9 透明人間の影
缶バッジを配り終わった小林たちは、キイちゃんを連れ去った車が停車していた場所まで子どもたちに案内してもらった。
公園の西側の階段を下りて少しだけ南に行った先の路上だった。
「周りに防犯カメラはないなあ」
「ここは北から南へ向かう一方通行なので、この道路沿いに一つでもカメラがあればいいのですが……」
「ほら、おじさん! ここだよ、タバコがまだ残ってる」
桂君が指差した路肩のL型側溝に、タバコの吸い殻が落ちていた。
「ありがとう! おじさんが拾って持って帰るね」
そう言うと、小林は中村から手袋とビニール袋を受けとると、慎重に吸い殻を拾ってその袋の中に入れた。その状況を中村がスマホで撮影した。
その後、小林たちは、羽柴くん、桂くん、篠崎くんにお礼を言って別れてから、花崎さんに案内されて、王子駅前から少し路地に入ったところにある、年季の入ったアパートに辿り着いた。
1階は飲食店等が入っており、2階から4階までに計15戸ほどの住居がある。花崎さんは、すぐ向かいのマンションに住んでいるということだった。
花崎さんと別れた小林たちは、その年季の入ったアパートに入り、手分けして大友君のお宅を探すことにした。
† † †
明智が4階3軒目の表札のないドアの呼び鈴を押した。鎌を掛けて大友君の名字で声を掛ける。
「すみませーん! 大友さん、いっらっしゃいますか?」
「うるさいなあ、何?」
しばらくすると、ドアが少し開き、中から髪の長い女性が顔を出した。かなり疲れてイライラしている様子だったが、明智の中性的な美しい顔立ちを見て少し戸惑っていた。明智が爽やかな笑顔で聞く。
「お忙しいところすみません。大友さんでいらっしゃいますか?」
「そ、そうだけど、誰?」
「赤羽南警察署の明智というものなのですが、キイちゃんという女の子のことで、少しお話をお聞きしたいことがございまして」
女性は、一瞬驚いた顔をしたが、玄関に置かれている靴が見えないように体を動かすと、吐き捨てるように言った。
「知らないよ、そんな子、うちにはいないよ」
「そうですか。では、息子さんや旦那さんはご在宅でいらっしゃいますか?」
「……うちに子どもなんていないよ。夫もいない。もういい?」
明智は質問しながら、チラッと部屋の中を見た。部屋は衣服が散乱するなどしていたが、掃除はされているようだ。子どものものと思われるオモチャや服も見えた。
玄関すぐの台所のテーブルには、食事が2人分用意されている。そのうち1人の茶碗は、大人用に比べて小ぶりだ。
「すみません、あと少しだけ。こちらにはいつからお住まいですか?」
「2か月くらい前からよ。悪いけど、この後仕事なの。それじゃ」
そういうと、女性は乱暴にドアを閉めた。
明智は、ドアから少し離れて耳を澄ました。内容は分からないが、女性の怒鳴り声のほか、男の子と思われる声が聞こえた。
廊下に面した磨りガラスの窓に目をやると、黄色と青色、そしてピンク色のコップにそれぞれ歯ブラシと思われるものが入れられているのがボンヤリと見えた。ピンクと青色のコップの歯ブラシは、黄色のコップのものと比べて短い。
そして、その奥に、女性のシルエットと、女性よりも小さなシルエットが動くのが見えた。
明智は、その場をそっと離れると、階段を下りていった。