№22・狩人のチャクラム・2
からだがねじれるような感覚のあと、転移した先で鳥の鳴き声が聞こえた。
目を開くと、うっそうと茂る森の中の洞穴の前に五人は立っていた。
「南の岩山のダンジョンか……難易度としては低めだが、まあ俺の腕の見せ所ではあるな」
「なに言ってるの? ここ上級者向けだよ?」
「まあまあまあ……上級者向けなんですか? ここ」
話の流れを断ち切ろうと南野が尋ねると、メルランスはこくりとうなずいた。
「この岩山全体がダンジョンになってるの。大体のダンジョンは地下に向かって進むけど、今回は上を目指す。その分集まってるモンスターも強力だし、罠だって厄介だよ」
なるほど、地上に出ている分、モンスターも罠を仕掛けるものも出入りが激しいということか。難易度が高いのも納得だ。
「まあ、この俺にとっては格好の狩場だがな。くっ、早くも魔神イーグニットが暴れたいと俺の頭の中で暴れまわっている……!」
そういう設定に忠実に、キリトは眼帯をした方の目を抑えて苦しそうな顔をした。
「バッカみたい。ビビってないで早く行きなよ」
「ビビってなどいない! ええい、今こそ俺の真のちからを開放するときのようだな……!」
そう言うと、キリトは岩山にぽっかりと開いたダンジョンの入口へとずかずか入っていった。南野はキーシャやメアと顔を見合わせ、おずおずと後に続く。不機嫌そうなメルランスが最後尾だ。
中は岩肌がむき出しになっていて、ひんやりとした空気が肌を刺した。キリトがすぐさま明かりの魔法を行使して行く道を照らす。
ここから先は危険地帯だ、気を引き締めていかなければ。とはいえ、南野にできることはほとんどないが。
キリトはどんどん前に進んでいく。さすがに第一階層には大した罠はなく、モンスターもススダルマや吸血蝙蝠くらいしか出てこない。
手慣れた仕草で罠を解除し、双剣や魔法でモンスターたちを追い払うキリト。それを見ていたメルランスは、ふぅん、と気のない息を吐いた。
「ま、第一階層だからこんなもんでしょ」
どうやらライバル意識を刺激されたらしい。声に不機嫌なものが混じっている。
キリトが振り返ってにやりと笑うと、余計に険悪な雰囲気が漂った。
「ほ、ほら! まだ第一階層ですし! 先は長いですよ!」
南野がとりなさなければいつぶつかり合ってもおかしくない。ひやひやしながらキリトのあとを追う。
第二階層はさすがに罠も巧妙だった。モンスターも巨大蜘蛛やゾンビ犬が出てくる。
しかしその罠のすべてを敏感に察知したキリトはパーティを下がらせて解除し、
「『第百九十二楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに怒りのいかずちを宿らせる旋律を解き放て!』――『双雷天震撃』!!」
相変わらず技名を叫びながらばっさばっさと切り捨てていく。
どうやら、経験豊富な冒険者という自称は伊達ではないらしい。さすがに長く生きているだけのことはある。
第三階層まで登ったところで、一行は休憩を取ることにした。罠もモンスターもいないことを確認して、岩の小部屋で一息つく。岩肌から吹き出す水で顔を洗って、キリトはえらく誇らしげな顔をした。
「見たか! この俺の真のちからを! まあ、まだちからの10%も出していないがな……!」
「たかがあれくらいの罠やモンスター相手にして、よくそこまで勝ち誇れるね。その面の皮の厚さがうらやましいわぁ」
「ふっ! 後列で見ているだけのお前にはわかるまい! この俺の冒険者としての……」
「あーはいはい、わかったわかった。ジョンくんはしゅごいでちゅねー、ちゃんとひとりでぼうけんできまちゅねー」
「なにゆえ赤ちゃん言葉なのだ!?」
「頭ぱっぱらぱーなあんたに合わせて言語を選んでみただけ」
どうも口喧嘩ではメルランスの方が圧倒的に優位らしい。キリトは地団太を踏んで、きぃ!と奇声を上げた。
休憩が終わって第三階層を突破すると、いよいよ第四階層だ。この広いダンジョンのどこかにある宝箱を探し当てなければならない。そのためにはしらみつぶしに調べていくしかないのだ。
モンスターとも総当たりになるし、罠も一見してわからない仕掛けになっている。そのすべてをひとつも間違えず解除していかなければならないのだ。
「……止まれ」
何もないはずの回廊で、キリトは全員を制止した。どこを見ても罠らしい気配はない。
「あの、キリトさん、なにもないから進みませんか……?」
「お前たちの目は節穴か。岩の継ぎ目をよく見ろ」
岩の継ぎ目……? 南野は怪訝そうな顔をしてよくよく見てみるが、やはりわからない。しかしメルランスにはわかったようで、ふん、と鼻を鳴らして、
「極薄の刃が仕込まれてる。紙くらい薄いやつがね。通ったらすぱっと真っ二つだよ」
「しかもこれは……連鎖式だな。ひとつの罠が発動すると、他の罠も発動する。ひとつ目を逃れても、ふたつ目が襲い掛かる。天井を見てみろ」
目を凝らして天井を見てみると、今度はかろうじて南野にもわかった。ごく小さな穴が開いていて、そこから何かが出てくる仕掛けのようだ。
「おそらくは毒液だろう。しかも、一滴皮膚についただけで卒倒する即効性のな。そうして気絶している間にモンスターが集まってくるという寸法だ」
「なるほど……すごいですね、キリトさん。よく見抜きましたね」
南野が感嘆の声を上げると、キリトは鼻高々に腕を組んで、
「これしきの罠、見抜けないのは三流の冒険者だ。俺のような超一流の冒険者にとっては児戯に等しい」
反対に、メルランスの視線が痛いほど突き刺さってくる。『よくも褒めやがったな、調子に乗るだろ』と言わんばかりの圧力だ。
おっかない、と知らぬふりをしていると、キリトは早速罠の解除に取り掛かった。壁を叩いて中の空洞を確かめ、岩の一部を取り外すと中の機構を確認し、必要な個所を壊していく。
「ここをこうして……よし、これで刃も毒液も解除された。先に進めるぞ」
振り返り、キリトが得意げに言う。南野たちはぞろぞろと後に続いた。メルランスは終始ぶすくれた顔をしている。