№20・爪はがし機・5
「……ああ、もうちょっとだったのに」
ちっとも危機感を覚えていないような落胆の声をこぼして、拷問師がその場から一歩引いた。
そしてそのまま、奥に隠れていた扉へと走っていく。
「待て!」
キリトが追いかけようとするが、拷問師が扉をくぐる方が早かった。
去り際、拷問師はにっこりと笑って言い残す。
「楽しい時間をありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、キーワードをひとつ、あなた方に贈りましょう」
「……キーワード?」
メアに素手で拘束を引きちぎってもらいながら、南野は息も絶え絶えに尋ねる。
拷問師はにやり、と意味深な表情をした。
「……『ギロチン・オーケストラ』」
「ぎろちん……?」
「僕に言えるのはそれだけです。それではみなさん、お元気で。またお会いできるのを楽しみにしてます」
それを最後に、拷問師は隠し通路へと消えていった。
「なんなんだ……?」
『ギロチン・オーケストラ』。それが今回の敵の名前なのだろうか? それとももっと他に意味が?
考え事をしていると痛みが少し紛れたが、拘束から解放された南野の手を見たキーシャによってそれは遮られた。
「南野さん……! その手……ひどい……! 今治癒魔法をかけますからね!」
改めて見るとたしかにひどかった。爪は完全にはがれ、真っ赤に熟れた果実のような親指の肉からは血がしたたり落ちている。
キーシャに治癒魔法をかけてもらって、すぐさま爪は再生した。あれだけ脳をさいなんでいた痛みも消える。
「……南野……」
メルランスも拘束を解かれ、おずおずと心配そうに南野のもとへ歩み寄ってきた。
「……ごめん、あたしのせいで……」
「……どうして、しゃべろうとしたんですか」
自分でも意外だったが、南野の口から出てきたのは責めるような固い声音だった。
メルランスは眉根を寄せて、辛そうにうつむく。
「……ごめん」
「俺のことなんて放っておいてもよかったのに、どうして……!」
「ほっとけるわけ、ないじゃん……!」
静かな叫びが地下室に響いた。見れば、メルランスは目に涙を浮かべてくちびるを噛みしめている。彼女のこんな顔を見るのは初めてだった。
「あたしが痛い目見るのはいいんだよ……いくらだって耐えられる。けど、けどね、あんたが……大切な仲間が傷つけられるのは、我慢ならないんだよ……! いやなんだ、あたしの問題のせいで、あんたが苦しむなんて、そんなのは……!」
「……メルランスさん……」
す、と頭に上りかけていた血が引いていく。
そうだ、彼女は自分を助けるために我が身を犠牲にしようとしたのだ。
感謝しこそすれ、責めるいわれはない。
自分勝手な感情論に、またしても自己嫌悪が沸きあがってくる。
「……俺こそ、すいませんでした……俺がもっとちゃんとしてれば、こんなことには……」
謝る南野に、メルランスは首を横に振った。
「あんたはよく耐えてくれたよ。耐えられなかったのはあたしの方。弱いのは、あたしの方だったんだから……」
そして、メルランスは南野の右手を取った。爪が再生したての手を両手で握りしめ、うつむいてその手を額に当てる。
「……とにかく、無事でよかった……!」
その表情は読み取れなかったが、ただ、ほんの少し、握りしめられた手の甲にあたたかい水の感触が感じられた。
彼女もまた『痛み』を感じていたことに気付かされて、南野はただ、苦い顔をして彼女に手を預けていた。