№24・道具箱・上
その日の晩に『緑の魔女』に事の顛末を告げる手紙を出して、明くる朝。
酒場に集まった仲間たちに昨日見聞きしたことを話した。
「『断頭台交響楽団』……その末裔が『ギロチン・オーケストラ』ってわけね」
「二百年前の恨みが連綿と受け継がれているのか……俺たちエルフにしてみれば短いが、人間にとっては相当に長い時間であろうに」
「ほいで、その『ギロチン・オーケストラ』が『緑の魔女』の『禁呪』とやらを狙っとるっちゅうわけじゃな」
みんなおおむね理解したらしい。今そこにある危機についても。
「『緑の魔女』には昨日伝書鳩で手紙を出しました。今朝には着いているとは思うんですが……」
返事はいつになるか。南野がそんなことを考えていたそのときだった。
こつこつ、と酒場の窓をなにかが叩いた。見れば、大きなフクロウが小さな荷物を足に括り付けて飛んでいる。
窓を開けて入れてやると、フクロウはカウンターにとまって南野たちをゆっくりと眺めまわした。
「手紙のようなものは……ありませんね。なにか小包のようなものを持ってますが……」
『おはようなのじゃ』
「へ!?」
いきなりフクロウが人語を吐いたので思わず間の抜けた声が漏れた。
フクロウは構わずに言葉を連ねる。
『聞こえておるかの? 妾じゃ、そのフクロウは妾の声を届けることができる』
電話のようなものなのだろうか。しかしフクロウに話しかけられるのは初めての経験で、どう話しかけたらいいか考えあぐねる。
「聞こえてますよ、『緑の魔女』。お久しぶりです」
『南野か。久方ぶりじゃのう。アイテム蒐集は順調かの?』
「おかげさまで」
短く告げる。ここで世間話をしている暇はない。
「手紙、読んでくれたんですよね?」
南野がせっつくと、フクロウは首をかしげてからうなずいた。
『せっかちじゃのう。妾は伝書鳩の声でたたき起こされてまだ眠いというのに』
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、お伝えした通り、『ギロチン・オーケストラ』が動き始めました。あなたの『禁呪』を狙って」
『わかっとるわい。さいわい妾のいる森には結界が張られておるから入ってくることはできんがの』
「敵はそれを知っていてメルランスさんの方を狙ったんじゃないですか?」
自然、責めるような口調になってしまった。『緑の魔女』もそれを察したようで、フクロウがうつむき加減になる。
『……どこで嗅ぎ付けてきたかは知らぬが、妾に娘がいることまで知れようとはな。これまでひた隠しにしてきたはずなのじゃが……ともかく、申し訳ないことになった』
メルランスを振り返ると、こっちを見ようともせずそっけない顔をしている。これが彼女の言う『適切な距離』らしい。
この親子関係に疑問を抱きながらも、南野は言葉を継ぐ。
「知れてしまったことは仕方がありません。『ギロチン・オーケストラ』は世界を滅ぼすつもりです、あなたの『禁呪』を利用して。教えてください、『禁呪』とはなんなんですか? 世界を滅ぼすようなものなんですか?」
南野の問いかけに、『緑の魔女』はしばらく沈黙した。
それから、ぽつりとつぶやく。
『……今はまだ、言えぬ』
「なぜ!」
詰め寄るが、フクロウはうつむいたまま黙っている。つい熱くなって言わなくてもいいことを言ってしまった。
「あなたは安全地帯にいるからいいかもしれない、けどメルランスさんは違う! あなたの代わりに危険にさらされているんです! たとえ『禁呪』が発動しなくても彼女は『ギロチン・オーケストラ』にとってあなたをおびき出すための格好の餌なんですよ! わかってるんですか!?」
「……やめて」
言葉を遮ったのは、今まで素知らぬ顔をしていたメルランスだった。
「これはあたしの問題。『緑の魔女』がどうしようがなにを言おうが関係ない。自分の身は自分で守るよ。今更出てきて助けてくれるなんて都合のいいことないなんてわかってる……『緑の魔女』がなにか言えないことを抱えてるのもわかる」
「メルランスさん……」
「世界の滅亡にかかわることなんだから、簡単に口にできないんでしょ。あたしだって、同じ立場だったらそうする。それくらい、重いものを抱えてるんでしょ……それに、心配ない。あたしは前みたいにひとりで突っ走ったりしない。今は仲間がいるから」
そうだ。自分たちがメルランスを守らずしてどうする。まわりを見回せば、仲間たちが力強くうなずいている。
『そうか……メルランス』
『緑の魔女』が初めてメルランスに語り掛けた。彼女はふいっとそっぽを向きながらも聞く姿勢だ。
『お主を捨てたのも、妾が森から出て助けてやれぬのも、今になって『ギロチン・オーケストラ』が動き出したのも……すべては『禁呪』のせいじゃ。お主には苦労ばかりかける……』
「別に。気にしてない」
『……すまぬな』
「気にしてないったら」
うざったそうに言うメルランス。あの星降る丘で聞いた話ではそんなことはないとわかるのだが、南野はあえて口を出さなかった。