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第二章 舞台ちょこぱふぇ

 綺麗ではないが汚くもないという非常に表現しにくい石畳が敷き詰められた道がある。その道を行くのはたいていが歩いている人間だが、たまに馬を数頭従えた馬車も通る。綺麗な服をした御者たちが乗せているのは御者の数枚上を行く豪華で華奢で美しい身なりの人々だ。座り方、笑い方、話し方、すべての所作にに教育の行き届いた品の良さを感じさせる。左右に立ち並ぶ建物は灰色や茶色、赤色と彩り様々で、形や大きさまで統一感が取れていないが、それでも陽光をたたえた空に照らされては、見る者に妙な統一感や静かな賑やかさを感じさせる。そこにはカフェを一階に備えた宿があり、テーブルの数に対し明らかに少人数がそこには座っていた。店内には四角い木のテーブルとそれを囲う4つの椅子という形のものがいくつもある。舞台は、その店の窓際の隅から始まる。

「俺たち、明らかに場違いだよな」

「そうだね」

「よく門前払いされなかったと思うぞ」

「この店も随分苦しいようだから、私達みたいなのも入れないとなんじゃない?」

 その隅には、明らかに場違いで明らかに貧乏な少年と少女がいた。長い長い前置きは、この時の二人がどれだけ浮いているかを理解してもらうためである。とにかく、どたくそに浮いている。

「やばい? さっき料理頼んだけど払えねえなこれは。食べたらさっさと逃げるぞ」

「流石貴族の町だね。これは高くなりそう」

「いや、門がなかったから多分ここは貴族と伝手のある商人の町だな。それに貴族だとしてもだ、建物を見てみろ、色も形もバラバラだ。きっとそこそこに貧乏なんだろうよ」

「それでも一文無しに払えないのは変わらないよ」

「だから食い逃げするって言ってるんだ」

 なぜこんな場違いを絵にかいたのにさらに輪をかけたような二人がここにいるかというと、話は少し前に戻る。


「俺、リンになったのかよ……」

 呆然とした牧人。だが呆然としつつも逃げ出そうとする少女を見逃しはしなかった。完全なる悪役顔でとっ捕まえると、拷問でもするかのように問答無用で背負い走ったのだ。

「なぜ私を連れて行く」

「であったよしみ、お前を利用しない手はない、売りさばくでも何でもして散々利用するために決まってるだろ」

「よく堂々と言えるね。さっき町の人に英雄扱いされてたとこでしょ、英雄さん」

「はあ? んなのしったこっちゃねーの。綺麗ごとで世界はできてねーの」

 少女は牧人の圧倒的中二病発言に驚き、言い返しても面倒な人種はほっとくに限ると黙るに至った。


 そうして、いま場違いな二人はここにいると言う訳である。

「とにかく、だ。俺は死ぬ運命なんだよ。英雄はつれぇわ」

「さっき、んなのしったこっちゃどうのこうの言ってた人がよく言えたものだね」

 牧人ははあ、と息を吐いた。

「死にたくない。じゃあどうすればいいか」

「敵を倒さなければ……いえ、そもそも戦うことにならなければいい」

「そう正解っ! そのために俺は考えたんだ。なんでアランと戦うことになったのか。それはな、元をたどると仲間ができちまったのが始まりなんだ。つまり俺は仲間が出来てはいけないっ!」

 少女はむせた。店員が嫌そうな顔でごちゅうもんはと聞きに来る。

「えっと、じゃあチョコパフェ二つで」

 牧人にとっては当たり前の注文だったが、そんなものがあろうはずがないのだ。

「ではおすすめを」

 店員は勝手に解釈すると、蔑むような眼を少女に向け、去っていった。


「仲間ってのは沢山出来んだけど、特に重要なのが三人。全員女の子だ。一人がオレンジの髪をした魔法使い。愛嬌あるんだけどなあんかやな奴だ。男にいちいち点数つけるタイプだな。二人目はピンクの髪の王道ヒロイン。三人目は研究者肌の自然系美人、めっちゃ美しいんだけど、少し食えないやつで」

 少女は隠れて欠伸をした。

「んでさ、その三人は全員俺に恋してんの。最終的に王道ヒロインが俺と結ばれんだけど、魔法使いとはキス直前までいったし、研究者とはもうキスもしてんだ。いやあ、もてる男はつれーわ」

 三人の女とキスとはどうなのだろうと思う上、たぶんそれが原因ですぐわかれることになるんだろうなと少女がぼんやり考えていた頃、「おすすめ」が運ばれてきた。

(うおっ、チョコレートパフェだ)

 牧人は大好物を前によだれを必死で漏らすまいと歯を食い縛る。少女はチョコレートパフェにかぶりつき、牧人はスプーンを手に取った。

「んで、最初に魔法使いと会うんだけど、……ううん、これアイスじゃなくね?……、その魔法使いと会わなければオールオッケーなんだ」

 少女は口を、陶器人形のように美しい腕でさっ、とぬぐうとたった。

 行っていることはこの上なく汚いが、持ち前の美しさがなぜが動作一つ一つを洗礼した状態で見る者の目に届かせる。

 少女は立つと、そのままくるりと牧人に背を向けた。

「って、お前、どこに行く?」

「私はあなたに利用されようなんて言ってないけど?」

「うわそれ食い逃げって言うんだぞ」

 そっち?と少女は眉を寄せた。

「食べたらさっさとどうのと言ってた口がよく言える」

「あれー? そんなこと言ったっけぇぇ?」

「まあいいや」

 少女はさっ、と店内を見渡した。その間に逃走経路を練る。窓を破るのは最終手段だ。できれば人に見つからずこそこそと移動できる方がよい。

 牧人は腕を組んだ。

 ま、それより、

「お前が気になったのは、俺がお前を引き留めないことだろ。なんでかわかるか、お前は絶対俺のところに戻ってくるんだよ。お前もヒロインだからな、俺が恋しくなって早々に戻ってくるさ」

 少女は逃走経路を定め、店員が、二階への階段が死角になる場所へ行くのを待つ。

「私もヒロインなわけ?」

「いいや、本編には出てないんだけど。多分作品で書いたとこじゃないとこで登場してたんじゃないか?」

「じゃああなたは、私のことを知らないんだね?」

 少女は眉を寄せ、深い溜息を吐いた。

「あなたが『てんせい』したことは、他の人には言わないことだね。じゃないと皆、なんだか掌で踊ってるようで嫌な気分になるよ」

(こいつ絶対俺に恋してる)

(この少年は本能から無理だね)

 店員はあと一歩で少女が考えていた場所に入る。少女が息を吸うと、周りの空気がしん、とした静けさ、冷たさを纏う。

「あともう一つの理由はだな、お前はここから逃げられねえんだよ。……ま、俺も手遅れだけど」

 台詞を付け加えると、牧人は立った。


 それと同時に乱暴に店のドアが開かれ、店内に一つの人物が飛び込む。それはオレンジ色のくすんだ髪を激しく揺らす一人の女だった。

「助けてくれっ」

 物騒な言葉を吐き出す傷だらけの女の登場に店内外からの視線が集まる。すべての視線を引きつけながら彼女は牧人の前に土下座をした。当然、その場にいる牧人と少女にも視線は集まり、少女は無表情で牧人を見据える。

「お願いだ、おれの仲間を助けてくれ」

 女は土下座をしながら必死に叫んだ、その様子はほんの二週間ほど前とほぼ変わらない。変わっていることと言えば、傷を負っていることや、ここがどこかの暗い路地裏などではなく華やかな街の中のカフェだということ。

「いやだな」

 牧人は凍り付くような無表情で女に冷たく吐き捨てた。女もその返答は予想していたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしつつもまだ食い下がる。

「そこをどうか。おれの仲間が、獣に襲われて死にそうなんだ。飢え死にしそうになっていたところに現れた獣をルシューレが食い物だと襲い掛かろうとして、ルシューレを助けようと飛び出した他の仲間も全員……。おれはお前しか勝てないと思って、お前を必死に探して……」

「だからやらないと言っているだろ」

(二週間前に二度と姿を現さないと言ってたじゃねーか)

 客はどよめく。


 汚らしいわね

 どうやら何かあったらしいな

 気にするな、下賤の者共のことだぞ

 獣か、物騒だね


 女は周りなど見えていないかのようにただ土下座をする。

(それをやったところで意味ないだろ)

 女は苦しそうにうめいてる。相当つらいようだ。

「獣に、襲われてるんだ…。リーパーに、襲われて……」

 リーパーという言葉に牧人の眉がピクリと反応した。そして低く呟くように言う。

「事情はわかった。俺とこいつで全力で倒そう」

 牧人は少女を指さし女を静かにみる。女はぱっ、と顔を上げた。

「ありがとう、早速ついてきてくれ。おれはユーリという。妹のマリアも共に戦う」

 マリアという言葉にまた牧人は反応した。

「まりあ?」

「そうだ。私と同じオレンジの髪の、可愛い妹さ」

 しん、と沈黙が広がる。

 少女は息をのんだ。まさか、と牧人を見る。

「ああ、魔法使いマリア、重要人物の一人だ」

 牧人も少女を見た。強張った笑顔を浮かべる。

「やっぱりあなたはリンね」

「だな」


 店員は笑顔を浮かべ三人に近づいた。

「すみません。お帰りのようでしたら代金をお払いください」

 牧人と少女は同時に青ざめた。

(逃げるか? いや、二人ならともかくこの女がどれだけ走れるか……。つかまりでもしたらたまったもんじゃない)

 牧人はごそごそと服を探り、そして固いものが手に触れるとそれが何とも知れずぽーんと宙に放る。宙に浮かぶそれを目で追った彼はにやりと笑った。

「そいつ、売れば六千カナはくだらないぞ」

 店員に聞こえるレベルで小声で呟かれた言葉に店員は目を丸くすると、反射のようにくるくる回りながら一直線に向かってくるそれを両手で受け取った。

「本当ですか?」

 店員は厳しい顔つきをしながらも牧人に近づき囁く。

「ああ。たまたま馬車が落としていったんだ。そいつを宝石店に持っていったらそう言われた。でもそんな高いんならと、せがまれるのを無視して持っといたんだ。だが俺が持っといてもいいことあるわけじゃない、金がなくても生きていけるってこともう学んでるからな。だからやるよ」

「そんな都合がよすぎる話がありますか」

「あるんだな、これが。どうする、俺がそいつを売ってその金の中から代金を払うか、これを今お前が受け取るか……」

 周りの客は二人の様子に訝しむような顔でこそこそと話し合う。


 あれは何だろうか

 なにをやっているのだろう

 

「ああ申し訳ございませんでした」

 店員が突然叫んだ。

「まさか貴方があのライン・メッサ―ダ伯のご子孫様だとは露ほども知らず。どうかご無礼をお許しください」

 許す、と牧人は満足げに答え、周りが沸き立つ。

「では、行くか」

 牧人は声を張り、ユーリと少女を引き連れて店を出た。


「で、一体何をしたの?」

「たまたま服に入ってた指輪をでたらめを並べて押し付けた」

「六千カナはくだらないって? よく信じたね」

「ま、話術ってやつ? やっぱ俺は凄いから?」

「たぶん店員が馬鹿だったんでしょうね」

 なんでだよ。

「お前、本当にライン・メッサ―ダの子孫なのか?」

 石畳を鳴らし前を駆けるユーリが前を見たまま聞いた。

「どう思う?」

 対し牧人はちきんとは答えない。ユーリは唸った。正直どっちでもいい。

「騙したとばれたらあなたやばいんじゃない? アランと戦わずとも死ぬよ」

「ま? もともと食い逃げするつもりだったし? 罪の重さは変わんない? それに? んなのもらって嘘までついて客を返したのはあの店員だし?」

「だからばれても店員は誰にも言えない……。英雄がこれなんて世界は恐ろしい」

「俺が英雄なんていつ言いましたかあぁ?」

 ああだめだ、何言っても無駄だと気付いた少女は溜息を吐くにとどめた。

「それより、大変なことがあるね」

「そうだな。想像と違いユーリは足速いってのにお前がこれじゃあな。すうぐ息切れして転びあがって」

 牧人は背中に乗る体重に文句を言う。羽のように軽いがやはり人ひとり背負いながら走っているのだと思うと心が必要に重い。

「ま、女の子背負って走るのも主人公の宿命ってやつか」

「ああやっぱりあなたは生理的に無理だね」

 少女は眉を顰める。

「まあそれより大事なことがあるよね?」

「そうだな。魔法使いについてなんだが……。俺は考えたんだ。考え考え、そして決めた」

「なんと?」

「考えるのはだるいので取り合えず魔法使いに会ってからいろいろ考えると決めた」

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