№20・爪はがし機・1
拷問、と聞いてはじめに思い浮かぶ行為はなんだろうか。
『爪をはがす』という責め苦が一番ポピュラーといえばポピュラーだろう。
ポピュラーということは、それだけ恐怖や痛みが想像しやすく、もっとも効果的であるということだ。拷問にはもってこいの手法ということだろう。
その恐怖をより増幅させるための方法がある。
具体的に、『爪をはがすための器具』を目の前に持ってくることだ。
想像が具現化したその器具を眼前にさらすことで、『これからやってくる痛み』をより鮮明に想像させることができる。
意志の弱いものならばその想像だけで口を割ってしまうことだろう。
拷問とは想像力をいかに刺激するかにかかっている。
人間ならば誰しもが持っている、想像力を。
「『爪はがし機』……」
恒例の芋の皮むきを終えた南野は、『レアアイテム図鑑』に描かれた器具を見て青ざめた。
文字通り爪をはがすための機械なのだろう、武骨な金属製のよくわからない器具は鈍色と血の色で染められている。
「『爪をはがすための拷問器具。拷問師を生業とする一族が代々受け継いできたもので、これを一目見た犠牲者は恐怖に震え上がるという』……」
「……あんまり気持ちの良いものじゃありませんね、今回は」
いっしょに『レアアイテム図鑑』を眺めていたキーシャも同じく眉をひそめている。
「ふ、ふん! たかが爪をはがされただけで口を割るなど、俺には考えられん話だ!」
キリトは強がってはいるが、こっそりと手で爪をかばっているのが見える。早速想像してしまったのだろう。
そんな中、メルランスだけがひょうひょうとTボーンステーキをかじりながら笑っていた。
「あんたたちねえ、ビビりすぎ。爪なんて剥がれるの一瞬だよ? 痛みも一瞬。それに、治癒魔法でいくらでも再生できるし、拷問なんて殺されるよりはマシでしょ」
さすが、熟練の冒険者は言うことが違う。尊敬のまなざしでメルランスを眺めていると、彼女はステーキの骨をからんと皿に放り捨て、ナフキンで手元と口元をぬぐった。
「ま、悪趣味だってことには変わりないけど。これが今回のターゲットなんでしょ? だったらとっとと行こうよ」
メルランスが立ちあがって、『レアアイテム図鑑』に手を置こうとしたそのときだった。
ばたん、と酒場の扉が開かれる。昼時にはまだ早いのに、と思うより先に、黒いローブを頭からすっぽりとかぶった一団が酒場になだれ込んでくる。その数10人程度だろうか。全員が訓練された動きをしている。
「メルランス、だな?」
そのうちのひとり、年かさの男が前に出て、メルランスに詰め寄る。唐突な事態になにをしていいかわからない南野はただただ目を白黒させるだけだった。他のふたりも同じらしく、白昼堂々の闖入者たちに囲まれてなにもできずにいる。
「……そうだけど?」
不穏な空気を敏感に感じ取ったのは当の本人だった。重心を落とし、いつでも動けるようにして、ローブの男と対峙するメルランス。
ローブの男はまわりに目配せすると、南野たちとメルランスを遮断するように彼女を取り囲んだ。
「聞きたいことがある。いっしょに来てもらおうか」
「まどろっこしいな。聞きたいことがあればここで聞けばいいじゃん」
鋭い眼差しで男を睨みつけながら、軽口をたたく。
男は一瞬口ごもったあと、
「『緑の魔女』について」
端的に尋ねる。
とたん、メルランスの顔色が変わった。苦虫を嚙み潰したような顔だ。前々から因縁があるとは気づいていたが、ここにきて『緑の魔女』という言葉が出てくるとは。
「……あいつになんか用なの?」
「答える必要はない」
突っぱねるように言った後、男たちはそのままメルランスを連れて行こうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ようやっと南野が動けたのはそんなときだった。無理矢理男たちの壁を割って入って、メルランスのもとにたどり着くと、
「いきなり来てそれはないんじゃないですか? 話を聞くだけならもっと穏便に……」
南野が言いかけたところで、男は傍らにいた別の背の低い男になにやら耳打ちする。背の低い男は、す、と前に出ると、持っていたトンカチのようなもので唐突に南野の頭を殴りつけた。
「ぐっ……!?」
「こいつも連れていけ。交渉材料に使う」
その場に倒れ、薄れゆく意識の中、男の声が聞こえた。
交渉材料……? 男たちは何者で、なんのためにメルランスに『緑の魔女』のことを聞き出そうとしているのか……?
そんな疑問といっしょに、南野の意識は闇に沈んだ。