№22・狩人のチャクラム・3
その後も南野たちには気づけない罠を突破し、ゴブリンの集団やリビングメイルなど難敵を撃破して、キリトはどんどんと進んでいった。
「……この宝箱もハズレか」
いくつめかの宝箱を開けて、キリトがため息をつく。そう簡単には『狩人のチャクラム』の宝箱は引き当てられないようだ。
しらみつぶしに探していって、階層の半分ほどを回ったころだろうか。
「次はあれか」
行く先に新たな宝箱を発見して、キリトは罠を警戒しながら近づこうとした。
その瞬間だった。
どぉん!と轟音を立てて何かが宝箱の前に着地する。
岩の床を砕くほどの重量を持ったそれは、頭が牛でからだが筋骨隆々の、巨大な斧を持った身の丈3mほどもあるモンスターだった。ぶしゅう、と鼻から息を吐いて、らんらんと赤く光る眼で一同を見下ろしている。
「うそ、ミノタウロス!? こんな階層に出てくるなんて……!」
メルランスが驚きの声を上げる。どうやら階層に見合わない強敵らしい。
「魔法防御力も高いし、なにより馬鹿力なんだ……エルフの紙っぺら前衛じゃ話にならない……!」
「だれが紙っぺらだ! ふん、出会うのが宿業だったということか……ならば、この俺の前に立ちはだかったことを後悔させてやる!」
ぶぅん、とミノタウロスが斧を振るう。キリトも剣先で印を切り、呪文を唱えた。
「『第百五十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに神の鉄槌の重みを与える旋律を解き放て!』」
重力バフの呪文だ。赤い光をまとった双剣を構え、キリトはミノタウロスに飛びかかった。
「屠る!! 『神槌重撃剣』!!」
肩口を狙った一撃は、しかし斧でやすやすと受け止められてしまった。重力バフをかけているにも関わらず、ミノタウロスはぴくりとも動かない。それどころか、斧を振り払ってキリトを吹っ飛ばした。
「ぐっ!」
床に叩きつけられるキリトを踏みつぶそうと、ミノタウロスが殺到する。かろうじて転がって避けたキリトだったが、重い蹴りを受けてしまい今度は壁にからだを強打した。
「キリトさん!」
キーシャが叫ぶ。しかしキリトは鎖骨や肋骨あたりを骨折したらしく、細剣を一本だけ片手で構え、震えながら立ち上がろうと膝をつくばかりだった。
「このっ……! 『第百三十楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、虚空を切り裂く霹靂の咆哮の旋律を解き放て!』……『蒼雷爆閃光』!!」
何とか印を切ったキリトは、呪文を唱えて極太の青いいかづちを放った。腹に直撃を受けたミノタウロスは一瞬たじろいだが、大きく吠えて腕を振り払うと、いなびかりを引きながら強引にいかづちを散らした。
「やっぱり、魔法防御が……! は、早く助けなきゃ!」
トドメを刺そうと斧を振り上げるミノタウロスを見て、キーシャが印を切ろうとする。
しかし、それより早くメルランスが疾風のように飛び出していった。
「『第五十九楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、はやての鷹の鋭き風切り羽のごとき旋律を解き放て!』」
印を切り、呪文を唱えながらミノタウロスの後ろに回ると、緑の光をまとった短剣をその足首に向けて振るう。
キリトにトドメを刺すことに気を取られていたミノタウロスはメルランスの攻撃に対応することができず、そのままアキレス腱を切り裂かれて片膝をついた。
「ああああああああ!! もう!! 見てらんない!!」
高さのなくなったミノタウロスを前にして、メルランスがわめく。
「デカい相手はまず足場を切り崩す! これ基本でしょ! なぁにが『熟練の冒険者』だ! だったらセオリーくらい知ってろ!!」
「な、なぜ……?」
手は貸さない、と言っていたメルランス。キリトはぼろぼろになりながら疑問の声を上げた。
メルランスは不機嫌丸出しの目でキリトを睨むと、
「見てらんなかっただけ! どんくさい! ぜんっっっっっぜん洗練されてない! あんた何百年もなにやってたの!? ただ弱い敵相手にカッコつけてただけ!?」
「ぐっ……ぬっ……!」
連続で浴びせられる罵声に、キリトはうなることしかできない。
そうしているうちに、膝をついたままミノタウロスが斧を振り上げ、メルランスを叩き潰そうとした。
「『第八十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を突きそびえる光の城壁の旋律を解き放て!』」
かなり高速で詠唱を行い、メルランスのからだを光のドームが包み込む。ドームは斧を受け止め、びりびりといなびかりをまき散らした。
「ともかく! あんたはしばらくこのデカブツの気を引いてて!」
「なにか策があるのか!?」
「賭けだけどね!」
メルランスが防御の魔法を解くと同時に、素早く斧の一撃をかわした。そのまま先に見えていた宝箱へと走っていく。
ミノタウロスがその動きを阻止しようと立ちふさがる直前、背後からキリトの呪文の声が響いた。
「『第百二十九楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、萌ゆる炎の輝きの旋律を解き放て!』……『紅蓮散華』!」
片手で細剣を振るうといくつかの小さい火球が放たれ、ミノタウロスのからだや通路に着弾した。爆音を上げ破裂した火球はミノタウロスにはそう効果はなかったが、土煙を巻き起こし、通路を半壊させメルランスとの間に目隠しをする。
通路を完全に破壊することなくミノタウロスの注意を引き付ける、今のキリトにできる最善策だと思われた。