Land of a Thousand Dances(さあ、貴様の罪を数えろ、いや数えなくていい)
――弥生がリビングテイラーを滅した少し前
アメリカ・ホワイトハウスでは、未曾有の危機が発生していた。
世界各地で一斉に発生した迷宮大氾濫現象、それら一連の報告はこのアメリカ合衆国国務省および国防総省にも次々とデータが送られている。
それらについての報告をホワイトハウスの執務室で行っていたアメリカ合衆国大統領のジェイムス・フィッツジェラルド・ブッシュは、世界各地で起こりつつある大災害について、合衆国はどのように動くべきか頭を悩ませていた。
「我が合衆国は世界の代表。ゆえに、このような危機に直面しても、決して引いてはいけない。世界に平和をもたらす事こそ、我が合衆国の使命である……例えそれが、あの忌々しいアジア北方の国であろうとも……」
冷戦時代、当時の大統領の補佐官を務めていたジェイムスだからこそ、今起こりつつある魔族による大侵攻を収める事が出来るのは自分達であるべきと自負している。
ゆえに、陸海空海兵隊それぞれの軍隊に出せす指示についても随時、状況に応じて変更を行いつつも、国内の情勢をまず第一に収めるべく各部署に指示を出している最中であった。
幸いな事に、ホワイトハウスの存在するワシントンD.C周辺での迷宮発生報告はなかった為、ジェイムス大統領も厳重な警戒態勢をとった後、ホワイトハウスでの執務に集中する事が出来た。
だが、それが災いであった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッ
『な、何だこの揺れは!!』
『わかりません。現在、関係各省に連絡を行い、状況を確認してもらっています。それよりも、まずは外へ避難を』
突然の地響き、そして大きく揺れ始める建物。
大急ぎで大統領に避難指示を行い誘導を開始するSPに従い、ジェイムス大統領も急ぎ建物が崩れて来る心配のないホワイトハウス南方の大統領公園へと移動を開始。
そして数名のSPらと共に大統領公園へとたどり着いた時、突然、空の色が大きく変化した。
『何だ………一体何が起きようとしているのだ』
それまでは青空が広がっていた上空に、突然、鳥かごの金属フレームのようなものが発生。
ホワイトハウスを中心に高さ1200メートル、直径500メートルの巨大な鳥かごが出現していたのである。しかもその表面を覆うかのようにオーロラ状の膜が広がっていた。
『ジェイムス大統領、これはスティーブ・ギャレット上級曹長から報告があった、イギリスで魔族が行った【勇者加護減衰結界】というみのではないでしょうか』
『何だと? どうしてそのようなものがこの地に発生したというのだ』
SPの報告を受けてジェイムス大統領がそう問い返すものの、それに対しての答えは誰からも出て来ない。それどころか、皆が通信機で外部に連絡を始めた時、ポフッポフッと手? を叩く音まで聞こえて来た。
『Das ist die Sicherheit des Präsidenten.(さすがは大統領のセキュリティだ)』
そうドイツ語でつぶやく声が聞こえて来たのは、サウスローン庭園にある噴水の前。
そこに佇む、ローブを身に纏った二足歩行のサモエドが、手を叩いて笑顔で呟いていたのである。
『………報告にあった、異世界の魔王・アンドレスか。それで、このようなものを施して、我々をどうするつもりなのかね?』
事態は最悪。
だが、それらの状況にも動揺する事なく、ジェイムス大統領は背筋を伸ばしたまま、決して怯える事なく魔王アンドレスに問い掛ける。
『……ああ、そうか。君達にはドイツ語は通用しなかったようなので、ここからは英語で話をさせてもらう事にしよう。まあ、我々としては、この地球を改造し、我らが魔族の新たな故郷になってもらうつもりなのだよ。つまり、私の理想としている世界には、人間の支配する国家は必要ないという事だ。その為に、まずはこのアメリカを陥落させようという事だよ』
ゆっくりと両手を左右に広げつつ、自陣の言葉に酔いしれたかのような笑みを浮かべる魔王アンドレス。だが、サモエド顔の笑みでは今一つ締まりがなく、それどころか口元から舌がペロッとはみ出している。
だが、そんなアンドレスの様子にジェイムス大統領は油断する事なく、堂々とアンドレスに向かって話を続けていた。
『それで、この私の命を狙い、アメリカの首都を陥落させるという事かね。その上で、世界の代表たるアメリカは陥落した……などというくだらない宣言をした後、全世界に対して降伏勧告を行うとでも?』
『察しがいい大統領だな。その通りだよ。という事で、まずはこの場で、貴殿の処刑を行うとしようか。ああ、安心したまえ、既に『魔法の瞳』によりここで起こった出来事の全ては、全世界に同時中継されるように手配を行ってある……それではさようなら、偉大なる大統領……』
――スッ
そう告げた後、アンドレスは右手をジェイムス大統領へと向ける。
SPたちは楯となるべく大統領の前に出て、更に銃を引き抜いてアンドレスへと発砲を続けていたものの、射出された弾丸は全てアンドレスの手前で落下している。
既に余裕の笑みを浮かべているアンドレスだが、守られているジェイムス大統領もまた、絶望したような雰囲気を出す事なく、じっとアンドレスを見据えていた。
そしてゆっくりと口を開くと、力強い言葉を口から発し始める。
『……一つ聞かせて欲しい。もしも、この窮地を救うべく勇者がこの場に来たとしたら、君はどうするつもりだね?』
『はっはっはっ……それはあり得ないのだよ。ここに張り巡らされている結界は勇者の力を阻害するもの。そして勇者はこの結界を超える事は出来ない。つまり、大統領を救うものは存在しないという事だよ』
『そうか、ありがとう』
――パチン
右手を小さく上げて、大統領が軽く指を鳴らす。
その瞬間、魔王アンドレスの顔面にこぶしが叩き込まれ、後方の噴水の中へと叩き込まれていった。
――ザッバァァァァァァァァァァァァァァァァッ
水しぶきを上げる噴水。
その手前で、深紅に染まった鎧を身に着けれた勇者スティーブ・ギャレットがアンドレスの顔面を殴り飛ばした拳を引き、背にした巨大な大剣を引き抜きはじめた。
『ああ、世界の窮地に駆けつけるのが勇者なんでね。悪いが、魔王アンドレスにはここで撤退してもらう』
――ジャキィィィィィィィッ
引き抜いた大剣を腰だめに構えて、スティーブが優しい口調でつぶやく。
もしもこの場に弥生やスマングル、ヨハンナがいたとしたら、大慌てでこの場から逃げるか多重構造結界を張り巡らし始めていただろう。
そう、この優しい口調と笑みは、スティーブが完全にブチ切れていることを意味しているのだから。
そして大剣が輝くと、アンドレスの周囲に大量の剣が浮かび上がる。
勇者スティーブの秘奥義の一つ、【三千世界の聖剣】が発動したのである。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。





