№23・ウィンゲーツ家の哲学書・上
「『ウィンゲーツ家の哲学書』、ですか……」
つぶやいたきり、キーシャが難しい顔をすしてうつむく。
その『哲学書』とやらが今回の獲物だ。
書物にくわしいキーシャなら何か知っているかと南野が尋ねたところ、上記の反応となった。
「なにかいわくのあるものなんですか……?」
「ウィンゲーツ家、っていうのがですね……相当に狂った一族なんです。虐殺と謀略と国の裏の仕事を生業としている貴族でして。もう滅んじゃったんですけど、その哲学書となると、なにかしらのいわくはついてるでしょうね」
なるほど、血塗られた一族の哲学書というわけか。そこに記されている哲学とやらも、きっと狂気に満ちたものに違いない。
しかもマジックアイテムだ、なにか仕掛けがあるのかもしれない。以前も書物関連のレアアイテムでえらい目に遭った。
「おそらくは国立図書館の禁書区画にあると思います。ウィンゲーツ家の書物ってだけで禁書になるのは当然ですから」
そんなに危ない一族なのか。歴史の闇に葬られた狂気の一族……その一族が遺した哲学書。たしかにこれはレアアイテムだ。
南野は少し考え込んだ。それから、すでにそろっていたパーティのみんなに向かって言う。
「今回は俺とキーシャさんだけで行きたいと思います。国立図書館なら物理的な危険はそうないと思いますし、逆に全員で行ってなにかややこしい呪いにでもかかったら大変なことになります。ここは少数で、できるだけリスクヘッジに努めたいと」
「ああ、そういうことならあたしたちはここで待ってるよ」
「……俺もあそこは苦手だからな、お前たちの帰りを待つ」
「ワシは行ったことないで行ってみたいんじゃがのぅ。まあ、南野が決めたことならそれに従うけん」
メンバーは南野の意見におおむね賛成らしい。ほっとしてキーシャに向き直る。
「キーシャさんも、それでいいですか?」
「ええ、モンスターや山賊が出てくることはないですし、魔法的な罠なら私にもわかります。あんまり大勢で行っても警備に見つかる可能性がありますからね」
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい。みなさん、待っててくださいね」
そう言うと、南野とキーシャは『レアアイテム図鑑』に手を置いて目を閉じた。
……古臭い紙のすえたにおいがする。目を開けると、そこは以前にも来た地下の広大な書架の森だった。螺旋階段でさらに下に降りることができるらしい。
キーシャが呪文を唱え、明かりをつける。ふわふわと漂う青白い光を頼りに、ふたりはいくつもいくつも並んだ本棚の前を通り過ぎていく。モンスターは出てこないとはいえ、禁書特有の禍々しい雰囲気のせいで辺りはよりほの暗く感じられた。
「多分……この辺です」
警備員に見つからないように声を殺してキーシャが言う。
「その辺の本も危険ですからうかつに開けないでくださいね」
「わかってます」
前回のことで懲りている。古代文字で書かれた様々な本の背表紙を眺めて、南野は少し身震いした。
キーシャが明かりを近づけて書架を順番に検分していくのを見ている間、南野はふと思いついたことを口にしてみた。
「ここには、『ギロチン・オーケストラ』に関する資料もありますかね?」
キーシャの手が止まった。振り返って、うーんとうなる。
「私も聞いたことのない名前なんですけど……もしかしたら、どこかにあるかもしれませんね。あとで探してみましょうか」
その提案に、南野はうなずいた。あの拷問師が残していったキーワード、少しでも危機に対する知識が得られるなら、それに越したことはない。
書架を探るキーシャの後ろで手持ち無沙汰で突っ立っていると、しばらくして彼女は一冊の本を手に取った。
「あった……!」
「それが、『ウィンゲーツ家の哲学書』……?」
「ええ、案の定魔法的な罠がかかっています。これをマトモに読んだら狂気の発作を起こしてしまうでしょうね」
読むだけで発狂する本……それは禁書区画に入っていてもおかしくはない。
「本物かどうかは……確かめるすべはありませんかね」
「中を開いてみないとなんとも……けど、開くと狂っちゃうんですよね。一応国立図書館の禁書区画に所蔵されているんです、本物だと思いますよ」
キーシャがそう言うなら間違いないのだろう。ここは本物だと信じておくことしかできない。
とりあえず、獲物は手に入った。あとは『ギロチン・オーケストラ』の情報を収集しなければ。