Superstition(接触するもの、狙うもの)
無事に用件は完了。
修復師である南雲さんの事については、今後も考えて監視というか、保護対象という立場から何かしらのガードはつけた方がいいと思う。
何せ相手は、『魔力さえあるのなら死者を灰からでも蘇生出来る』異能力者ですからねぇ。
それこそ、死者の念が篭ったものとか、そういった類の物品を媒体とする事が出来れば、口寄せといった死者との会話すら可能となります。
ちなみにこの死者の概念がまた複雑でして。
よく言う【魂の組成】というものには、【前世の誰かの魂の1/3】と【父親の魂の1/3複製体】と【母親の魂の1/3複製体】の三つの要素で成立しておりまして。
生まれたばかりの子供は、この三つの魂が太極というか、マーブル状に溶け合ったものが自我を成しているという状態なのですよ。
そして年月を重ねていく事で、この三つは自然と溶け合って一つの個人となるのですが、この時、前世の魂の部分をはじめとした【別の個人】は完全に消滅します。
では、口寄せとはどういう理屈なのか。
それは、【冥界に存在する、2/3の魂】の一部に干渉し、それを口寄せしている本人を媒体として召喚しているというものなのです。
そうすることで、故人との会話を行ったりする事が出来るのですが、それはあくまでも神の加護を持つ聖職者の仕事であり、常人では不可能。
では、よくいうイタコのみなさんはどうやって呼んでいるのか?
それは努めて簡単で、あの方達は【冥界との接触が許されている存在】なのです。
だから直接語り掛けて、降りてきてもらうのですよ。
という事なので、とある偉人が死後に転生していたとしても、残った2/3の魂があれば再生は可能なのです。まあ、残りの2/3もだんだんと転生していって、最後は何も残らなくなる場合が大半なのですが。
これで、修復師という存在がとんでもなく危険極まりないという事は理解してくれたでしょう。
とはいえ、このあたりの世界法則に熟知しつつ、かつ、彼女の莫大な魔力を供給出来る存在でない限りは、彼女を悪用しようなどと思う者はいないでしょう。
何せ、彼女の保有魔力では日用品の修復しか出来ません。
そして探索者となって迷宮調査に赴いたとしても、人を完全再生出来る程の魔力を身に付ける事なんてほぼ不可能に近いですよ。
私の弟子になったら話は別ですけれど。
――閑話休題
ズズズズズズズ
苫小牧名物の北寄カレーラーメンを食べつつ、今後の事を考えている私と大越3曹。
まあ、当初の予定はこれで終わりなので、後は北部方面隊札幌駐屯地に戻ればいいのですけれど。
何分、実地調査を含めて3日間の出張任務なので、今後の活動方針を決める必要があるのですよ。
「如月2曹、彼女を『魔力の瞳』で常時監視する事は出来ないのか?」
「出来るけれどさ、それって私の視界が半分消えるんだけれど。それこそ戦闘聖域を展開して『魔術の目』を多数飛ばすっていうのなら話は別、あれは私の視界ではなく『戦闘聖域の視界』として使う事が出来るから。それで、それを展開したとして、誰が彼女のプライベートを監視するの? 私以外の魔法使いでないと無理、闘気使いでも出来るけれど、視点を自在に操るなんて事は有働3佐と一ノ瀬1曹じゃないと無理だからね」
「ああ……そういう事かぁ。おばちゃん、あんかけチャーハン追加で」
まだ食べるんかい!!
そう思ったけれど、そもそも駐屯地の外で食事を楽しめるなんてそうそうないからなぁ。
駐屯地内の居酒屋『はなの舞』でよく食べたり飲んだりしているところは目撃するけれど、こういった地方の郷土料理や名物なんて、出向とか演習でないとお目に掛かれないからなぁ。
「はぁ、大越3曹の図太さを見習いたいものですよ」
「まあまあ、そもそも彼女はまだ高校生です、これからの進路についての相談を受ける事は出来ても、それを強要するような事はしない方がいいとは思いますけれど」
「そうなんですけれどねぇ。アルムフレイアでの一件もありますから」
「んんん、それってどんな事が?」
まあ、簡単に説明しますと。
異世界アルムフレイアに唯一存在していた修復師が、『とある邪教の秘密結社』に拉致されるという事件がありまして。
こともあろうに、その修復師の力を使って遥か過去に滅ぼされた邪神の復活をもくろんでいたのですよ。
使用した媒体は『邪心の像』、それも邪神の神威がたっぷりと染み通っていたもの。
そして一つの都市すべての人間の魂。
さっそく儀式が始まり、とある都市全体に魔法陣が広がったところで私達が駆け付け、儀式を止める事に成功したのですけれど。
その儀式の最中、邪教の神官たちの命を吸収し、魔法陣の中心に『邪神の右腕』のみが復活したのです。
それはもう、とんでもなく強靭で、それでいて一切の物理攻撃を無効化する『邪神の腕』が現世に現れただけでも、討伐にはとんでもなく時間が掛かったのですよ。
その時の儀式を止める方法も、私達としてはとんでもないものでしたけれど。
「はぁ……つまり、南雲さんにも、その資質があるっていう事ですか」
「資質はね。ただ、その本質を発現出来るかどうかは今後の彼女次第っていうところかなぁ」
「それにしても、そんな邪神の召喚を一体どうやって止めたんですか?」
「ん? 修復師を殺しただけだけれど?」
「「「「「は?」」」」」
ちょっと待って、何で大越3曹以外の人が驚いているのよ?
それって私達の会話を横で聞いていたっていう事じゃない?
「あ、あの、聞き間違いですか? 今、修復師を殺したって?」
「まあ、厳密には仮死状態っていうところかなぁ。勇者の能力の一つでね、対象者の心臓を止めて魂を縛るという禁断の技があるのよ。それを使って修復師の魂を、一時的に肉体から引っ張り出したっていう事。そうする事で儀式は中断されたのよ。邪教の秘術で隷属されていてもさ、そもそも命が止まっていたら何も出来ないじゃない?」
この技、実は『強制的に隷属された対象者』から隷属術式を引き剥がす為に使われるのが一般的なんですけれど。でも、魂を引き離すという時点で禁呪指定されているのよねぇ。
スティーブはしょっちゅう使っていたけれど。
悪・即・斬じゃないけれど、何というか判断が早くてねぇ。
そして、今の補足説明を聞いてほっとしている近くの席の人達、ただ聞きは良くないわよ何か奢りなさい。
「ご馳走様でした……」
「あ、うちもお会計お願いします」
「やっべ、休憩時間終わっちまうわ」
はぁ。
次々とお客さん達が逃げるように店を出て行きますけれど。
さて、それじゃあ一旦私たちも会計を済ませて、宿にでも戻りますか。
陸上自衛隊北千歳駐屯地に向かうだけなんですけれどね。
そこで一時的に部屋を借りているので、当面はここを起点として活動する事にしています。
彼女の部活動である『迷宮探索部』、そのバックボーンについても調べたいところですから。
いえ、別に怪しい事はないと思うのですよ、ただ、どこかの企業が後ろについているのかなぁと思っただけですので。
それじゃないと、高校生が単身で探索者組合に登録するなんて普通は無理なのですからね。
〇 〇 〇 〇 〇
――ガラガラガラッ
少し遅い食事を終えて。
男はゆっくりと食堂を後にすると、駐車場に止めてある自分の車へと乗り込む。
そして懐からスマホを取り出すと、とある場所へと連絡を行っていた。
――プルルルルッ……ガチャッ
『はい、バスターです。何かありましたか?』
「ええ。計画がまた一つ進みそうです。偉人たちの残した遺品、それらを用いての再生計画に若干の変更を余儀なくされそうですが」
『ほう、詳しい話をお聞きしたいところですが。イギリスにはいつごろお戻りの予定ですか?』
「そうですね。サンプルの回収、のち、可能ならば協力者を連れて帰りたいところですが」
そう告げてから、男は懐から煙草を取り出すと火をつけて加える。
フゥ、と紫煙を吐き出したのち、少しの間をおいてから。
「いえ、それはよしましょう。少なくとも、被験体コード0128については、七織の魔導師が接触しています。それを横から攫おうものなら……いえ、恐らくはすでに監視の目はつけられていると考えた方がよさそうです」
『そうですか。では、私たちは引き続き、計画を進める事とします。その上で、大きく計画変更を必要とするのであれば、一旦戻って来てください』
「かしこまりました。全ては、イシス=ウラニア・テンプルのために」
『イシス=ウラニア・テンプルのために』
――ガチャッ
それで通信は終える。
そして煙草の火を消すと、男は静かに車を走らせる。
これから敵対する可能性がある存在は、『七織の魔導師・如月弥生』。
故に、少しでも怪しまれるような事はあってはならない。
ほんのわずかの油断でさえ、計画が破綻する恐れがあるのだから。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。





