You Really Got Me(魔導師の休日)
新宿ジオフロント最下層、如月迷宮と呼ばれている場所で、私は定期的にマナラインの調査を仰せつかっています。
一か月前の調査で、私は体内魔力の7割をごそっと持っていかれました。
これは何処かで迷宮が発生する予兆であり、異世界アルムフレイアにあるオードリーウェスト王国南方で発生した、迷宮大発生の予兆に近い感じがしました。
いえ、していましたが、今は何も感じられません。
現在、第1空挺団魔導編隊第一分隊の4名は、如月迷宮の定期調査のためにダンジョンアタックの真っ最中です。
といっても、ここは私が作り出した迷宮なので、モンスターが発生することはありせん。
ただひたすらに、らせん状に降りていく通路を進むだけの簡単な作業です。
もっとも、現在地点はダンジョン入口から距離89キロメートル地点。
普通に考えても、あり得ない場所に私達は到達しています。
もしも位相空間でなかったとしたら……あと少しでプレート衝突地帯の最浅部、マントルに到達します、すっごいですね帰りたいです。
「……うーん。あの魔力をごっそりと持っていくような感覚は、マナラインもしくは魔力瘤に出現したダンジ゜ョンコアが活性化するために必要な魔力を吸収するような感じだったのですけれど……なーーーんにも感じませんね?」
はて、この前のあれはいったい何だったのかというレベルで、マナラインは静かに感じます。
といっても、私の魔力では新宿ジオフロント地下深くに存在する魔力瘤とアクセスし、ここから根を張るように周辺に伸びている細いマナラインを辿って感じ取るのが精いっぱい。
ええ、アルムフレイアなら大気に存在するマナを吸収しつつ、星の裏まで感覚を伸ばすことが出来たのですが、地球の大気中に存在するマナでは、このあたりが精いっぱい。
関東一円ってところでしょうか。
でも、それ以外の地域からの干渉も感じられないので、可能性があるとすれば一つだけ。
「ダンジョンコア、干からびましたかねぇ」
思わずボソッと呟いたのですが、私の背後で警戒態勢を取っている一ノ瀬2曹がキョトンした感じで私を見ています。
「ダンジョンコアというのは、干からびたりするものなのか?」
「はい。生まれたてのダンジョンコアはですね、適切な量の魔力・魔素に常時触れていないと内部から魔素が外に噴き出してしまうのですよ。なぜそうなるのかなんて理由は分からませんが、内部に蓄積している魔素を吐き出しきったら、萎びたピーマンのようにシオシオになって死んでしまいます」
「萎びたピーマンって……」
いや、本当なんですよ。
一度だけ見たことがあるのですけれど、それはもう、シオシオでしたよ。
ダンジョンコアのコレクターであるヨハンナが回収して保存しているはずですけれど、あれは見ていてこう、私もシオシオになるような気分です。
「ふう。今回の観測では、東京近郊のマナラインの大きな変化はありません。むしろ、正常に戻っているようです。コンピエーニュ迷宮が消滅してからは、世界各地でも迷宮発見の報告はなかったようですし。スティーブとスマングルにも調査依頼は出していますけれど、異変はないという報告も受けています」
そう告げると、一ノ瀬2曹も頷いています。
「了解、では、これより帰還する」
「「「了解です!!」」」
ふう。これでようやく、今回の調査も完了です。
私はまあ、あとは市ヶ谷の大本営に報告を行った後、北海道へと戻るだけ。
こうしてマナラインの異変については、定期的に調査を行うだけになりましたので、私としても一安心です。
〇 〇 〇 〇 〇
――北海道・大通り公園
季節は冬、12月下旬。
現在、私は札幌市は大通公園にて、単管パイプを組んで足場を組んでいる真っ最中です。
え、何をしているかって?
北海道の冬の祭典、札幌雪祭りの雪像を作る場所に足場を組んでいるのですよ。
このあとは年明けからダンプカーで雪が運び込まれ固められたのち、雪像作りが始まります。
ちなみに雪像作りに協力する部隊ですが、今年は陸上自衛隊第11旅団(第11特科隊、第11高射特科隊、第11偵察隊)が陸上自衛隊第二雪像制作隊として参加。あとは第1空挺団魔導編隊、つまり私です。
余談ではありますが、第1空挺団習志野駐屯地所属の部隊については協力は行わず、札幌駐屯地に所属する魔導編隊、つまり私だけが参加することになりました。
――キュイィィィィィィィィィィィィン
インパクトドライバーの高速回転音が響き、単管クランプが次々と固定されていきます。
そこに足場を設置するのですが、私は最上段で魔法の絨毯に乗って雪像制作隊の龍川2尉と共に図面を確認する作業のまっただ中。
「全体の進行度はまずまずですか。5丁目と8丁目の大雪像用の足場の製作は完了という報告が先ほど届きました。あとはここ、10丁目の足場が出来れば、今年の作業は完了ですね」
「はい。私も異世界に行く前は、友達と見に来たことが何度もありますが。こうして作る側に回るとは思ってもいませんでしたよ……それにしても、寒いです」
魔法の絨毯で高所からの確認作業をしているのはいいのですが、風が冷たくて肌寒いです。
ちなみにレジスト・コールドは使っていません、これも訓練の一貫ですので。
「まあ、私たちの雪像作りは冬季訓練の一つでもありますので。如月3曹の手にかかれば、この程度のことは魔法ですぐにできるのでしょうけれど」
「雪を作って固めることは可能ですが、彫刻のようにきれいに削り出すのは不可能と進言します」
だって、そんな緻密な作業を、レジスト・コールドなしで極寒の札幌でなんて無理です、意識が飛びます。
それに、年明けの1月7日から一週間かけて雪を搬入、それをがっちりと踏み固めたのちに図面に合わせて削りだすのですが、そこまではまあ、魔法で出来ますよ。
それとアイスブロック工法という、雪を固めたものをブロック状に切り出して積んでいく方法もあるそうですが、その程度は魔法でどうとでもできます。
でも、そのあとの化粧雪の貼り付けなんて、魔法じゃ無理です。
人の手の入らない深い山奥から綺麗な雪を運んできて、そこに水を加えて練る。
いわゆる『雪練り』という作業は人の手でなくては無理です。
しかもですよ、その後は雪像の図面に合わせて雪練りした雪、いわゆる『化粧雪』を貼り付けて形を整える作業なんて、とてもじゃないですが無理です。
私の美術の評価は5段階評価で2、担当教員から前衛的とまで言わせたレベルです。
そんな私に、化粧雪を張りつける作業なんて無理に決まっています、まあ、任務なのでやりますけれど。
「あっはっは。まあ、如月3曹の任務は、雪像作りの最中の隊員の保全、上空から魔法の絨毯で隊員たちを監視し、適時、状態異常を発見したら報告し、すみやかに休憩を取るように連絡を取るというのが仕事だからね。それとも化粧雪を張りつける部隊に参加するかね?」
「如月3曹、全力で隊員たちの安全保護のために活動します」
「それでよろしい……と、どうやら10丁目の足場も完成したようだね。ではベースキャンプに戻りましょう」
はっ。
これでようやく、暖かい場所に戻れます。
本当に、年明けから雪像作りをするのですか……地獄ですよ、これは。
………
……
…
――年末12月28日
今年はなんと、暦の上では9連休。
正確には、12月29日から1月3日までが自衛隊法に明記されている特別休暇で、ここに年次休暇を2日くっつけて9連休にしました。
ええ、今年は頑張ったのですから、これぐらいは大目に見てくれます。
というか近藤陸将補から休めと言われたので休んでいますよ、ええ。
「そして休みなのに、私はどうして買い物に出かけているのでしょうか……」
「だって、今年のお正月は、親戚一同が集まって年越しするって話したでしょう? うちが新築で、それを見に来るついでに年越しもするって話していたじゃない」
「まあ、そうなのですけれどね……」
ということで、今年の年越しは親戚が集まって我が家で年越し。
そのために、今日は年末の買いだしに来ていますよ。
アメリカ資本の大型ショッピングセンター【Woltco】ですよ。
さすがに今日はそれほど混んでいないのですが、やっぱりうちのように年末ぎりぎりで忙しいところに買い物にくるよりは早めに来て保存できるものを買っておいた方がいいって思っているのでしょうね。
「う~ん、やっぱり駐車場は満車か……しかたない、ここは弥生に任せるか」
「え、私に? お父さん、それってどういうこと?」
そう問いかけている最中に、お父さんとお母さんは入り口近くで車を止めると、いきなり車から降り始めましたよ。
「あの……おとうさん? まさか私に、車で待っていろとかいいませんよね?」
「それこそまさかだよ、ほら、とっとと降りて、車をアイテムボックスに収納しないと」
「あ~、ないわぁ、それはないですよぉ……ほんと、魔導師使いが荒いのですから」
とほほ。
いつもなら夫婦水入らずで買い物に行くのに、器用になっていきなりついてくるかって聞いてきた意味が分かりましたよ。
「まあ、その代わり好きなものを買ってあげるから」
「え、ティラミス買ってもいいの?」
よっし、報酬がでるのなら話は別ですよ。
急いで車から降りて、これまた急いでお父さんの車をアイテムボックスに収納。
時間停止処置はしなくてもいいですよね、腐るものじゃないし。
さて、それじゃあ楽しい買い物にいきましょうかぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。





