Everybody Plays the Fool(もう、帰りたい)
状況は最悪。
魔王アンドレスは最後の切り札としてスマングルの魂のデータを自らに上書き。
これにより『勇者パーティーの楯騎士』の防御力と『七織の魔導師』の攻撃力を身に付ける事が出来た。
だが、その代償は大きく、自らの魂も残り1/3。
『命を削る』のではなく、『存在を削る』事で得た力。
それゆえ、この戦いが魔王の勝利で終わったとしても、失われた魂の再建には長き時が必要。
それは『魂を形成する根幹物質』を手に入れなくてはならず、それ得る為には更なる儀式と、長きに渡る眠りが必要。
そこまでしても、スティーブを倒す必要があったのか。
最初に相対峙した時点で、この場から逃げるという選択肢もあった筈。
だが、魔王は逃げなかった。
己が持てる力を十全に発揮し、圧倒的な力で勇者をねじ伏せる。
そう、魔王には『逃げる』という選択肢は存在しなかった。
だが、この肉体に魂が降り、チャーリーという一匹の犬の魂と同化した時点で、魔王の中に『生に対する執着』が生まれた。
その執着こそが魔王を弱体化させる。
『全力を持ってしても、勇者を始末する、たとえ相打ちになろうとも』
という魔王本来の戦闘スタイルが
『勇者を倒し、生きて帰る』
というスタンスに書き換えられてしまっている。
サモエド犬のチャーリーの魂が、飼い主の元へと帰りたいと願う。
それゆえ、魔王は弱体化した。
このままでは、吾輩は負ける……。
そう考えたからこそ、チャーリーの魂を切り捨てるという事を選択した。
だが、最初の暗黒魔術の発動に注ぎ込んだ『魂の1/3』の比率は、『魔王2:チャーリー1』。
次の魔術の際に用いたものは『魔王2:チャーリー1』。
残りの魂の中には、もう魔王としても魂の比率は1しか残っていない。
チャーリーを消すのなら、最初は『魔王0:チャーリー3』、次が『魔王1:チャーリー2』という比率で注げば、その時点で残りの魂は『魔王4(全体比率)』、やや弱体化しているものの魔王としての力の80パーセントは保持したままで活動は続けることができた。
――ガギンガギンガッギィィィィッ
スマングルの保有する聖なる守り、『精霊の大楯』を発動してスティーブの攻撃を受け止めても、それは弾き飛ばす事が出来れば御の字、殆どの攻撃は受け止めて軽く弾く事しか出来ず、一瞬の隙を見ての『魔術の高速詠唱』も間に合わない。
『ぐっ……こ、こんな筈では……』
「どうやら、高難易度の魔術の反動がここに来て仇になったようだな」
――バッギィィィィィィィィィィィィィッ
下段からの切り上げ、それを躱すには今の魔王アンドレスでは間に合わない。
そう考えてとっさに楯を身構え、それを媒体に確殺の刃を発動。
うまくいけば、確殺の刃と精霊の大館が対消滅する、それで一時的ではあるが時間は稼げると思ったのだが。
――ブッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
魔王本人の魂の枯渇、それは魔王の持つ力の枯渇を意味する。
50万を超える魔力も、エンシェントドラゴン並みの身体能力も、そして七織の魔導師の持つ叡智も全てがもう残っていない。
『魂を代償にする』とは、そういうものである。
――バギィィィィィィィィィィィィィッ
そして不発に終わった確殺の刃では、対なる聖剣を受け止める事は不可能。
一撃で精霊の大楯が真っ二つになり、更に二撃目は魔王アンドレスの首に向かって叩き付けられる。
だが、それは魔王アンドレスの首を飛ばす事は出来なかった。
最後の瞬間、魔王アンドレスは聖魔合一を発動。
それによりほんの一瞬だけ、勇者スティーブの魂を自らに上書きした。
だが、使った魂は『魔王1:チャーリー0』。
ゆえに立った一瞬だけの発動。
だが、それでも勇者の一撃を左腕で受け止める事が出来た。
『ふふふ……ふははははは……。勇者スティーブ、私は貴様に殺されるわけにはいかないのだよ……さらばだ……』
「何っ……だって?」
魔王アンドレスが高らかに笑い、そして対なる聖剣めがけて右拳を叩き込む。
――バッギィィィッ
アンドレスの右拳……もとい、右肉球パンチから放たれた衝撃で対なる聖剣が音を立てて砕けていく。
その反動は勇者の体にもバックファイアし、限界まで酷使されたスティーブの全身に返っていった。
「ぐっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
10メートルほど吹き飛ばされたスティーブ、体表面の毛細血管の彼方此方が破裂し血が噴き出し、内臓にも大きな衝撃が走り痙攣を始めている。
心臓がかろうじて動いているのが奇跡的であり、スティーブといえど指一本動かす事は出来ない。
そしてこれだけの衝撃がスティーブを襲ったのである、魔王アンドレスの体も無事ではない。
「ぐっ、形勢逆転か……畜生っ」
口から血を吐き出しつつ、スティーブが叫ぶ。
だが、すでに指一本動かすことができない。
魔王アンドレスはどうなったのか、まだ戦うだけの力が残っているのか。
そんな事を考えつつ闘気の循環で肉体の再生を試みるものの、血を流し過ぎてしまい思うように体を動かす事は出来ない。
闘気を循環させる『闘気経絡』は肉体の中に存在するが目には見えない。
それは、肉体と重なり得あっている『魂魄体』に存在するものであるが、肉体があってこそ初めて自在に使う事が出来る。
ゆえに、ここまで肉体の損傷が大きいと、闘気を練り込む事は困難である。
「……弥生、スマングル、ヨハンナ……誰でもいい、魔王にとどめを刺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇ」
そうスティーブが絶叫したとき。
彼の真横に魔法陣が展開した。
それは『反転型勇者召喚式』、仲間を呼び寄せるものではなく仲間の元に転移する為のもの。
そして魔法陣の輝きが収まった時、スティーブの傍らには聖女ヨハンナが降り立っていた。





