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【ミステリ小説】Purgatory?  作者: 菓子翔太
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第一章 因縁(2)

          2

 

 ジグラットのある栃木県岩田町は、県庁所在地にある宇都宮駅から、さらに電車で40分ほど乗り継いだ場所にある。もうまもなく、東京から直結の特急が通るようになる予定だ。

 この町の主要産業は農林業だが、ジグラットが町にできてからは関連企業など多く立地され、ジグラットに関係する産業も増えてきていた。かつては少子高齢化が進み衰退の一途をたどっている町だったが、ジグラットの整備で国の交付金も多く入ったほか、よそから関連企業の社員が多く居住するようになり、以前の状況とは一変してきていた。町でもともと農家をしている人々の中にも、収穫が終わると次の春までジグラットで作業員として働いている人も少なくない。

 神楽美代子の夫も、関連企業の社員としてジグラットで働くこととなり、14歳の一人娘とそろってさいたま市から宇都宮市に引っ越してきたのだった。

「今日行く場所がどんな場所か知ってる?」

 樫村町の旅館「みつはし」の食堂で、朝食を食べながら神楽が娘の浩美に聞く。

「うん、大丈夫だよ。特別な隕石が発するエネルギーを使って電気を作る場所でしょ。あと将来のために隕石のこととか発電所をもっとよくできないか研究も行ってるところ」

「すごく勉強してるじゃない」

「そんなの分かるよ。もう中学2年生だよ? お父さんの働いてる場所だしね」

 美代子たちは今日、ジグラットで行われる「今後のエネルギー活用に向けたフォーラム」に参加するのだが、登壇者である環境省の副大臣や女優の真莉奈などと一緒に、フォーラム前に行われる内部の視察に〝一般公募枠〟として当たって同行できることになったのだ。ただ、夫は、「ジグラットをアピールするためのものだろ。子どもとお母さんなら見栄えがいいし」と言っていた。

 それにしても、美代子の目から見て浩美は中学2年生とは思えないほどしっかりしている。こないだ美代子がテレワークでドタバタしているときは、「私にできることない?」といってご飯を3人分全て作ってくれた。真面目な夫の遺伝子を受け継いでいるのだろう。少なくとも私のではなさそうだ。学校の成績も良いそうだし、偏差値の良い高校に行けるのではないか。

「そういえば、浩美が授業で作ってくれた『いわまる』のフェルトマスコット、キーホルダーとしてつけてみたんだ」

 美代子がズボンのポケットから、フェルトマスコットが付いたカギを取り出す。「いわまる」とは、美代子たちがいる栃木県岩田町のゆるキャラで、ごつごつした岩の肌をした犬のキャラクターだ。

「なんかそれ、作った時は良いなと思ったけど、今見るとかなり不細工だよね……。ちょっと恥ずかしいからカギにすんのやめてくれない?」

 どうやら浩美にも、苦手意識のあるものがあるようだ。

「いやいや、そんなことないよ! 可愛いし」

「え~」

「気持ちだけでも嬉しいのよ、こういうのは。とりあえずご飯を食べたら出発するよ」

「はーい」

 美代子は窓越しに外を見る。田舎らしい牧場や山が広がっていた。

ホントいつまで田舎にいなきゃいけないのかしら。早く埼玉の方にもどりたい。

 外を眺める美代子を黒い車が通り過ぎていった。


          3


「社長、もう間もなく着きます」

「分かった」

 車の助手席に座っている秘書の早田が伝えると、後部座席に座っている黒姫が返事をした。

 サングラスを外して車窓の外を見る。東京からジグラットまで二時間ほどか。

 ジグラット稼働から10年を迎えたいま、「今後のエネルギー活用に向けたフォーラム」をわざわざジグラットでやるのは、日本が世界初となった特異隕石発電の安全性と効果を改めてアピールする狙いがあるからだ。もう16年も前の隕石落下とその後の有毒ガス散布事故のもととなった「ゼログラビティ」に対しては、いまだに拒否感を持っている人間もいる。ジグラットが世界の常識となる世論醸成のためには、こうしたフォーラムの場でアピールすることも効果があるのだろう。そのために、フォーラム前にわざわざ門根副大臣や公募した一般人、さらには、若者にそこそこ人気だという女優も連れてジグラットを視察し、マスコミにアピールすることになったのだ。

 黒姫には、わが社のCMに最近出演するようになるまで「まりな」という女優がよく分かっていなかったが、たしかにこの子はかわいいと思った。映画はよく見るが、事務所売り出しの俳優たちが出演する中で、どうしてこの子を一作も見かけないのかが分からないくらいだ。まぁ、実力が伴っていないのか、事務所が弱いのか。日本の芸能界はわかっちゃいないな。


          4


「面倒くさくなってきたなあ、フォーラム」

 真莉奈は、フォーラム開催当日になっても、その仕事へのモチベーションが上がらなかった。シンアルのCMに出演しているものの、「次世代エネルギー」なんて、そこまで知識もなければ関心もない。この三日間、ネットで調べて勉強したくらいだ。分からない単語が一行目から次から次へと出てきて、一文読むのにも時間がかかった。もっと若者にも分かりやすい言葉で記事を書いてほしいものです。

 とはいえ、自分はフォーラムで解説する側ではなく、どちらかといえば分からないことを議員さんやシンアルの社員さん方に聞いたり、率直に若者代表として思ったことを話したりする立ち回りでよいのだと思っている。マネージャーの若林さんにもそう言われているし。自分がどうしてシンアルのCMに出演することになり、そして、この場に呼ばれようになったのか、その意味は理解している。

 あぁ、はやくこうした仕事だけでなく、映画やドラマに出たい。舞台にはアイドルグループの卒業後に2本ほど出させていただいた。グループ在籍時代と違って様々な世代の男女と一緒に一つのものを長い時間かけて作り上げ、全国各地を回るのはとても楽しかった。グループ在籍時代と比べるとマネージャーの監視も少なく、業界の人と多く話すことができたのも幸せなことだった。もちろんつらいこともあったものの、その分舞台の千秋楽では感動で泣いてしまった。ただ、時間が経つと、やはり自分はドラマや映画に出たいのだと思った。

 一方、真莉奈より先に卒業した涼音は、いまやテレビや映画に引っ張りだこだった。グループ在籍時代から、ほかのメンバーと比べても圧倒的な美貌と表現力をほこっている子だった。  

真莉奈とはタイプが違ったし、真莉奈自身も涼音以外のメンバーも含めて誰よりも努力し、工夫を重ねてきた自信はあるが、それでも涼音の飛びぬけた実力を前に、何度も心をくじかれた。

 彼女は、グループを卒業するまでに一度は「勝った」と思う瞬間を味わいたかった。だが、武道館のアニバーサリーライブで彼女のパフォーマンスの映像をライブ後に見せてもらったとき、ついに心が折れた。その日、自宅で人知れずずっと泣いたことを覚えている。一度泣き止んでも、その後台所で食器を洗っているときにもう一度涙があふれてきたことも。

それまで、好きなことで「自分が誰かに勝てない」と認めるなんてことはしたくないと思っていた。だが、あの時、人生初の挫折を味わった。世界は本当に広かったし、底が深かった。

 あぁ、もうそんな昔のことを考えても仕方ない。涼音は涼音、私は私だ。

真莉奈はその時の経験を経て、誰かと自分を比べて無理をすると、かえって悪い方向に行くと思うようになった。実際、それで一時期休業してしまったくらいだし。フォーラムは面倒くさいかもしれない。それでも、目の前の仕事に集中しよう。

 真莉奈は、「よし! 仕事仕事!」と発すると、自宅を出た。


つづく。

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