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№23・ウィンゲーツ家の哲学書・下

 見た目はなんの変哲もない古書だ。表紙は古びていてすえたにおいを放っている。おそるおそる開いてみると、ざらざらした紙に活版印刷の文字が並んでいた。ガリ版刷りというやつなのだろうか。


 そこには、『断頭台交響楽団』という組織について書かれていた。


 その昔、王立軍内部に精鋭部隊が存在していた。彼らは容赦のない苛烈な性質のため『断頭台交響楽団』とあだ名されていた。


 約二百年前のあるとき、『断頭台交響楽団』はクーデターを起こそうとした。王都に攻め入り、王の首を取ろうとしたのだ。


 多くのいのちが失われた。血が流れた。しかし、王立軍は『断頭台交響楽団』の鎮圧に成功、クーデターは失敗に終わり、彼らは皮肉にもその名の通り全員が断頭台送りとなった。


 おしまい。


 その最後の『い』の字を見た瞬間だった。ぐらりと頭が揺れ、視界がぶれる。


 思わず目をつむったそのあと、見えたのは……


『最期に言い残すことはないか?』


 水の中で聞く音のようにくぐもった声がかかる。見れば、南野の腕と首は固定され、頭上には鋭い巨大な刃が待ち構えている。


 ……いや、これは『南野の』意識ではない。最後に断頭台にかけられた『断頭台交響楽団』のひとりの記憶なのだろうか。


『……約束どおりだな。私たちはイリス王女のために、民衆のために周辺諸国の人間たちを虐殺した。すべては民衆を圧政から救うためのイリス王女のおこころざしを汲んでのことだ。私たちが汚名をすべてかぶり、イリス王女の手によって王政改革を成す……これが約束だ』


 勝手に口から言葉が出てくる。『断頭台交響楽団』はクーデターを起こしたのではなかったのか? 圧政からの解放? イリス王女? すべての汚名をかぶる?


 この世界の歴史に詳しくない南野にとっては圧政とやらがどんなものかわからなかったが、改革を目指した王女のために、民衆のために、『断頭台交響楽団』は人間をたくさん殺したらしい。


 そばに立っていた処刑人はへらへら笑いながら言った。


『ああ、そういう『約束』だったな……しかし、王はお忘れになったようだ』


『……なん、だと……?』


『そして、イリス王女は国家転覆の容疑で王権をはく奪された。よし、今会わせてやろう』


 そう言って、処刑人はなにかを持ち上げた。


 それは長い金髪をつかみ上げられた女性の生首だった。眠るように静かな表情だが、首から下がない。


『ほらほら、先に王女様が待っておられるぞ』


『き、貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 慟哭に喉が痛いほどかすれ、目からは涙がこぼれ落ちた。


 王家は約束を反故にしたのだ。近隣諸国の邪魔な人間を排除するべく、汚れ仕事を『断頭台交響楽団』にすべて押し付けて、その汚名まで着せて。


 処刑人は生首をぶらぶらと揺らして笑った。


『いくら吠えてももう遅い。お前たちはクーデターを起こそうとして失敗したと民衆に教えておこう』


『……する』


『は? なんだって?』


 笑いながら耳を近づける処刑人に聞こえるように、『南野』は極めて静かに告げた。


『滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する。滅する』


『な……?』


『滅する。必ずや、この国を滅する。私たちはここで死ぬだろう。しかし、私たちの子々孫々までこの恨みは語り継がれる。終わりではない。私たちの子孫が、必ずや、王家の者たちの首を城壁に吊るすことだろう。この国を終わらせる。いや、世界を終わらせる。私たちを裏切った、この憎しみに満ちた世界を終わらせる。滅する。必ずだ』


『ろ、ロープを切れ!』


 あまりの迫力に声を上ずらせた処刑人が叫ぶ。別の処刑人がギロチンの刃を落とすべくロープを切ろうと斧を振り上げた。


『私たちは世界を呪う! 私たちを裏切った世界を! 『断頭台交響楽団』は終わらない! せいぜい日々を怯えて過ごせ! 私たちの子孫が世界を終わらせるそのときまで!!』


 しゃ、と音を立ててギロチンの刃が落ちる。


 そこで、南野の意識は途切れた。


「……さん、南野さん!!」


 がくがくとキーシャに揺さぶられている。どうやらその場にへたり込んでしまったようで、本を開いたまま南野はぼうっとしていた。


「……キーシャ、さん……?」


 次第に目の焦点が合ってくる。それを見てほっとしたらしいキーシャは素早く本を取り上げてしまった。


「……なにを見たんですか?」


 心配そうな問いかけに、南野は頭を抱えながら答えた。


「……『断頭台交響楽団』は……おそらく、『ギロチン・オーケストラ』の祖先です。クーデターではなかった……民衆のために虐殺の汚名をかぶって、処刑された……」


 自分が見てきた詳細を語ると、キーシャは目を丸くした。


「そんな……じゃあ、『ギロチン・オーケストラ』は祖先のために世界を滅ぼそうとしてるってことですか?」


「一族の悲願、ってやつですね……そのために、メルランスさんと『緑の魔女』を利用しようとしている……」


 『緑の魔女』の『禁呪』。それが世界を終わらせる。


 そう考えていいだろう。


「なんてこと……!」


 キーシャが真っ青になっている。南野も似たような顔をしているのだろう。


「とにかく、一度『緑の魔女』に連絡を取った方がいいですね。連中も次はいつ仕掛けてくるかわからない……メルランスさんを守らないと」


「そうですね、一度対策を立てないと……」


 立てたところでどうなるかはわからないが。


 あの怨嗟を聞いた身としては、子孫まで語り継がれる壮絶な恨みに対抗する手立てがあるのかはわからない。


 彼らは世界を終わらせようとしている。


「……やれやれ、ただの蒐集の旅だと思ったら、世界の危機だなんて……」


 当初の目的とはだいぶズレた道行きになってしまいそうだ。


 いきなりとんでもなく重いものを背負わされた南野は深いため息をついた。


 まずは『緑の魔女』に手紙を送らなければ。


 いや、その前にここで得た情報をみんなに話すべきか。


 問題山積の状況で、果たして蒐集の旅は続けられるのだろうか?


 蒐集狂としては続けたいところだが、大切な仲間と世界の危機だ、わがままは言っていられない。


 あのヴィジョンの重々しい憎しみを思い出して苦い気分になりながら、南野はキーシャと共に岐路に就いた。

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