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№22・狩人のチャクラム・4

 案の定ミノタウロスはキリトに視線を移し、吠えながらキリトに斧を振り下ろす。


 転がりながらその斧をかわしたキリトは、息も絶え絶えに印を切り続ける。


「『第百九十五楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、かたきの足首にいばらのごとき枷を課す旋律を解き放て!』……『縛鎖陣』!」


 ミノタウロスの足元に魔法陣が浮かび上がると、そこから光の鎖がいくつも伸びてきた。その鎖はミノタウロスの足に絡みつくと動きを止める。


 拘束されたミノタウロスはがむしゃらに暴れまわってその鎖を断ち切ろうとした。何本かがちぎれ、その他の鎖もきしんで今にも切れてしまいそうだ。


「まだか!?」


「あと少し!」


 苦しそうに手首を握りしめるキリトの呼びかけに、宝箱の罠を解除しているメルランスが答えた。


「これをこうして……よし!」


 宝箱が開くと、そこにはふたつでひとそろいのチャクラムが入っていた。


「アタリっ!」


「もう……もたない……っ!」


 ミノタウロスがすべての鎖を引きちぎり、キリトに襲いかかろうとするのと、メルランスがチャクラムを投擲したのはほぼ同時だった。


 チャクラムは複雑な軌跡を描きながら空を切り裂き、深々とミノタウロスの首に左右から突き立った。


 ミノタウロスの首が飛び、一瞬遅れて、ぶしゅう、と血しぶきが舞う。重々しい音を立ててからだだけが床に倒れ、ミノタウロスは痙攣しながら絶命した。


 静寂に、キリトとメルランスの荒い呼吸の音だけが響く。


「……よく『狩人のチャクラム』だってわかりましたね」


 南野がメルランスに声をかけると、メルランスは、ふん、と鼻を鳴らして、


「そりゃあ、こっちには引きの強さには定評のある南野様様がついてるからね」


 冗談めかして言うが、賭けは賭けだった。危ないところだったのには違いない。


 メルランスはつかつかと膝をついているキリトに歩み寄り、そして……


 殴った。


 女子らしくないグーパンがキリトの端正な頬にめり込み、殴り倒す。


「なっ、なにをする!?」


 頬を押さえながら抗議するキリトに、メルランスは思いっきり不機嫌そうな顔を寄せて怒鳴り散らした。


「あんたねぇ、ムカつくんだよ!!」


「は、はぁ!?」


「いっつもカッコつけることばっかり考えて! なぁにが魔神だ! 大して苦労もしてないくせに自分は特別だって思ってさ! 変な意地張ってひとりでなんでもできるみたいな顔して! あんたは特別じゃない! ごく普通の一般人なんだよ!!」


 一気に喋り散らすと、メルランスは大きくため息をついた。


 キリトはぽかんとしてその言葉を聞いていたが、珍しくきりっとした顔をすると反論をする。


「それはお前も同じだろう。お前がどんな苦労とやらをしたのかは知らんがな、悲劇のヒロインぶるのはやめてくれ。特別ではないのも、意地を張ってひとりでなんでも抱え込むのも、お互い様だ」


 その反駁に、今度はメルランスが目を丸くする番だった。どうやら自分でも気づいていなかったらしい。


 要は、ふたりは似た者同士なのだ。


 同族嫌悪というやつが、ふたりの反発を生んでいたのだった。


 キリトは小さく苦笑いして立ち上がろうとした。渋々といったていでメルランスが手を貸す。向き合ったふたりの間には今まであった険悪なムードがなくなっていた。


「言っておくが、俺はただ南野の心意気に惚れてこのパーティにいるだけだ。お前と馴れ合うつもりはない。が……今回は助かった。礼を言う」


 先に折れたのはキリトだった。軽く頭を下げるキリトに、メルランスは苦い顔をして、


「殴られたってのに礼言ってんじゃないよ。ドМか……別に、あたしだってあんたと仲良くする気はさらさらないよ。けどね、ムカつくことに、あんたも『大切なもの』のひとりなんだよ……仲間だって、思ってるんだよ」


「仲間、か……むずがゆいが、俺も、その……」


 言いかけたキリトの肩を、メルランスが小突いた。ひぃ!と痛がるキリトに、笑いをこらえきれなくなったメルランスがくしゃっと顔を歪めながら言った。


「その先は言うな! あたしだって不本意なんだから!」


「い、痛いだろう!? 鎖骨と肋骨が折れているんだぞ!?」


「た、大変! そうだった! 早く治癒魔法をかけないと!」


 ようやく思い至ったキーシャがキリトに駆け寄り、折った個所に治癒魔法をかけていく。


 そのすぐそばで、南野はメルランスに歩み寄り、笑いながら小さくささやきかけた。


「……よく言えましたね」


「……ふん。あいつの言うことにも一理あるかなって思っただけ……あたしは悲劇のヒロインぶってた。あいつと同じように自分は特別でひとりでなんでもできると思ってた。けど、違うんだ。仲間がいなきゃ、『大切なもの』がなきゃ、あたしは強くなれない」


「それに気づけたメルランスさんは偉いですよ」


「なにその上から目線? あーもう、いろいろあって疲れちゃった。目的のものも手に入れたんだし、とっとと帰ろう。帰りはあたしが前を進むから……ほら、行くよ!」


 治癒を終えたキリトの背中を、ばーん!と叩き、せかすようにメルランスが進みだす。


 文句を言うキリトにまたメルランスが何か言い返しているが、時折笑いあっているところを見ると先ほどまでのガチの喧嘩というわけでもなさそうだ。


 『仲間』……か。


 大切なものを手に入れたメルランスはきっともっと強くなるだろう。


 自分もそれに見合うだけの成長をしないとな、と苦笑して、南野はそろそろとパーティに交じってダンジョンを引き返していった。


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