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異世界に精霊とんぼが飛び立つ頃に  作者: 凛々サイ
最終章 来たる真実
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最終章 6.罪を背負って

挿絵(By みてみん)

 その大きなハサミで黒い煙が立ち込める火の中から私を解き放ってくれた時、ゼファーが呟いた。


「ルディさん、みんなあなたを助けに来たんですよ。あなたが命を賭けて守り抜いた人達とね。しかし彼は僕の大事な仕事道具をなんだと思ってるんですかね。このハサミ、また研がないといけなくなりましたよ。ルディさんを助けられたのは何より嬉しいですけどね」


 文句を言う割に彼のその表情は笑みを含み軽やかだった。そんなゼファーの肩を借りながら、ふらつく足で熱く燃え盛っていく火の手から間一髪で逃れ、彼と二人で民達の傍に足を下ろした。


 周囲の空気が先程と明らかに違う。民達の顔からは恐れが無くなり、まるで背後で燃える炎をその瞳に宿しているかのように見えた。


 その理由は明らかだった。リキラルト様だ。彼の真っ直ぐな訴えにより、皆の表情がどんどんと変わっていったのだ。


 私が今まで行ってきた罪は重い。魔女狩りに加勢し、多くの女性達を苦しめ、酷く不幸にしてきた。その罪を無かったことには到底出来ない。だが、変えていくことは出来る。突然18歳になられたお姿で現れたあの方にそう教わったのだ。


 今私に出来ること。それはこの民達を臨むべき道へ導いていくことだ。今までの行いの罪滅ぼしになるとは到底思ってはいない。けれども私が私として、一人の兵士として、ミスルド一族の者として、民の一人として――、出来る唯一無二の事なのだ。


「我らはもう立ち上がらねばならぬ……!」

 

 民へ叫んだ。その燃え盛る炎を肌で感じながら。


「我らは罪を重ね過ぎた。拷問にかけられ、火に焼かれ、苦痛の声を聞き、その断末魔から幾度となく耳を塞いできた。この1年間ずっと……! しかし、時は来たのだ。このリキラルト様が繋いでくれた今日こんにちによって! 我らは我らで道を切り開き、進んでいかねばならぬことを……!!」


 意味などいらぬ。

 我らが行うことに、意味などいらぬ。


「ルディさん……」


 目の前で、レスミー様と瓜二つな素顔を私に見せる御子息の声が聞こえると、彼に向かって膝を付き、頭を垂れた。


「よく今までご無事で。生還を待ちわびておりました。私が今まで行ってきた魔女狩りへ加勢した罪を償うことは出来ないかもしれません。ですが、もし今、私の力が役に立てるのなら、あなたの元で是非戦わせてください」

「もちろんです。顔を上げてください。俺達を何度も助けてくれて……、感謝しています」


 目の前のリキラルト様はあの方と同じ深い新緑のような緑色の瞳を真っ直ぐに向け、少し微笑むと私に手を差し出してくれた。


 赤ん坊だったはずのあんなに小さかったその手が。

 私よりも大きくなったその頼もしい手で。


 そっと握ると、私は再び立ち上がった。


 先程リキラルト様が体当たりをし、伸びきった兵士の腰元から素早く剣を抜き取る。


「もう迷うことはない」


 剣を真っすぐに顔の前に構えた。


「はやくそいつらを捕まえろ……!! 黒魔術を使うこの世界に闇を落とす者ぞ! そいつらは悪魔の手下だ!」


 近くの高台からレスミーの父であるマーヴィス法王の慌て叫ぶ声が響き渡る。ローブを被った者達に囲まれていた兵士達がまた力を取り戻すかのように再び剣を上げ、じりじりと詰め寄って来る。


「それ以上近付くな!」


 大勢の兵士の前で威嚇するように大きく剣を振ったのはいいが、圧倒的人数差だ。一人では時間稼ぎにしかならぬと分かっていた。


 だが、私はこの罪とこの世界から逃げない。今ここで出来る事をひたすらに全うするだけだ。


 例えここで命が散ろうとも――


 敵兵へ挑もうとしたその時だった。突然、背後から威勢のいい声が段々と響いてきた。大勢が人込みをかき分け、後ろから近付いて来ているようだ。


「……加勢させてくれよ、兵士さま」

「わし達も、その心意気に乗っからせてもらうよ」

「俺達自身が道を切り開いていく、……そうでしょう?」


 仕事道具だろうか。目に闘志を宿らせた桑や鎌を構えた男達が大勢背後から現れた。それに燃え盛る背後の炎から長き木で火を拾い上げ、細き腕に持ち、この戦いに挑もうとする少年や女性達も前へ出てきた。その鋭い眼差しには確実に強い意思がこもっていた。


「感謝する」


 一気に武装した大勢の民達に囲まれた兵士達は、その士気から、一気に委縮し、ひるみ始めた。


 我らは貧弱だ。誰が見てもそう思うだろう。けれども、そこに強い意思があれば、もしかすると何かが少しずつ変わり始めるかもしれない――


「こいつがどうなっていいのか!?」


 その時マーヴィス法王の声が上空に響き渡った。


「……父上、もうおやめください」


 敵兵から声の方へ目線を移すと、膝を付いているレスミー様に、数多くの剣が向けられていた。そんな無抵抗な方の長くなってしまった金の髪を一人の兵士が強く引っ張り、首をさらけ出されている。そんな様子に私もレスミー様と同様に苦痛に顔をゆがませた。


「レスミー……!!」


 リニア様の恐怖の叫び声が火の粉が舞う夕暮れの上空へ響き渡った。


「リニアをこちらに渡してもらおうか」


 マーヴィス法王の隣に立つ、ダガー王の低い声がこの場に届く。その目はリニア様を真っすぐに捕え、執着心さえも感じる。その足元には手首を鎖が繋がれ、やつれ切ったレスミー様が、悲痛な顔をしてリニア様を見つめている。この状況を打破するためには民達と協力し、立ち向かうしかない。例えそこに犠牲があろうとも――


 強く剣を握り締めた時だった。


「……渡すわけないじゃないか」


 リニア様の前にゼファーが現れたのだ。

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