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第一章

 昔々あるところに海藤牧人という哀れな主人公がいた。いや、実際はむかしむかしではなく今現在目の前にいるのだが、こいつがどうかむかしむかしであってほしいと私が思うほどの男なのだ。

 どう説明すれば良いのか。とりあえず、少し時間を戻そう。そうだな、数千年後の日本まで。


 牧人は中学生とも高校生ともとれる顔立ちをしたいかにもモブキャラないしエキストラの似合う男だった。否、それは現在もである。

 そんな牧人少年は今何年もかけて執筆中の小説を書き終わったところなのだ。中学二年生、中二病の極みの時期にある彼は、その中二病っぷりを盛大に発揮したラストでその小説を飾り付けた。

「必死に戦った勇者リンは死亡、それも仲間を守りぬいた結果だ。悪役アランも倒し、勝利以上の勝利をつかんだんだ。嗚呼、なんて素晴らしい――」

「ねえお兄ちゃん宿題やったのー?」

 ノックもせずに部屋に入ってきたのは牧人の妹、名前は琴だがここは花子としておこう。というのも、毎日おかっぱの髪に赤いスカートなのだ。本人は「柄が変わってるのよ」というが牧人にはわかったもんではない。それに本人も音楽より花の人間だから喜ぶであろう、たぶん。

(えっ、なになに? ラブレターでも書いてるの?)

 小学6年生になってもう半年の花子は、机に向かって紙をにやにや顔で見つめる牧人にそんなことを思った。だが直接訪ねるわけにはいかない、花子は小6にして恋愛マスター、牧人のようなタイプは周りが突っ込むとすぐ失敗をやらかすとわかっているのだ。ゆえに、花子の誤解は一生とけない。

「あ、ああ。やったやった。さっきやったところだ」

 牧人は慣れた動作で小説を書いているノートを足元の段ボール箱に入れた。その段ボールは所謂黒歴史箱である。

「ふぅん。じゃあ私がみてあげるから出してよ」

 花子は不敵に笑う。花子と牧人の学力は、圧倒的に花子の方が上だ。しかも花子は先生・生徒・親・知人・兄弟・その他に好かれる完璧優等生かつ完璧コミュ力少女なのだ。対し牧人は生徒365人中183位の度平均少年。度平均少年はすぐに負けを認めて手を挙げた。

「すんません、やってませんした」

「じゃあ私が手伝うからお兄ちゃん宿題出して」

 

 ここまでは日常であった。ごく普通のどこにでもある日常が流れていた。

 だが日常は、どこにでもあるが故薄っぺらい紙切れのように頼りないものだった。

 突如大気が揺れた。

 牧人と花子は窓に駆け寄り外を見た。

 空気は夜の静けさをまとい、ただ冷たかった。だが隕石が、赤い炎を燃やし、色を振りまき、尾を引きながら暗い夜空を割いた。星もない黒に、一つの大きな岩のような球体が赤く中心に輝き、火花を散らす。

 うつくしい。二人は、いや、地球に住まう全生物が状況を理解できず、ただ呆然と空に散る色彩を眺め、そんなことを考えた。

 それで生が終わりになろうとはだれも予想する暇もなく、ただただ地球は壊れ、生物は死んだ。残るは宇宙にブラックホールが一つ増えたくらいで、そこに住まう生物や地球にとっては大きな出来事でも、宇宙全体にとっては小さな変化だった。


 

「恐竜は、大きな隕石が地球に落下したことによって死んだって」

「そうか」

 牧人は走馬灯を見た。絹のような白い紙を持ち、無国籍という空気をまとう不思議な少女。一見美しい陶器人形のようだが、紅い瞳はいくつもの修羅場を乗り越えた冷たい獣の熱。その瞳が、この少女の本質なのだろう。

 そんな少女が、砂埃と瓦礫の舞う高原かどこかで、自分に向かって笑いかける。

「どうする? およそ千年後に降る隕石を、止める?」

 少女はあまりにも自然な笑顔で自分に話しかけていた。まるで、今日のご飯はハンバーグだよ、とでも言っているかのように、瓦礫で頬を切られながら。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 牧人は怒鳴りながら目を開けた。いや、怒鳴っている最中に目を開けたともいうかもしれない。

 なぜか子供のように溢れんばかりの涙を流した彼は、怒鳴って何かを手でぶったたいたのち、数瞬凍着した。

(いやなんだこりゃ?)

 牧人の目に最初に映ったのは、窪んだ男の顔だった。掠れたような傷を頬にみっともなくたたえ、ただゆっくりと牧人の前を通り地面に伏した男だ。青髪だったのだろう彼はただ地面に伏して死体のように動かない。

 数瞬遅れて慌てて駆け寄った牧人は、男に触れる直前で手を止めた。男に触れようとする自分の手から、血が滴っている。

「まてやめろっ! 殺すなっ、お願いだ、この通りだから」

 前方から声がして振り向くと、まず牧人の目にオレンジ色の何かが映る。次第にそれが女の髪だと分かり、その女が自分に土下座をしていると気付いた時、彼は全てを飲み込んだ。

 場所は裏通りだった。薄暗い道に、十数人の男が倒れている。屈強そうな男から、ひ弱そうな男までが折り重なる。

 比較的汚れていない女は牧人の前で土下座している。

「俺が殺った?」

「ああそうだお前がやったんだ。おれ達はお前のものになる、忠誠を誓う。だからもうっ…」

 女は牧人の前で泣き崩れた。

「お前を襲ったおれ達が悪かった! だからっ…殺さないでっ…」

(俺はこいつらに襲われてたのか? それで殴った…?)

 牧人は動かない目の前の男を見た。

「なぜこんなことを…」

「食べ物がっ……」女は牧人の呟きが自分へのものだと勘違いした。「食べ物が、欲しかったんだ…」

 女は泣き崩れながらもしっかりとした声で話し続ける。

「もう、あと数日も持たない。こんな人数……」


「冗談じゃない」

 牧人は擦れ声で吐き捨て走る。

「俺は。何を…っ」

 牧人は再度叫んだ。ただ今の状況を吐き捨てるように、喉をからして叫び散らした。

 裏通りからはとっくに逃げ、彼は今大衆のいる表通りをかけていた。


 それから二週間、彼を見ていた少女がいた。その少女こそが「私」なのだが、その当時は記憶を喪失しており、何が何だかわかっていなかった。分かったのは、『懐かしい』、『この人を、私は知っている』と、それだけだ。

 二週間たてど私はまだ記憶を取り戻せていない。


「でさ、隕石が降ってきたかと思えば俺はこんなとこにいたんだ。もう何が何だかわかんないな。転生ってやつ? 生まれ変わったんだ」

 牧人はパーラン(ルック村で好んで食べられている、パンでチーズをはさんだもの)を齧った。商店が並ぶ村を見渡せる岩の上で並び座ってもう30分は経っていた。

「そう。で、『てんせい』して今までで、何かわかったことはある?」

「ううん、そうだな」

 牧人はうんと背伸びをした。そのままごつごつとした岩に寝転がり、どこまでも果てしなく続いて行ってしまいそうなくすんだ空に細目を返した。

「ここには、妹も、昔居た世界の友人も、一人もいねえってことかな」

 少女は紅い、冷めきっている眼で牧人を見下ろす。

「そう」

 牧人は鼻から息を吐いた。

「後は、俺の背が凄く小さくなってるってこと。多分、十つくらいじゃねえかな。あとは、魔法だな」

 少女は形の良い眉を顰めた。

「『まほう』」

「そうさ」

 村の人々はがやがやと何事かわめき、叫び、わらう。

「魔法をこの世界の人々は使う。手も触れてねえもんを動かしたかと思えば、知らぬうちに獣を殺す。そういう力を、魔法っていうんだ」

 少女はしばし考えこんだかと思うと、自身の美しい黒髪を指でもてあそびまた「そう」と返した。

「俺もさ、この世界の人間に転生したはずなのに、使えねえんだよ」

(酸素を吸って二酸化炭素をはいてる人間が、いきなり体が二酸化炭素を吸って酸素を吐くように変化しても、実際にはできないのと同じなのかな)

 牧人はそう考えた。非常に分かりにくいたとえだ。それに体が変化したのなら人類にも二酸化炭素を吸って酸素を吐くくらいできよう。だがこれでも牧人は物書きなのだというから世の中とはわからないものだ。

「ならあなたは、きっと生まれ変わったのではないと思う」

 牧人は無言で少女を見る。

「海の向こうには倭人という動物がいてね、私達が出来ないことをやってのけ、できることをできない。そう聞いたことがある。だからあなたはきっと倭人で、何かの拍子に海を渡ってきちゃったの」


 牧人が起き上がろうとした時、熱風が村を駆け抜けた。生ぬるい、獣の吐いた息が一瞬にして人々の間を行く。陽光は消え、影がすべてを覆いつくす。

 瞬間静まり返ったかと思うと、村人は店も何もかもを捨て、喚きながら四方八方へ駆けた。

「ソウル食いだ、ソウル食いだっ」

 村人は喚き、泣き叫ぶ。

 牧人にはこの名に覚えがあった。上空の巨鳥を見、呆然とする。

「お前っ、早く逃げろっ」

 牧人たちを見た老人が、しわがれ声を名一杯枯らしながら叫ぶ。

 牧人はゆっくりと立ち上がり、目が痛くなるのを感じた。 

 こみあげてきた涙をこらえようと目に力を入れた彼は、数秒後に頭上で大きな音がしたのに気付いた。爆発音。にぶい、太い音だった。

 牧人が顔を上げると大きな物体が宙から地面に崩れ落ちていた。力強く流れる赤い毛に鋭い鍵爪を光らせた巨鳥だ。しばらくは痙攣するように小刻みに震えていたが、やがてパタリと止まりしん、としたただ静かな空気があたりを包み込んだ。

「倒れた…?」

 誰かが声を洩らした。


 誰が?

 あの少年だ。あの少年が一瞬光ったぞ

 あんな小さな奴が? 嘘だろ

 私もみた

 俺も


 ざわざわと言葉が紡がれる。牧人はつったったままだった。

「俺が、やったのか…?」

 その言葉が合図のように村人はわっ、と牧人に駆け寄り、讃え賞賛し感謝を述べる。

 人々に囲まれた岩の上の張本人は、隣で立っている少女の方を見た。少女も牧人を見る。

「やっぱ俺、転生したんだ」

「そうね。確か、あなたが書いた物語の最初で、こんなシーンがあったと話していたね。村を襲った巨鳥を主人公は見上げ、気付いたら倒していた、と」

 彼は、だんだんと景色が遠ざかっていくようだった。人々の喧騒もただ遠ざかり、自分の声と少女の声だけがはっきりと聞こえる。

「俺、やばくね?」

「まあ、このまま行ったらアランを倒して死ぬね」

「やべぇ……」

 牧人は今更ながら過去の自分を悔やんだ。主人公は、やはりハッピーに生きるべきなのだ。

「俺、リンになったのかよ……」



 

 





 


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