№24・道具箱・中
「それで、『禁呪』とはどういうものなんですか? 話せる範囲で構いません、教えてください」
南野が再度尋ねると、フクロウは顔を上げてぽつぽつと語り始めた。
『妾の『禁呪』……それは、この世界に『終末の赤子』を現出させるものじゃ』
「『終末の赤子』……?」
『創生神ファルマントがついぞ生むことのなかった、世界に終末をもたらす存在じゃ。全知全能にして、零知零能。最期の喇叭を吹く神の御使い。『それ』を召喚することが、『禁呪』……それにはメルランスの存在が不可欠じゃ』
世界を終わらせる存在を召喚するのに、メルランスが必要……?
当の本人も険しい顔をして話を聞いてる。
『それ以上は言えぬが、ともかく。『それ』が現出すれば世界は終わる。『赤の魔女』が望むままにの』
「『赤の魔女』、だって……!?」
南野をこの異世界に送り込んだ張本人だ。まさかこの場で名前が出てくるとは。思わず身を乗り出してフクロウを問い詰める。
「『赤の魔女』はどこにいるんですか!?」
『急くでない。『赤の魔女』は妾とは違って縛られた存在ではない。自由に時空間を行き来し、どこにでも現れる。普遍的な存在じゃ。肉体を放棄し、概念としては幽霊に近いかもしれぬ。大層気まぐれでの……ともかく、『赤の魔女』は『ギロチン・オーケストラ』とお主らを利用して世界の滅亡を観察している』
なんてことだ。『緑の魔女』が言うように気まぐれならば、そのときの気分次第でこの世界を終わらせることもあるだろう。
「くそっ……! 一体どうしたら……!」
『なに、簡単なことじゃ』
フクロウが首をかしげながら言う。
『南野よ、お主がおるじゃろう』
「俺がいてなんの役に立つっていうんですか……!」
『まあ待て。『赤の魔女』はお主をこの世界に送ってきた。最初はただの暇つぶしかと思ったが、どうやら意図があったらしい。その意図が成就するまで、『赤の魔女』はお主を観察し続けることじゃろう……今も、おそらく』
言われて、はっとする。
この世界に来てからずっと感じていた視線のようなもの。
赤い、あの瞳……
『赤の魔女』がなにかを企んでいて南野をこの世界に送ったとしたら、当然その動向はとっくに知れていることだろう。
見られていると思うと途端に居心地が悪くなった。
『つまりじゃ。お主がレアアイテム蒐集の旅に出ている限り、それは『赤の魔女』の思惑通りというわけじゃ。あれは自分の思い通りにならぬと興味を失って癇癪を起すからの、お主がレアアイテムを集めている限り、『赤の魔女』はお主に張り付いて観察を続けることじゃろう』
「……要するに、俺はこのままレアアイテムを蒐集し続けることで、『赤の魔女』を繋ぎ止めることができると……?」
『そういうことじゃ』
『赤の魔女』にとっては、『緑の魔女』がレアアイテム蒐集を南野に依頼することも織り込み済みだったのだろう。が、どういう考えでレアアイテムを集めさせているのか、それがわからない。
そもそも、なぜ自分が選ばれたのだろうか……?
疑問は尽きないが、フクロウが黙り込んだあたり、今話せるのはここまでらしい。
メルランスと、『緑の魔女』……そのふたりがそろわなければ『禁呪』は発動しない。
そして、『赤の魔女』の気まぐれを阻止しこの世界に繋ぎ止めるためには、南野はこれまでと同じように彼女の思惑通りレアアイテムを集めなくてはならない。
世界滅亡の危機を回避するためには、今まで通りにしていなければならないということだ。
「……そんなことって……」
額に手を当ててため息をつく。なにか運命じみたものに振り回されっぱなしのような気がしてきた。
『……これだけは言っておく』
改まった調子で『緑の魔女』が告げる。
『よいか、くれぐれも早まったまねはせぬことじゃ。メルランスがいなくなったところで『禁呪』が完成せぬとは言い切れぬ。妾の『真名』さえあれば、『禁呪』はまた完成する。連中はそこまで読んでおるのじゃろう』
『いなくなる』というのは、『死ぬ』と同等の意味を持っているのだろう。『禁呪』成立のためにメルランスは必要不可欠だが、『真名』さえあればメルランスと同様の存在を仕立て上げることもできる。
『それに……メルランスは妾の、子じゃ』
『緑の魔女』は言いよどむようにつっかえつっかえ言った。
フクロウが深々とこうべを垂れる。