5 透明人間
「な、波越警部じゃないですか! もしかして潜入捜査とかですか?」
中村が驚いて声をかけた。波越と呼ばれた男性は、一瞬驚いた顔をしたが、豪快に笑いながら答えた。
「はっはっは、もしかしたら弟と勘違いしてるかな?」
「弟!?」
明智と中村が同時に声を上げた。小林が笑いながら説明する。
「すまん、すまん、言ってなかったな。波越は双子なんだよ。そっくりだろ? 公安部にいるのが弟で、俺の同期。今ここにいるのが兄で、俺の2期後輩。警部補で防犯係長だ」
「波越兄です。よろしく」
波越兄が明智と中村に会釈した。明智が混乱した顔で聞く。
「小林さんの同期の双子の兄なのに、2期後輩なんですか?」
「ああ、波越弟は俺と同じで大学を出てすぐ警察官になったんだが、波越兄は大学院に進学してな。2年遅れで警察官になったんだよ」
「そういうことなんですか」
「双子の同期のお兄さんで後輩……うう、ややこしい」
明智は納得したが、中村はまだ混乱中だ。
「それで、今日はどうされたんですか、小林先輩」
波越兄が人なつっこい顔で聞いた。小林が羽柴君から聞いた話を説明すると、波越兄は状況を把握していたようで、その内容を教えてくれた。
「立ち話もなんですので、そこに置いてあるパイプ椅子を使ってください……先週の木曜日に、友人の妹が連れ去られたって相談に来た児童の話ですね。当初どこの課で対応するかで少々揉めたんですが、最終的にうちの係で対応することになったんです」
波越兄が机の引き出しから手帳を出して話し始めた。
「ええっと……対応した係員によると、子どもたちが来たのは10月5日の木曜日、16時45分頃ですね。第一小学校4年生の桂くん、篠崎くん、羽柴くんの3名が来署して、3丁目公園で遊んでいたところ、友達の大友くんの妹のキイちゃんが、性別不明の大人1名によって白いワゴン車に乗せられて連れ去られたと申告。具体的な車種、ナンバーは不明……」
「性別不明?」
中村が驚いて聞いた。波越が苦笑しながら答える。
「ええ、係員も何度か聞いたみたいなんですが、はっきり分からなかったようで。子どもの聴取は難しいですよね」
「不十分な情報ではありましたが、急ぎ管内に注意喚起しました。ですが、その後、大友くんとキイちゃんの実在が確認できず、今は署としては特段動いていない状況ですね」
「実在が確認できない?」
小林が聞いた。波越兄が答える。
「ええ、そうなんです。キイちゃんの本名、年齢、住所いずれも分からず、大友くんはキイちゃんを探し回っているということで結局来署せず、連絡先も分からなかったんです。大友くんたちの保護者等からの連絡もありませんでした」
「あと、近隣の保育園、幼稚園、小学校に問い合わせたのですが、連絡がつかなくなっている園児・児童は見つかりませんでした。区役所にも照会をかけたのですが、住民票上『大友』という名字の子どもは存在しないということでした」
「本庁にも照会をかけたのですが、園児・児童の連れ去りなどについて情報はありませんでした。対応した係員に聞く限り、来署した子どもたちが嘘を言っている感じはしなかったんですがね……これ以上動きようがないという状況です。個人的に他係や地域課に話を聞くなどしているんですが、手がかりゼロです」
波越兄は、手帳を引き出しに片付けながら、ため息をついた。
「いるはずなのに、いない……まるで透明人間みたいな気味の悪さを感じますよ」
† † †
「透明人間か……」
赤羽南署へ帰る途中の車内で、後部座席の小林が呟いた。助手席の明智が応じる。
「確かに気味が悪いですよね……せっかくなんで、明日の夕方、公園で子どもたちに詳しく聞いてみましょうか」
「そうだな」
「むふふ、明日は子どもたちにプレゼントを用意してあげるつもりです」
車を運転する中村が突然宣言した。小林が驚く。
「え、何かあげられるものあったっけ?」
「ご安心ください。交通総務係の余剰在庫を活用させていただきます」
そう言うと、中村はニヤニヤ笑った。