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№20・爪はがし機・2

 頭がずきずきと痛む。


 その痛みで、南野は自分が目を覚ましつつあることに気付いた。


 ここはどこだ……? メルランスは……?


 頭を振って薄目を開けたそのとき、声が聞こえてきた。


「おや、こちらは目を覚ましたようだ」


 まだ若い男の声だ。目を開いて声のした方に視線をやると、背の低い金髪の男がにこにこと笑いながらこっちを眺めていた。


 どこかの地下室だろうか、日の光ひとつ差さない薄暗い部屋には蝋燭の明かりだけがともっている。淀んだ、錆めいたにおいが充満していた。


「ここは……?」


 立ち上がろうとして、がしゃん、と何かが手足を阻んだ。よく見れば頑丈な鉄製の椅子に座らされていて、腕と足ががっちりと枷で固定されている。少し暴れてみたが外れる様子はまったくない。


「南野……!」


 メルランスの声がする。彼女は手枷で壁につながれており、南野のことを心配そうに見つめていた。


「よかった、メルランスさん、無事で……」


「おや、他人の心配をしている暇はありませんよ?」


 くすくす、背の低い男が笑う。メルランスは燃えるような視線で男を睨みつけ、吐き捨てるように言った。


「用があるのはあたしじゃないの? そいつは関係ない」


「おや、関係ないことはないんじゃないですか? 関係があるからこそ、僕たちはこのひとをここへ連れてきたんですから」


 言っている意味が分からない。たしかにメルランスと南野は仲間だが、だからといって南野がなにか『緑の魔女』について知っているわけではない。


 しかしメルランスにはわかったようで、苦汁を飲んだような顔をする。


「おや、察しが良いようで。なら早速始めましょうか」


「やめて! 聞きたいことがあるならあたしに聞けばいいじゃない!」


「あなたは口が堅そうですからね。こうする方が効果的だと判断しました」


 あくまでにこにこと笑いながら、男は近くにあった台車に乗っている様々な器具に指を滑らせた。


 金槌、のこぎり、メス、枷、その他用途がよくわからないもの。


 一貫して言えるのは、そのどれもが禍々しい気配をまとっていることだ。


「僕の家は代々拷問師をやってましてねえ、今は……おっと、雇い主のことはしゃべれないんだった」


 代々拷問師を生業としている家系……『レアアイテム図鑑』に載っていたことを思い出した。ということは、南野たちは期せずして今回の獲物のもとへと連れてこられたということになる。


 『歪曲する運命』……いつか神か悪魔かわからない存在に言われたことを思い出した。


「とにかく、雇われ拷問師をやってます。今回はメルランスさんに『緑の魔女』さんのことを聞くように言われてますね」


「あの、それならどうして俺が……?」


 おそるおそる尋ねると、拷問師は肩をすくめて答えた。


「おや、まだお気づきでない? セオリーですよ、セオリー。人間というものはね、自分に加えられる苦痛にはある程度意地や信念で耐えられるものなんですよ。彼女はおそらく、自分に与えられる責め苦ではなにも吐かない」


 うっとりと注射器を手に取りながら、拷問師は続ける。


「しかし、自分以外の大事なひとなら? 自分のせいで苦しんで叫んで泣いているひとを見たら? それが苦楽を共にした仲間だとしたら? 自責の念というのは時として苦痛以上に効果的なんですよ。知ってました?」


 なるほど、そういうことか。拷問師の意図に気付いて南野はぞっとした。


 これから拷問を受けるのは他ならぬ南野なのだ。しかも、プロの拷問師によって。考えられる以上の苦痛が南野に降りかかるのだ。


 ぐびり、生唾を飲み込む。背筋を冷たい汗が流れ落ちていった。


「おや、顔色が変わりましたね? そうですよ、これから楽しい楽しい拷問の時間です。メルランスさんが『緑の魔女』についてお話してくれるまでの間、ですけどね」


「……メルランスさん」


 震える声で呼びかけると、壁につながれたメルランスは、はっ、と顔を上げた。


「……俺がどんな目に遭っても、しゃべる必要はないですよ。こうして大掛かりな拉致をしてくる相手だ、きっと『緑の魔女』にとっても……あなたにとっても、致命的なことを聞き出そうとしているに違いない」


「けど……!」


「大丈夫です、ジャパニーズ・サラリーマンを舐めないでください。苦痛に耐えるのが仕事ですから……ちょっと叫んだりするかもしれませんが、聞こえないふりをしてもらって構いません」


「おや、始まる前からずいぶんな意気込みだ。これはやりがいがありそうですね」


 男は注射器を置いて、心底楽しそうに器具たちを選び始めた。かちゃかちゃ、金属の音が耳に痛いほど響く。


「そうですね、まずはオーソドックスにこれから行きましょうか」


 取り出したのは簡素な器具だった。鉄の土台にはおそらく五指を固定するためのベルトが取り付けられており、ヘラのような棒がてこの原理で動くように土台に固定されている。それだけだった。


 きれいに磨き上げられてはいるが、染みついた怨嗟が聞こえてくるような不穏な気配をまとっている。


 間違いない、『レアアイテム図鑑』で見た『爪はがし機』だ。


 まさか自分自身でその効果を知ることになるとは思っていなかったが。


 目の前に拷問器具を出されて、改めて震えが沸き起こってきた。これから何をされるのか、どんな痛みがやってくるのか、容易に想像ができたからだ。


 想像力は時として厄介な敵となる。


 まだ起きてもいないことに怖気づいて、南野は泣きそうになった。


「さあ、お話をするなら今のうちですよ。ここから先は叫び声がうるさくなりますからね」


 かち、かち、とヘラの部分を動かしながら、拷問師は笑ってメルランスに語り掛けた。


「……なにが聞きたいの?」


「ダメですよ、メルランスさん」


 すでに口を割ろうとしているメルランスに、南野が釘を刺す。


 大丈夫、俺なら大丈夫ですから。


 しかし震える声ではなんの抑止力にもならない。拷問師が質問を始める。


「『緑の魔女』の『禁呪』と『真名』について、ですかねえ。あとは所在と、あなたが生まれた経緯……」


「…………」


 メルランスが歯噛みする。この場面で言いよどむということは、よほど言ってはならない事柄なのだろう。それこそ、『緑の魔女』にとってもメルランスにとっても致命的な情報のようだ。

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