Respect Yourself(なん……だと?)
ホワイトハウス、サウスローン庭園噴水前。
そこで高らかに笑っていた魔王アンドレスは、自身の周囲に浮かぶ大量の刀剣を見て、冷や汗を流しつつある。
じっとりと汗がにじむ肉球と鼻先、そして体表から溢れた汗が体毛を根元からゆっくりと湿らせ始めていたが、目の前で剣を構えている勇者をじっと睨みつけると、再び口を開き始める。
『これは勇者の秘奥義の一つ、三千世界の聖剣だったな。このような児戯が、この私に通用するとでも? アルムフレイアでは、この技は私に通用しなかったのを忘れたのか……ヒイッ!!』
――シュンッ
アンドレスの語りの最中、一振りの聖剣が超高速でアンドレスの頬を掠めるように飛んでいく。
それは体毛に直撃し、ザリッと切り取った後、頬を掠めて行き消滅した。
ただ掠めただけだが、それでもアンドレスを脅すにはいい。
アルムフレイアでは魔王覇気という魔力の結界で阻まれていたのだから、一部でも剃毛して皮膚に届いたという事実がスティーブにとっての優位性を示す事が出来たのだから。
『成程ねぇ。その体毛では魔力を浸潤させる事は出来ない。そして聖剣を受け止める程の高出力防御結界を張り巡らせる事は出来ないと……それじゃあ、悪いが終わらせてもらうわ』
――シュシュシュシュシュッッッッッ
スティーブが剣を上段に構え、そして一気に振り下ろす。
これが一斉攻撃のキーワード、そのタイミングで中空に浮かんでいた大量の聖剣が一斉にアンドレスに向かって高速で飛来し、次々とその肉体に向かって突き刺さって行く。
だが、突き刺さった筈の聖剣はアンドレスの体を貫通し、そののちスッと力を失って消えていった。
『……あのなぁ、スティーブ君。勇者なら、もっとスマートに戦いたまえ。普通はこう、お互いに技を小出しにしてある程度相手を疲弊させた後、相手の切り札を封じて必殺技を繰り出して来るというのが定石ではないかね? ドイツで見た日本のコミックでは、最終戦だけで10話以上も物語を引っ張っていたのだが』
『そんなジャパンのコミックを参考にしている暇はなくてね。すまないがアメコミのように処させてもらう』
日本のコミックとアメコミで、どの程度の違いがあるのだとアンドレスは呟きそうになったのだが、さすがに『空間遮断』『空間接続』二つの魔術で聖剣ラッシュを躱したものだから、魔力がかなり消耗している為、うかつな辛口は叩かない方がよいと判断。
相手が空帝ハニーならば、くだらない話をして時間を引き延ばし起死回生のチャンスを見つける事も可能なのだが、こと相手は勇者。
少しでも隙を見せると殺される、小手先の技では弾かれる。
本気で全力で殺しに行っても、『勇者』というだけで世界からバフがかかっている。
こと、アルムフレイアでは、スティーブ一人で弥生・スマングル・ヨハンナ3人分以上の戦闘力を有していた。
ただし、それはあくまでも『スティーブを勇者として選定した異世界アルムフレイアの意思』があってこそ。
この地球上においては、スティーブは『元勇者』であって、勇者ではない。
勇者最強伝説は、この地球では不可能であると魔王アンドレスは考えていたのだが。
『……くっそ、地球でも無敵モードかよ。まったく、これだから勇者という者のは……もういい、こっちも全力で行かせてもらう』
――シュンッ
一瞬でアイテムボックスより一振りの杖を取り出すと、すかさず魔力を籠めてノータイムで召喚魔方陣を形成する。
こと相手がスティーブなら、時間の掛かる儀式魔法陣など展開しようものなら間合いを詰められた挙句、めった斬りされる。
それなら多少魔力を使ってでも、召喚魔方陣を無詠唱超高速展開させた方がいい。
『チッ……ドラゴンサモナーの本領発揮か。そうはさせな……』
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
魔法陣から飛び出した竜種が、スティーブに向かって爪を振り下ろす。
その横では、別の竜種が一直線に伸びる炎のブレスを放出した。
それは一直線にスティーブに向かって飛んでいくが、それを躱す事など彼にとっては実に容易い。
後ろに、逃げている最中の大統領さえいなければ。
『くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
両手剣を楯のように構え、闘気を注いで巨大なオーラシールドを形成する。
それによりブレスを受け止める事は出来たものの、抑えきれなかった炎が周囲に飛び散り、建物を燃やし始めた。
『いいぞ、それでいい。さあ、竜共よ、このワシントンを燃やし尽くせ、全てを灰燼に帰すのだ』
――ゴゥゥゥッ
次々と召喚魔方陣から生まれ出るドラゴンの群れ。
その数、合計5体。
黒い鱗を持つ『漆黒竜』
赤い鱗を持つ『火炎竜』
青い鱗を持つ『氷結竜』
緑の鱗を持つ『大地竜』
白い鱗を持つ『疾風竜』
それら5体の竜種が一斉に空に飛び上がり、そして遥か上空から眼下に広がる都市を眺めていた。
『させるかよっ……』
全身の闘気を高め、再び両手剣に集める。
それを勢いよく上空めがけて振り抜いた瞬間、まず疾風竜が首を真っ二つに切断されて落下し始めた。
『おおおお……貴様、あれが何なのかわかっているのか、竜種のの中でも上位であるグランドドラゴン、その6大竜王なのだぞ……それを……って貴様、【勇者加護減衰結界】で力は削がれていないのか?』
そう、勇者の加護を持つものは、この結界内では神の加護すべてを失ってしまう。
にも拘わらず、スティーブはさっきからずっと、勇者の能力を全力で振り回していたのである。
そんな事がある筈がない、そんな言葉が脳裏を横切ったが。
『ああ、アルムフレイアで一度、この技は受けた事があるからな。悪い、耐性が出来ているんだせ効果ないんだわ』
『ブァカかね、耐性だと? 世界と貴様を隔絶し力が注がれないようにする結界なのだぞ、耐性など出来ても無駄ではないのか?』
『だからな、耐性があるから、俺の中に直接神の加護が湧き出しているんじゃねーか。外から届かないんなら、俺の中で神の加護を発生させれば済むだろうが』
そんな馬鹿なと思いつつも、アンドレスは手を緩める事はない。
杖から火球を放ち、スティーブの邪魔をするのだが、それすらも受け止めて打ち返し、更に上空で怯え始めていた氷結竜の体を真っ二つに切断した。
『ほら、これで二体だ。悪いが竜種の素材はアメリカ合衆国で回収させてもらう。さて、残りの3体、地表に向かって攻撃をするのなら届く前に受け止めて真っ二つにする。それが嫌なら、降伏して地上に降りてこい!!』
力いっぱい叫ぶスティーブ。
すると、上空で警戒しつつ旋回をしていた竜種のうち、大地竜が急降下でサウスローン庭園に着地すると、スティーブに向かって頭を垂れた。
『抵抗はしない』
『それでいい。さて、こうもあっさり召喚体が降伏するっていう事は、魔王の使う召喚魔方陣には対象を隷属する力はないっていう事だな』
『ふむ……否定はしない。が、支配権はこちらにある……のだが。それすら書き換えたのか……』
先の降伏宣言により、竜種を縛っていた支配権は竜種自らの降伏により解除されている。
但し、未だ上空で成り行きを見ている漆黒竜と火炎竜は、魔王と勇者の動向を観察するだけに留めていた。
うかつに地表を焼くと、先の二体のように切断される。
かといって、魔王の命令は絶対。
それならば、支配力が弱まった今だけは、ただ上空で『やり過ごした方がいい』と判断したのである。
『おのれ……おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。魔王アンドレスが祈る、わが杖に死の影を纏わりつかせよ。我はその代償に、四天王が一柱・不死王リビングテイラーの魂を捧げるっっっっ』
『仲間を犠牲にだと!!』
魔王アンドレスの唱えているのは『絶命の風』という確殺術式。
それも、聖なる力を持つものは抵抗する事すら許されないという禁忌魔術。
それゆえ、発動条件も厳しく、アルムフレイアでは、四天王全てを失っていた魔王には使いこなす事が出来なかったのである。
そんなものが発動しようものなら、スティーブと言えど生きていられる保証はない。
だが。
――シュッ
魔王アンドレスの手にした杖に纏わりついていた黒い影が、一瞬で散っていった。
術式の発動失敗。
そんな事がある筈がない、そうアンドレスが動揺した瞬間に、スティーブは両手剣を肩に担ぐように構えたまま、縮地で魔王アンドレスの真後ろに移動した。
『まさか……リビングテイラーがやられたというのか!!』
『そのようだな……それじゃあな』
――シュンッ
全力で両手剣を振り落とすスティーブ。
だが、その一撃は魔王アンドレスの頭部に直撃した瞬間に弾き飛ばされた。
『聖剣エルコデクスが勇者に宣言する。かの対象は悪しきものだが、その魂には善なるものも同居している。ゆえに滅する事は出来ない』
聖剣の持つ安全装置が、魔王アンドレスの殺害を止める。
これにはスティーブも予想外であり、目の前の魔王のどこに『善なる魂』が存在しているのか理解が出来なかった。
『魔王、そもそも貴様はどうゃってこの世界に顕現した!! その肉体はどのようにして得たというのだ』
『生きて……いるのか……』
スティーブの絶叫、だがそれもアンドレスには届いていない。
あの一瞬で死を覚悟したがゆえに、勇者の必殺の一撃が何故弾き飛ばせたのか、その理由がわからなかった。
魔王を殺せなかったスティーブ
確殺されずに済んだ魔王。
この歪んだ状況から、正気を取り戻したのは。





