2章 4.お願いだから
「実久っ、おいっ! 大丈夫か!?」
ここで倒れられたら困る、ひじょーーに困るぞ!! 肩を揺さぶってこっちに戻す作業をいつものようにする。頭が上を向いたままがくがく揺れている。まるでコメディ漫画によく出てきそうな絵ずらだ。とりあえず全部採寸は終わったみたいだし、外にはやく連れて行きたい……! 実久にここは刺激強すぎ案件過ぎた。俺もだ。
「あら、その子大丈夫?」
一番近くにいた金髪ゆるふわ女子が実久の顔を覗くように訪ねてきた。
「はい、お気遣いなく……。もう採寸は終わりましたので、これで失礼……」
「この子、珍しい顔立ちしてるわね。あなたの恋人か何か?」
「ち、違います……」
俺らはただの幼馴染だ。付き合ってもねぇし、そんな仲じゃねぇ。
「実久は、りっきーとお友達です……」
意識が戻ってきたのか、まだぼーっとしている実久がぼそっと呟いた。顔の事を聞かれはしたが、この辺にも同じような顔はいるってゼファーは言ってたし、珍しいだけで悪い事ではないはずだ。そんなゼファーも、赤毛の女に言い寄られながら、未だに小競り合いをしている。
「そうなの? 可愛いお友達ね、ちょっとこの彼、私達がお借りしてもいいかしら?」
「……借りる?」
実久は何を聞かれたか理解出来ていないのか、きょとんとして疑問を投げかけている。
「いや、俺はそんなつもりは一切……」
金髪娼婦は俺が実久との間に入っても、お構いなしに実久へ口を開いてきた。
「それともあなたも一緒に参加する? 娼婦になるなら、あなたの顔立ちは珍しいから他の殿方もきっと喜ぶわ。羽振りのいいお客さんもたくさん紹介してあげる」
「おいっ……! やめっ……!」
こいつ、実久になんてこと吹き込んでんだ……!?
「あなたは女性なんだし、こんな裁縫士なんて下っ端の稼げないような仕事しなくても、体で稼いだ方がよっぽどいいお金になるわよ? 王族相手となれば、今日みたいに高級なドレスだって仕立ててもらえるんだから。だいたい縫製士なんて地味で何も楽しい事なんてないじゃない。それにせっかくこんな魅惑的な体を持ってるんだから、ちゃんと使わないともったいないわよ。あなたのやってることなんて意味ないわ」
「何言って……!」
俺が声を上げた瞬間、金髪娼婦が叫び声と共に、勢いよくドンっと床に倒れ込んだ。
「……そんなこと言わないでっ!!」
実久が突き飛ばしていた――。
「なんでそんな酷いこと言うの!? りっきーはっ、りっきーはっ、あんなことがあっても、この世界でもっ、頑張って、頑張って、お裁縫頑張ってるんだからぁぁぁぁ!!」
突然実久が叫ぶように言い放つと、ワンワンと大声で泣き始めた。
ゼファーも他の3人の娼婦達も唖然として、実久を見つめている。
「実久……」
実久の大きな泣き声だけが虚しく響くこの部屋の中で、その言動と娼婦を押し倒した行動に、今更のように気が付いてしまった。俺がアイツを殴ったあの日からずっとずっと俺を心配してくれていたということを。俺のためだ、俺のために娼婦を押し倒した。
そうだ、謹慎中もあんなに毎日家に来てくれて、ずっと心配してくれてたじゃないか。たくさん励まそうとしてくれてたじゃないか。俺がミシンを踏めなくなったあの日からずっと。
この世界に来て、また俺が針を手にしたあの日から、きっと実久なりに心配してくれて、色々思うことがあったはずだ。なのに……、俺は気付いてやれなかった。実久は俺のためにたくさん悲しんで怒ってくれてたんだ。今までもずっと――
「何の騒ぎだ!!」
扉の向こうに控えていた衛兵が部屋の扉をバンっと開けて中へ飛び込んできた。
「……これはちょっとまずいな」
ゼファーがぼそっと呟くと、他の衛兵もバタバタと4人やってきて、部屋が更に騒々しくなり始めた。
「この女が私を押し倒したのよ! 私の大事なこの体が傷ついたらどうするつもり!? こいつを連行して!! せっかくの人の行為を無駄にして!! あんたは馬鹿だわ!! もっと頭を使いなさい!! 意味のないことしてるから教えてあげたのに!! きっとこいつも魔女だわ!! 世を悪にする魔女……!!」
突き飛ばされていた金髪娼婦が大声で荒げた。まだわんわんと泣き続けている実久の腕を衛兵達が乱暴に掴み、部屋から連れて行こうとしている。
……なんでこの世界でもこうなんだ? 俺達が何したっていうんだよ。俺達が悪なのか? なんでそんなに批判するんだ? 稼げる方が偉いって言いたいのか……? 意味のないことを俺達はしてるのか……? 実久は魔女なんかじゃない。普通の女の子だ。誰よりも元気でおてんばで……。明るくていつも笑ってる普通の女なんだって……。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……! ちょっと押しただけだろ!? 離せって!!」
「なんだ、お前は!」
実久を掴んだ衛兵をその腕から必死に引き剥がそうと引っ張った。けれど何度引っ張ろうとも離せない。
くそっ、なんだよ、やめてくれ、お願いだから、やめてくれ……!!
実久の体に触んな……!!
「実久に触るな! 掴むな!! やめろっ!!」
「おい、さっきからなんだ! これ以上するとお前も連行……」
「リキト君!」
ゼファーが俺の名を叫んでいるが、そんなことはどうでもいい。剣を腰に挿した衛兵へ向かって、そいつから実久をまた何度も引き剥がそうとした。男の腕を何度も、何度も引っ張り続ける。どうなってもいい、俺はどうなってもいいから……、実久だけは、実久だけは……!!
「リキト君、落ち着くんだ! とにかく今は落ち着くんだ!!」
「これが落ち着いてられるかよ!!」
急に後ろからゼファーに羽交い絞めにされた。
「申し訳ありません、彼は僕がここからすぐに連れ出しますので」
「ゼファー離せって!! ちょっ、おい! 実久っ!! 実久っ!!」
扉の向こうへ連れ去られてしまう。
お願いだ、お願いだから、連れていかないでくれ……!!
「実久っ!!」
大泣きしている実久は目の前から完全にいなくなってしまった。




