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№23・ウィンゲーツ家の哲学書・中

「もしも『ギロチン・オーケストラ』が大衆の目から意図的に隠されている存在なら、きっとこの禁書区画に文献が存在します。ここには危険な書物の他にも発禁になった書物もありますからね」


「焼かれたりはしてないんですか?」


 自分の世界の歴史に照らし合わせて南野が尋ねると、キーシャは首を横に振った。


「この国立図書館は王立政府から完全に独立した機関です。次代にありとあらゆる知識を伝えることを目的とした機関ですから、たとえ発禁になった書物でも所蔵できるんです。もちろん、ひとの目に触れない禁書区画に、ですけど……」


 だったら話は早い。衆目に触れてはいけない情報もここにはあるということだ。


「どの辺にありますかね?」


「ええと、おそらくはこっちです」


 鬼火に導かれて、ふたりは書架の間をすり抜けていった。奥へ、奥へ。螺旋階段を降り、隠された歴史の闇の深部へともぐっていく。


 ところどころに南野でも読める現代文字の書物もあった。これならキーシャを手伝えるかもしれない。


「あ、読めるからといって手助けはしないでくださいね。どんな罠が仕掛けられてるかわからないですから」


 思っていた矢先にくぎを刺された。不承不承、うなずく。


「まずは歴史書の発禁書物から始めましょうか」


 書架のひとつの前で立ち止まったキーシャが上から順番に背表紙を検分しては、時折手に取っていく。


 やることがない南野はただその様子を眺めていた。


「発禁になるような歴史書ってどんなものですか?」


 暇のあまり聞いてみると、キーシャは手を休めることなく答えてくれた。


「王立政府に都合の悪い歴史を描いた書物ですかね。さっきのウィンゲーツ家もそうですけど、汚れ仕事とか、虐殺とか、謀略とか、敗戦とか……それらを民衆の目に触れさせないことで、王立政府はその威厳を保っていられるんです」


「前々から思ってるんですけど、この世界って君主制なんですか?」


「ええ、王都に王様をいただいています。とはいえ、自治が発達した街なんかには影響力はあんまりないんですけどね。王様の下には貴族がいて、領土を与えられて周辺を統治しています。税を徴収して国を成り立たせていて、有事には兵を派遣する……そういうシステムです」


 なるほど、仕組みは南野がいた世界の中世とそう変わらないらしい。いつのときも最も効率的な国家というのは似通っている。


「それよりも影響力が高いのが国教です。王様も法王には頭が上がりません。国の教育機関や研究機関、文化的な側面はほぼ国教が取り仕切ってますし、私設の魔法僧兵団もあります」


「それは……国教がその気になれば国家も転覆できるんじゃ……?」


「それはありませんね」


 南野の危惧を、キーシャがきっぱりと否定した。


「国教も甘い汁をすすりたいんです。現状ですべてがうまくいってる……富も地位も権力も持っている。そこから動く気はないみたいですよ。その……教会学校に通ってる身で言うのもなんですけど、腐敗してるんです」


 いつの世も権力は腐敗するものだ。絶対的権力は絶対的に腐敗すると昔の偉いひとも言っていた。


 とすると、王立政府と国教は完全に癒着していると思っていいだろう。『ギロチン・オーケストラ』について踏み込むことが、国教に属しているキーシャにとって不利にならなければいいのだが……


「……これ、もしかしたら」


 キーシャに声をかけられて我に返る。差し出された本には現代文字で『断頭台交響楽団の真実』と書かれている。


「『断頭台交響楽団』……『ギロチン・オーケストラ』」


「ええ、やっぱりありましたね。禁書区画にあるってことは、王立政府にとって都合の悪い歴史ってことになります。その真実がここに書かれている……」


「じゃあ、早速読みましょうよ」


 はやる気持ちを抑えきれず本を開きかけた南野を、キーシャは手で制した。


「待ってください。この本には瞳術がかけられています」


「どうじゅつ……?」


「ええ。本の体裁を整えることによって読むうちに瞳の動きをコントロールするんです。そうすると、一種の催眠状態に入って……本の内容いかんでは精神を乗っ取られます」


 サブリミナル効果のようなものか。視覚から催眠状態に持っていくのはよくある手法だ。それを本でやるのは至難の業だが、おそらくはなんらかの魔法補助があるのだろう。


 精神を乗っ取られる。自分が自分でなくなるということだ。それはひどく恐ろしいことで、場合によってはキーシャに危害を加えることになるかもしれない。


 しかし、この本を開かなければ情報は手に入らない。


 南野は本を手にして、決意のまなざしでキーシャを見つめた。


「ここに『真実』があるなら……この本は、伝えようとするはずです。そのための瞳術なら、おそらくは発狂したりはしないはず……ですよね?」


 なんとなく自信なさげに問いかけると、キーシャは苦い顔をした。


「それはなんとも……ともかく、危険な本なんです」


「けど、開かなければ『真実』は見えてこない」


「それは、そうですけど……」


「俺は知りたいんです。メルランスさんのためにも、俺たちパーティ全員のためにも。きっと、これからも『ギロチン・オーケストラ』の危険は付きまとってきます。それに対抗するためには少しでも情報が必要なんです」


「…………」


「それに、俺が術にかかってもキーシャさんがいてくれます。もしなにかあったら、なにをしてでも元に戻してください」


「……わかりました」


 重々しいため息をついて、キーシャは渋々了承した。


 彼女にとても苦渋の決断なのだろう。悪いことをしたな、と南野はこころの中で謝った。


「それじゃあ……開きますね」

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