上げた先端を見る。
そこには月を背にしたグリムが斧の刃の部分に戦士を見下ろすように立っていた。
戦士が反応するより先にグリムは錐揉み状に身体を回転させ、両手斧を柄を切り刻んで行く。
回転ノコギリのように、瞬時に斧の柄を削るように切り落として行く。
一瞬にしてそれは斧を持つ戦士の指に達すると痛みを感じる前に戦士の片腕を切り刻んだ。
「っ!!」
戦士は飛び退くも片腕は斬り刻まれ、落とされた後だった。
グリムは剣を付呪の無いククリナイフに持ち替えていたのでその腕から血が吹き出す。
「畜生!!ぶっ殺してやる!!」
戦士は怯むよりもむしろ憤慨するあまりグリムに掴み掛かろうとする。
片腕とはいえ戦士の巨体の間合いだった。
それなりの相手であってもこの戦士の掴みを回避できる者は少ないだろう。
だが、グリムは音も無く瞬時に戦士の懐に潜り込むとその腹を☓の字に切り裂いた。
そしてまた音もなく後ろに飛び跳ねる。
「ゥボゥアアアアアアアアアッ!!」
戦士を腹から臓物が溢れ出す。
慌てて戻そうとするが流れ出る腸は止められない。
膝から崩れ落ちると戦士は出血多量とショックで絶望の表情で事切れていた。
「待て!話し合おう!僕は……僕は貴族の息子だ!」
腰を抜かして立てないのか、騎士は仰向けで倒れたまま、半身を起こした状態でそう必死に叫ぶ。
「何が望みだ?!欲しい物なら何でも……」
「お前を殺す事以外は望みはない」
騎士の言葉に対し冷たくグリムはそう突き返すと騎士に迫る。
「待て!取り引きをしよう!僕を見逃してくれるなら君は金持ちになれるぞ!?君ほどの腕だ。いい関係を築けるだろう」
だがグリムは聞こえてないかのように剣を構える。
「そうだ!手始めにこの剣をやろう!これは我が家の家宝だ!売れば一生遊んで暮らせるだけの財産が手に入る!」
「どこの組織かは知らないが追手からも守ってやれる!ここで僕を殺しても追われ、いずれは始末される身だ!君も馬鹿ではあるまい!解るだろ?」
グリムは剣を収める。
「そうだ、君は良い選択をした」
すると騎士は瞬時に剣を持ち替えると瞬時に起き上がり一瞬にしてグリムの腹部を突き刺す。
「僕だって騎士だ。この位の技は出来る」
「随分と痛手を負った。もう少し報いを受けて欲しかったが仕方ない。そのまま苦しんで死ぬがいい」
「どうしてだ?何故平然としている?この剣の毒の付呪は確実に相手の命を奪うものだ……」
騎士はグリムから剣を抜こうとする。しかし腹部に刺さった剣は微動だにしない。
「この……抜け……」
その時、グリムは騎士の剣を持った腕を切り払う。
騎士の腕が宙を待った。
「ぎゃあああああああ!僕の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「この程度の毒は訓練で耐性がついている。それに元々私の身体はこういったモノに免疫があるらしい」
月明かりがグリムの顔を照らす。
その透き通るような白い肌は青みがかかっている。
「そんな……まさか……存在したというのか……?」
「お前は毒で殺す事にした」
グリムの左腕の腕甲からタガーが飛び出す。
その刀身は他の得物よりも短く小振りだがその黒い刃は圧倒的な禍々しさ放っている。
「その武器は、まさか!?そんな事が……」
騎士が言い終える前にグリムはそのダガーで騎士の口を切り裂く。
「アガァァァァ!」
その口はより大きく切り開き、下顎がぶら下がる。
グリムはダガーをしまうと
「より強い毒だ。呪いの類だが。あまり長くは苦しまない。お前は運がいい」
と騎士めがけ言い放つ。
「ウガフガフガウガフガフガッ!!」
切り裂かれた口ではまともに喋る事は出来ないが騎士は何かを叫んでいる。
そして騎士の身体は皮膚が爛れ、徐々に溶け出した。
「グギャァァァァァァ!!」
髪の毛は抜け、目玉が飛び出す。
「これはっ!?ウッ!!」
エストは溶けていく騎士に治癒の魔法をかける。
すると騎士の身体は元に戻っていく。
かなり強い治癒能力だ。
「フッ………ようやくまともな仕事を……ぐぎゃぁぁぁぁッ!!」
しかし再び騎士の身体は溶け出す。
「これは……なんて強い魔力……呪いなの……うぶっ……」
騎士の身体中から感じ取った魔力はエストには耐えきれるものでは無かった。
すると突然エストの身体は後方へ飛ばされる。
グリムがエストの服の襟を掴み放り投げたのだ。
細身というわけでは無いがそれでもグリムの身体つきからは信じられない程の腕力だ。
乱暴だが呪いの瘴気に巻き込まないように彼女なりの配慮だ。
グリムは溶けながら死にゆく騎士を見つめる。
「ぎ、ギザまぁ………」
もはや原型を留めない身体で声にならない声を発しながら騎士の身体は腐ちて行く。
エストは起き上がりグリムを見つめる。
(次は私……知らずとはいえ悪事に加担したもの……当然の報い……)
グリムは炎の付呪がされた刃を取り出すと眼にも留まらぬ速さで周囲を斬りつける。
すると斬りつけた場所から炎が上がる。
前世で事後処理としてやっていた方法だ。
標的の住居にて行った時は燃やして処理する。
そしてグリムは刃を納め、エストに危害を加える様子がない。
「……忘れるとこだった……」
グリムは微かな声でそう呟くと四肢を切断した魔導師に近づく。
「ヒィィぃぃぃ!!」
魔導師は悲鳴をあげる。
「グフっ!!」
だがグリムが足で腹部を踏みつけるとそのまま気を失った。
グリムは屋敷でみつけた大きい布で魔術を包むと脇に抱える。
「………」
エストは呆然としており、逃げる様子が無い。
「?!」
グリムはエストも抱えると影の衣を纏い、瞬く間に屋敷を後にする。
屋敷から遠く離れた人気の無い場所に着くとエストを降ろす。
「……あの……何故私は……」
「殺さないよう頼まれた。元よりそのつもりだったが」
そう告げるとグリムはその場を後にする。
(顔を見られたな……コレを処理したら暫くこの場所は離れるか……残念だ……)
都市部の地下下水道、そこには年期は入っているが頑丈そうな扉があった。
その扉の前に現れたグリムは一定のリズムと回数で扉をノックする。
すると扉の覗き間取りが開き、番人の鋭い視線が覗く。
「………」
番人は無言でグリムを睨みつけるだけだった。
「品物がある」
グリムはそうとだけ告げる。
「……一見さんにしてはよく此処が解ったな。それにこの気配……」
扉の向こう側から微かな掠れた声が聞こえた。
「……中に入れろ」
その声の後に扉が開く。
巨漢の番人がグリムを見ると中に入れと言わんばかりに首を中に向ける。
「……エルフか。森か?貴族の方か……いや、余計な詮索は無しだ。品物を見せてくれ」
背の低い猫背の老人が現れる。
おそらくハーフリングであろう。
戦闘向きではないが器用で様々な補助スキルを持ち、目利きも出来る。
此処の主であり鑑定人といったところか。
するとグリムは先ず騎士が持っていた付呪された剣を差し出す。
「……貴族の家宝といったところか。出所は探らんでおこう。付呪武器としてはまぁまぁの物だがいかんせん名の知れた家の物だからな。下手に流通させても足がつく。あまりいい金にはならんぞ?」
グリムはそれで構わないと言わんばかりに頷く。
「とはいえ並の冒険者じゃ一生お目にかかるかどうかも解らん品物よ。これだけでは無かろう」
グリムは抱えた荷物の布を取るとそこには猿ぐつわをされた四肢の無い女魔術師の姿があった。
「んぐッ!!」
グリムは握り拳で魔術師の腹を叩くと魔術師は目覚め、もがく。
「コイツは!!魔術師じゃ無いか!!女でしかも生きてる!!」
その老ハーフリングは突然興奮しだす。
「儂らはどちらかというとこっちが専門でな。四肢こそ無いが生きた女魔術師は価値がある!実験体にするのもいいが妙な嗜好を持った貴族や金持ち、魔術師が大金をはたいても欲しがる物だ!!」
ハーフリングは興奮しながら袋一杯の金貨を差し出す。
「コイツはあんたの仕業だろ?出来れば今後もひいきにしたいのだが?」
「私はすぐ此処を去る」
「ふむ、それは残念だが仕方ないかもしれんのぅ。後ろ暗いなら『影牙』に狙われるやもしれん」
「アンタも解るだろ?連中に狙われたら最後だ。まぁこのお貴族様連中もいずれは標的になったろうが」
都市は燃え盛る貴族の屋敷で混乱していた。
「魔術師隊が消火にあたる!道を開けよ!!」
帝国騎士団の馬の先導の元、魔術師達を乗せた馬車が火災現場へ向かう。
それを遠目に見つめるのは宿屋の女主人、レーナだった。
「派手にやってくれちゃってまあ……」
レーナの傍らでそれを飄々と見つめるギルド受付の青年。
騒ぎを聞きつけ抜け出して来たらしい。
「仕事サボって野次馬とはいい気なものね」
「緊急事態なんでね。姐さん」
「ほう、兄さんも感づいたかい」
「まあね。全員を召集した方がいい」
青年はそれまでと違って緊張感のある様子でそう言った。
「……まぁ慌てる必要も無いわ」
だがレジーナは落ち着いた様子でそう言ってその場を去る。
「アタシ達の敵とは限らないでしょう?」
「あの人……」
衛兵に保護されながらエストは思い出していた。
「なんで……」
エストが見たそれは悪人や狂人の禍々しい醜悪なものではなかった。
それは幼子が無邪気に好奇心を満たした時、あるいは上手い食事で腹を満たしたようでもあった。嬉々としながら優しく落ち着いた表情である。
「……笑っていた……」
主人公が暗殺者的なクラスの作品が結構出てきてる感じだったので便乗する形とはいえ出せて良かったです。
色々オミットしてまとめれば読み切りとして締まる作品になるかもしれないですね。




