№21・星屑・下
黙って聞いていると、ふいにメルランスは星空から南野に視線を移した。真剣なまなざしで南野を見つめ、口を開く。
「それでも、あたしはあのとき、あんたを助けようとした。自分も母親も、世界も選ばず、あんたを選ぼうとした。それで思ったんだ、『大切なもの』ってこういうことなのかな、って。なんとなくだけど、わかった気がしたんだ……自分が弱い、ってこともね」
「……だから、怖くなったんですか?」
南野が問いかけると、メルランスは小さくうなずいた。
「あたしは弱い。ひとりで生きていくには弱すぎる。今までお金だけに執着して生きてきたと思ってたくせに、急にもっと大切なものができて、自分が落としちゃいけない重荷を背負って歩いてるんだって気付いて……足がすくんだ。どうしていいかわからないくらい、怖くなった」
だから、ああやってひとりで引きこもっていたのだろう。たくさん考え事をしたに違いない。悩んで悩んで、どうしようもなくなったころ、南野に連れ去られたというところだ。
メルランスは星空に視線を移して快活に笑った。
「けど、あんたがここへ連れてきてくれて、不器用なりに助言をくれて、なんだか悩んでるのがバカらしくなってさ。あー、こんな乱暴な考え方もあるんだー、って」
「ら、乱暴ですか?」
「暴挙だよ暴挙。重い荷物を背負って歩き続けたら足が鍛えられて楽になる!なんて、もう脳筋の考え方。クレバーなあたしには考えられない……でも、そういう考え方もあるのかって気付かされて、それも悪くないって思えてさ」
うーん、と背伸びをしながらメルランスが、にかっ、と歯を見せた。
「悩んで立ちすくんでるよりずっとマシ。歩いてやろうじゃん、重い荷物を背負って、人生って長い道をさ。最適解じゃないかもしれないけど、現状あたしにできるのはそれしかないんだし。それが、あたしの選択。納得のいく、後悔のない道」
彼女は岐路に立ち、そして選んだ。選んで一歩を踏み出した。その一歩はとても大きく、大切なものだった。『覚悟』の瞬間だ。
南野は自分が笑っていることに気付いた。自然とあふれ出た微笑みのままに、彼女に語り掛ける。
「それでいいんです。間違えたってかまわない、あなたが納得できる道を選んで、歩き続けてください……ただ、忘れないでほしい。俺もまた、あなたと同じように歩き続けてるんです。疲れたら他愛のない話をして少し休みましょう。俺だけじゃない、キーシャさんやキリトさん、メアさんだっている。あなたと共に歩く仲間がいるんですよ」
「仲間、か……どんどん荷物が増えてくな」
「その分強くなれますよ」
「だーかーらー、その考え方が脳筋だって……」
メルランスが言いかけた、そのときだった。
ひゅう、と音がして、流れ星の一つがこちらに向かって落ちてくる。それは矢の速さでふたりの間を横切り、からん、と音を立てて地面に着地した。
「……なにこれ?」
おそるおそる落ちてきたそれを眺めるふたり。それは金平糖のような形をしてぼんやりと光る石ころだった。その光もだんだんと小さくなっていく。
「『星屑』ですよ」
完全に光が消えたそれを拾い上げ、南野は言った。
「実は今回の獲物なんです。そのおかげでこんな素敵な景色が見られたんですから、御の字ですよ」
「へえ、これがねぇ……」
金平糖のような石ころを眺めながら、メルランスがつぶやく。
「……あんなにきらきらしてたのに、地上に落ちてきたらこんなどこにでもあるような石だなんてね」
どこかがっかりしたような口調だったので、南野は、ぐ、と石ころを握りしめて、
「あのきらめく星屑の正体がこんな石ころでも、大切なことには変わりません。輝きを失っても、たしかにこれは星屑なんです。それに、ほら、また光るかもしれませんし」
「……そうだね」
ふっとはかなげに笑うメルランス。『大切だ』と言ってくれた彼女のためにも、自分は石ころにはならず、きらめく流星のままでいなくてはならない。これもまた、きっと大切なものを守るために必要なことなのだ。
石ころを握ったまま、へち、と南野はくしゃみをした。さすがにワイシャツ一枚では肌寒い。かといってメルランスにジャケットを返してもらうわけにもいかない。
メルランスは、ほう、とため息をついて、
「……ねえ、指先が冷たいんだけど」
いつもの彼女らしいワガママを言い出した。
「だったら、ジャケットのポケットに手を……」
「そうじゃなくて」
言葉を遮られて、南野は目を軽く見開いた。意味が分からない。
メルランスは言いにくそうに口ごもり、少し顔を赤らめて続けた。
「……手くらい、繋ぎなさいよ」
ああ、そういうことか。体温のぬくもりで暖を取ろうということか。南野はメルランスの手を取って、ぎゅっと握りしめた。
「……あったかい」
自分の体温はけっこう高いらしかった。彼女が寒くないなら自分が多少寒い思いをしてもかまわない。
メルランスが夜空を見上げるのにつられて、南野も満天の星空に視線をやった。星々
は変わらずしゃらしゃらと音を立てそうに瞬いており、時折流星が空を横切っていく。空一面にビーズをぶちまけたような、そんな風景だった。
「……きれいだね」
「ええ」
手をつないで、同じ星空を見上げる。
そんなかけがえのない時間をふたりで過ごすことを、南野は『しあわせだ』と感じた。
南野もまた、メルランスのことを大切に思っていると実感した。
そうしてふたりはしばらくの間、言葉もなく寄り添って満天の星空を見上げていた。