Dark Enough to See the Stars(相手がヤンでも問題はない、以上だ)
――ナイジェリア・地下迷宮
ナイジェリア・ナイジャ州カインジレイク。
そこに位置している巨大迷宮最下層では、現在、スマングルがダンジョンコアを通じて地球のマナラインにダイレクトアクセスを行っている真っ最中。
ナイジェリア迷宮ダンジョンコアを母体としたマナラインネットワークの構築は既に完了しており、現在はアフリカ全域に伸びているマナラインを通じて、各地に出現したダンジョンから魔力を回収している真っ最中であった。
『……アフリカ大陸地下のマナライン(龍脈)については掌握完了。後は回収した魔力素をこいつに蓄えるだけだが。どうする?』
全高12メートルの巨大な水晶柱に手を当てつつ、『ソースァクヴァ』がスマングルに問いかける。
一見すると黒いドレス姿の女性であるソースァクヴァは、元々は異世界アルムフレイアの神代の迷宮のダンジョンコアの分体。
4つに分割されたうちの一つをスマングルが受け取り、そのまま契約を行ったもの。
全てを虚無へと飲み込もうとする『トラペスティ』とは異なり、幸いな事にスマングルの支配下に置かれている彼女は人類に対して敵対意思を示す事はない。
故に、今回のような場合はスマングルも遠慮なしに彼女を召喚するのである。
「ソースァはそのまま、マナのコントロールを任せる。俺は、来客の相手をしてくる、以上だ」
『来客……ねぇ。あれだけの数の不死の軍勢、しかも人造魔導師の部隊も同行しているのに?』
「相手が魔王アンドレスと不死王リビングテイラーでない限りは、問題はない。その二つについては相性は最悪だが、今回は一番相性のいい所がやって来ただけだ」
精霊力による簡易モニターを確認しつつ、スマングルはそうつぶやく。
そこには、総勢約5000人の不死の軍団が待機しており、次々と洞窟とに向かって駆け込んでいた。
その服装はさまざまであるが、皆共通点はある。
それは……彼ら不死の軍勢は、皆第二次世界大戦にて無念の死を遂げた各国の兵士達である。
それらを統率するように、イギリスのヘンリー・オブライエン少佐とゴーヴァン・ドローヴァ魔導少尉が不死の軍勢に追従するように洞窟に入って来る。
『ふぅん……あの不死の軍勢、指揮官から離れると制御ができないタイプだね。そして最後尾にドワーフラビットと。あれはああ、錬金術師ヤンじゃないか』
「そのようだな。という事は、俺は運がいい。それだけだ……出る」
――ブゥン
スマングルの足元に虹色の花畑が発生すると、そこから溢れる光に吸い込まれるように姿が消えていった。
『最上位精霊魔術・精霊の旅路か。本気で相手をするようだから……ここは、迷宮の強度を少し上げておいた方がいいね……ついでに、出口を閉鎖させてもらうよ。せっかく、二人っきりの蜜月を楽しめそうだったのに……錬金術師ヤン。君は殺した後で生皮を剝いで、壁に飾ってあげるよ……』
ソースァクヴァがスッと右手を回すと、ナイジェリア迷宮の入り口が突然発生した岩盤によって塞がれる。しかも、大地の精霊による結界まで展開している為、強大な魔力を持つ魔導士でなくては破壊する事は出来ない。
突然の事にヤンもまた後ろを振り返るものの、やれやれといった感じで余裕の笑みを浮かべると、不死の軍勢の最後尾を散歩でもするかのようについて行った。
………
……
…
『……納得がいきません。本来ならば、この私は第1空挺団の如月3曹と戦うはずだった。にも拘わらず、こんな田舎の迷宮にやってきて、しかも守る事しか能がない楯勇者を相手するだなんて当初と話が違うではないですか』
静かに迷宮を進むゴーヴァン魔導少尉が、傍らで周囲を見渡しているヘンリー少佐に対して愚痴をつぶやいている。
もしも正規軍であったなら、こんな事をしたら懲罰対象間違いなしなのだが。ヘンリー少佐はゴーヴァンの言葉に耳を傾けつつ頷いている。
『確かに違うが、それは些末な事でしかない。我々の任務は、如月弥生を倒す事ではない。魔王アンドレスさまの作戦を忠実に実行し、来るべき未来の為に邪魔な存在を排除するだけだ』
『それならば、どうして我々がここに来たのですか? 勇者の中でもっとも危険な存在は、あの如月弥生ではないのですか?』
『それは違うな……』
いきり立ち怒声を上げるゴーヴァンに対して、後方から飛んできたヤンが静かに呟いた。
『ヤン司令。何がどう違うのですか? 七織の魔導士の持つ魔術、あれ以上の脅威があるというのですか?』
『最も脅威なのは、勇者スティーブだな。次いで聖女ヨハンナ。この二人を相手するのなら、吾輩は尻尾を巻いて逃げ出していただろうね。その次がこの迷宮の主人である楯騎士であるスマングルだ。空帝ハニーは確かに強いが、不死王リビングテイラーと同等の力を持つに過ぎず。という事は、彼に任せておけば問題はないという事だ』
『納得がいきません。この俺が、あの如月3曹よりも弱いというのですか!!』
司令官といえど、今の言葉には納得がいかない。
そう思ったゴーヴァンがヤンに向かって叫んだが、ヤンは涼しげな顔でゴーヴァンの言葉を流してしまう。
『そうだね。君はどれだけの魔術が使えるかね?』
『現在は五織の魔術師です。使える術式は100以上、魔力強度は1万8千です。既に地球人の平均魔力強度の千八百倍の魔力を保有しています……』
『ふむ。では、たったその程度の魔力で、あれに勝てるか証明してみたまえ。もしも勝てたならば、すぐに君を空帝ハニーの元へ送り届けてあげようじゃないか』
手にした本をパタンと閉じ、前方にたっている漆黒の鎧を身にまとった楯騎士を指指す。
そこには完全武装状態のスマングルが立っていた。
『……やはりヤンだけだったか。不死王リビングテイラーと謀略のコデックスがいなかったのは、正直言って助かった』
『ふん。その言いぐさは相変わらずだな。だが、いくら防御特化の勇者どいえど、この不死の軍勢を相手にどこまで戦えるかね?』
――スッ
そのヤンの言葉と同時に、ヘンリー少佐が右手を軽く上げる。
その刹那、彼らの背後で待機していた軍勢が一斉に銃を構え、そして発砲してきたのである。
――ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッ
きれいに隊列を組んでいる兵士たちの一斉射撃。
それは前方に仲間がいることなどお構いなしに、一斉にトリガーを引いたのである。
あるものはPPSh-41を、またあるものはジョンソンM1941軽機関銃を、ビッカーズ・ベルチェー軽機関銃を軽々と構えているものもあれば、MG08/15重機関銃を腰だめに構えてぶっ放している兵士もいる。
当然ながら、この密集状態で重機を使ったものだから前方ではフレンドリーファィアーで吹き飛ぶ兵士も数多くいる。
だが、それ以上の大量の銃弾がスマングルに向かって襲い掛かっていった。
『……やはりか。ヘンリー少佐、ゴーヴァン少尉。後は任せる。先程の言葉を忘れないようにな』
『わかっている……五織の魔術師が願う。わが手に我が前に五織の雷竜を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力6550を差し上げよう……紫電撃竜っ』
――ビシィィィィッ
巨大な雷撃の竜が姿を現し、スマングルめがけて飛んでいく。
だが、それを見たスマングルは軽く頭を振ると、手にした聖楯を紫電撃竜に向けて構える。
『術破壊っ』
――ビッシィィィィィィッ
たった一言。
それだけで紫電撃竜は一瞬で凍結すると、その場で砕け、魔素の塊となり散っていった。
『ば、ばかな……俺が独自に改良を加えた術式だぞ。それをたった一言で……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
両手を振りつつ、次々と火の玉を生み出してはスマングルに飛ばしているゴーヴァン。
だが、それらはスマングルの目の前で見えない壁にぶつかり散っていく。
『……術式改造は、専門の知識がなくては安定させることなど不可能。三織の術式をわざわざ五織に劣化させるなど、弥生が見たら吹き出している、以上だ』
『何だとぉ!! この俺があの魔導師に劣るっていうのかぁぁぁ』
『足元にも及ばない。帰って修行をし直せ、以上だ』
――ヴン
そうスマングルがつぶやいた瞬間。
聖楯から精霊の波動が放出され、ゴーヴァンが後方へと吹き飛んでいく。
それも、全身に装着した魔力増幅装置や術式帯といった記録の宝珠に至るまで、その全てが砕け散って一緒に飛んで行った……。
『ついでだ。炎の精霊よ、不死なるものを冥府へといざないたまえ』
『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン』
スマングルの呼びかけ。
それに呼応するように大地から炎が噴き出すと、それは一瞬で炎の巨人へと姿を変えた。
それ一体二体ではない。
ざっと数えて、二十四体の炎の巨人が姿を現すと、不死の軍団めがけて走り出した。
『……さて、錬金術師ヤン、貴様はこれで終わりだ』
『まあ、どこからどう見ても形勢不利でしょうね、私以外は』
ヤンは愛用の方眼鏡を手に取りフッと息を吹きかけると、それをキュッキュッと磨き始める。
だが、その横で青ざめた顔をしているヘンリー少佐は、気が気でならない。
英国魔導編隊の虎の子とも呼ばれているゴーヴァン少尉が、一瞬で再起不能に陥っているのである。
それも、体内に埋め込まれている魔導器官が破裂し、口から血を噴き出している。
『ヤ、ヤン司令官……撤退しましょう』
『いえいえ。そろそろこちらの出番ですからねぇ……という事で、ヘンリー少佐、よろしくお願いしますよ』
――ポン
楽しそうにそう告げてから、ヤンはヘンリー少佐の肩に飛び乗って何かをつぶやく。
その刹那、周囲の地面から怨霊が噴き出してヘンリー少佐の体に絡みつくと、見る見るうちに灰色の鎧で覆いつくした。
『死霊鎧……か。貴様はどれだけ、人の命をもて遊べば気が済むのだ』
既にヘンリー少佐の意識はない。
百を超える怨霊により魂の欠片すら食い千切られてしまっている。
そして残った肉体を器として、怨霊の集合体により人造生命体『スピリットゴーレム』が爆誕したのである。
『人の命を弄ぶ……ねぇ。そんなのわかっているではないか……』
そう呟いたのち、ヤンは右手をスマングルに向ける。
『この世界のすべての命は、私の実験材料でしかないのだよ……いけ、スピリットゴーレムよ、あの者の体内にある精霊核を奪い取れ!! 魂を砕け、やつも貴様の生体パーツにしてしまえ』
カンラカンラと笑いつつ、後ろに飛び降りてスマングルの様子を眺めるヤン。
だが、スマングルもまた冷静にスピリットゴーレムをに視点を合わせると、右手にもう一枚の楯を作り出した。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。





