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異世界に精霊とんぼが飛び立つ頃に  作者: 凛々サイ
1章 異世界の真実
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1章 6.日本語が通じる安堵感

挿絵(By みてみん)

「あの……、日本語話せるんですか?」


 少し警戒しながら尋ねた時「そう、私は魔法つ……!」とまた言い始めた実久の口を左手で瞬時に押さえる。ふがふが言っている。


「二ホン語? キーブルド語でしょ? 君達そんなおかしなこと言ってたらほんとに連れて行かれちゃうよ。魔女狩り達に」


 顔は暗くてよく見えないが、相手の目は真っすぐにこちらを見据え、何かを判断するかのように、その言葉は少しとげとげしい。何を考えているか分からないその雰囲気にこれ以上おかしなことは言えない。色々聞きたいことがどんどんと脳裏に浮かぶが、ここはぐっとこらえて口ごもる。


「……まあいい。困ってるみたいだから、うちにおいでよ。僕以外誰もいないから」

「でも……」

「そのままここで朝を迎えるの? その姿で? 何か起こっても後悔しなきゃいいんだけど」


 男は投げやりにそう言うと、きびすを返すようにこちらと正反対の方向へ歩き出した。付いていくべきなのか? こんな見ず知らずの奴に。


 もしここがほんとに異世界だとしても完全に不審者案件だ。付いてっちゃダメ!! と誰もが言うだろう。そんなことも一切合切無さそうに勢いよく足を一歩踏み出した実久を覗いては。ピンク色のジャケットをすかさず掴むみながら考える。状況も状況だ。俺達を助けてくれた女性剣士も日本語を喋っていた。

 

 ……賭けてみるしかないな。


 実久のジャケットからパッと手を離すと、顔から地面へこけた。


***


 あの場から数軒の民家らしい家を通り越し15分程歩いた。その間目の前の男は言葉を何も発さず数メートル先を足早に歩き、付いていく実久だけの声が暗闇に響いていた。「今は夜だから静かに」と言うと黙ってくれた。どうやらこの男の家は少し人里離れた場所にあるみたいだ。

 

 やっとポツンと佇む小さな瓦作りの平屋の家へ到着し、古びた茶色の木製ドアを開けてくれた。靴は脱がなくてもいいアメリカンスタイルみたいで「どうぞ」と言われるがまま入ると、目に飛び込んできた空間を見て思わずあっと声を上げてしまった。


 ミシンだ。

 

 窓からの月明かりでぼんやりと照らされていた。それも古びた足踏みミシン。12畳程の部屋に2台窓際に並ぶように置いてある。部屋の中央には存在感の大きい年季の入った木のテーブル。幅2メートル以上はありそうだ。立体裁断用のボディのようなものも2つある。後ろから部屋へ入って来た実久も驚いたようで、「うわ!! これりっきーのお家にあったミシンと同じだ!!」と声を張り上げている。


「君の家にもミシンがあるの?」


 その男は蝋燭なのかよく分からないが、テーブルの上にあったランプのようなものに火を点けながら、こちらへ声だけを投げている。


「……あります」

 

 どこまでこの男に自分達の事を喋っていいのだろうか。躊躇しながらも答えた。


「敬語は使わなくていいよ。君達僕とそんなに年齢変わらない気がするよ?」


 そう言いながら明かりが灯されたそのランプを手に持つと、こちらへそのオレンジ色の明かりを向けた。男の顔が映し出される。確かに同じぐらいの年齢のようだ。線の細い体に顔立ちは明らかに日本人離れした西洋人風で、髪も真っ黒というより茶色と言ってもいいかもしれない。身長は俺と変わらないぐらいで、中央で分けられた前髪に耳までかかる少し長めの髪、そして青い瞳。そう、まさしく……


「イケメン!!」

 

 突然叫ぶ実久。


「分かってるから落ち着けっ!」

「りっきーといい勝負だぜ、ぐへへ」


 嫌らしい顔をした実久はニタニタと恐ろしく笑っている。二次元大好き娘はこういう奴にどうもいつも興奮するみたいだ。


「イケメン?」

「そう、あなたはさましく2.5次元イケメっ……」

「一人で暮らしてるのか?」


 2.5次元なんてまた余計な事を言いかけた実久の口をまた抑えながらパッと出てきて質問を出す。男の様子からして不思議と「イケメン」の意味は理解出来ていないようだ。


「ああ、そうだよ。ここには僕一人。両親は病気で死んじゃったからね」


 こちらがバツが悪そうな顔をしていたのに気づいたのか、ふっと笑って「気にしないで」と言ってきた。そんな様子を見て自己紹介ぐらいしてもいい気がしてきた。


「俺の名は森影もりかげリキトだ。こっちは白井実久しらいみく。……助けてくれてありがとな」

「僕の名前はゼファー。ゼファー・シスルトだよ。よろしくね。月食の夜にそんな恰好で出歩いてるからびっくりしちゃったよ」

 

 そう言われて気が付いた。じーちゃんも月食が終わるとか月食までに! とか叫んでたし、俺達がここに来たことと何かしら関わっているのか?


「月食ってなんだよ、いや意味は分かるけど、なんか特別な日なのか?」

 

 実久はこの部屋を歩き回り、足踏みミシンをじーっと見つめたり、テーブルの上にある布をちょんと突いたりしている。とりあえず「何も触るなよ」と言っておいた。


「君達ほんと何も知らないんだね。月食の日は災いが起こると昔から言われてるんだ。ほら月が少しぼやっと赤くなるだろ? あの赤さが不吉さを呼ぶと言われている。1年前に起こった王族間の内部抗争の日も月食の夜だったと言うからね。その日から忽然こつぜんと消えた法王と王女、それに王女と結婚した次期王と、その二人の間に生まれた1歳だったご子息もみんな生死不明だと言うしね」


「法王? キリスト教のか?」


 俺達が住んでる世界だったら法王と言えば宗教上のトップの存在だ。そんなどでかそうな宗教の法王やその家族が突然消えたのならきっとそれなりにニュースになっていそうだ。だけど、そんなニュースは今まで聞いた覚えがない。


「そんな宗教、初めて聞いたな。ブリッジ教の法王だよ。この世界の長だって知ってるよね? あれからこの世界はめちゃくちゃになってさ。疫病もそれからどんどん流行り出したじゃないか。こんなご時世のせいかブリッジ教の熱狂的な信者が『こんな風になったのは悪魔と契約した魔女のせいだ!』なんて言い出して、魔女借りも始めるしさ、それもどんどんと酷くなる一方だ。世界は一層不安定になって行くばかりだし、おかげで僕の仕事もだいぶ少なくなったよ」


 ブリッジ教? 聞いた事もない。魔女狩りとかいつの時代の話だよ。やっぱここは地球じゃないってことか……? なんだか不憫ふびんな王族話にもなってるし、どこから突っ込んで、いや聞いていいのかも分からない。ここで色々とこの男に質問をすればまたおかしな発言だと思われそうだ。実久もいるしこれ以上怪しまれたくはない。目の前の男は、足踏みミシンを見つめながら肩をすくめて残念そうにしている。よし、ここはとりあえず問題なさそうな質問をしてみることにする。


「……仕事って、服でも作ってるのか?」

「そうだよ。ここは『シスルト工房』で、僕の仕事件住まいさ。前の法王がいなくなるまでは他のギルドもかなり機能してたし、この村の人達からもそれなりに服の仕立てを頼まれてたんだけどね。今じゃそんな余裕もないみたいで、時々入ってくる王族や貴族関係者の服を少ない報酬で仕立ててるよ。お金はたっぷり持ってるくせに弱みを握るようにして僕達の弱小ぶりに付け込んで来るのさ。ま、僕にはこの仕事しかないからね」


 その言葉を聞いて、アイツを殴った日を思い出してしまった。どの場所でも同じなのか――。


「とりあえず、着替えたらどう? その頭もどうかしたほうがいいね。そんなんじゃ寝るにも困りそうだ」


 確かにごもっともだ。

 さっき走り過ぎたせいか、つんつんレベルは落ちてるが、このトゲのような頭ははやくどうにかしたい。こんなバカでかい釘が刺さったどでかい肩パットにこの重苦しいブーツもはやく脱いで、どこでもいいからとにかく横になりたい。

 今日は色々ありすぎてなんだかどっと疲れた出てきてしまった。何か着替えでも入っているかもしれないと、ふと担いでいたじーちゃんの置き土産と言ってもいい、このでかい麻袋の巾着の紐をぐっと広げ中身を確認した。


「なんだこれ……」


 大きな麻袋から出てきたのは、どでかいずっしりとしたローブのようなマントのようなもの。とにかくでかい。

 ゴブラン織りのようなもので出来ていて、全体的には色はマスタードイエローだ。その上には、丸い茶色の果物のような模様に、青々しい緑の葉、そして赤い花が大きく織り込まれ、美しい装飾品のような布だ。

 表布の切り替え部分では、果物の位置や柄がずれないように綺麗に柄合わせもされていて、見事な仕立てぶりだ。裏地の薄手のコットンも表地と裏地がずれないように中で縫い止めもしっかりと行われている。全体的な仕立て方法を見る限り、かなり時間と手間が掛けられている高級仕立てだ。作り手の愛情が存分に込められているようだった。

 その愛情の重さ分なのだろうか。表布自体にかなり厚みがありずっしりと重い。俺、よくこんな重いの担いでずっと走ってたな。ん……? この模様どっかで見なかったけ……?


 思い出せないまま、袋の中を覗くと他にはマッチやろうそく、薄い木のシートに包まれたニッポン昔話に出てくるようなおにぎり4つに、ワイン瓶のようなガラスに入った水のような液体も出てきた。

 

 そして足元にひらりと落ちた白い封筒。


「君、なぜそのローブを持ってるんだ……!?」


 手紙を取ろうとしたら、さっきまで冷静にひょうひょうと喋っていた奴が突然目をぎらつかせ、こちらへ駆け寄ってきた。いきなり何だよ! こっちが聞きたいけど!?


 そんな緊迫した最中に隣の暗闇から「おにぎり食べていい?」と響く。

 次の瞬間、実久は嬉しそうな笑顔でその白いご飯にかぶりついていた。

 果たして俺に聞く意味はあったんだろうか。

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