№01・レアアイテム図鑑・8
南野は素知らぬ顔でエールを飲むメルランスに両手を合わせて頭を下げた。
「そこをなんとか!」
「やだ。お金が絡まないんじゃ話になんない」
「ほら、義理とか、人情とか!」
「あいにく今切らしてる」
「せめて話だけでも聞いてくれませんか!?」
必死に頼み込む南野に、こころを打たれた……というより、うるさいと思ったのか、メルランスはようやくジョッキをカウンターに置いてこっちを向いた。
「おいしい話じゃなきゃ承知しないよ」
とりあえず、とっかかりはつかんだ。南野はここぞとばかりに自分が異世界から流されてきたこと、『緑の魔女』と出会い100のレアアイテムを蒐集することを条件に元の世界に戻してもらうことを説明した。
「ふぅん……」
すべてを聞いたメルランスが、値踏みするような目で南野を眺める。ひょろりとした体躯をこわばらせ、南野は彼女の答えを待った。
「『緑の魔女』のレアアイテムコレクションか……まあ、悪い話じゃないね。別にレアアイテム単品で考えなくても、おこぼれくらいにはありつけるだろうし」
「そ、それじゃあ……!」
「けど、あんたにそれができるの?」
「うっ……!」
ずばっと切り込まれて、南野は思わず言葉に詰まった。
この世界のことを何も知らない、チート能力はおろか普通に秀でた能力もない南野が、果たして有象無象うごめく異世界でレアアイテムを集めきることができるのだろうか?
現実的に考えればできないだろう。
しかし、南野には『蒐集狂』としてのプライドがある。
『集めること』に関しては誰にも負けないという自負がある。
南野は突然メルランスの小さな手をぎゅっと握りしめた。小さくてもとこどろころにタコがあって硬くなっている皮膚、その下にある血のあたたかさを感じる。メルランスはその大きな碧の瞳を見開いて、南野を見つめた。
「……たしかに、今の俺にはちからがありません。けど、集めたいんです、この世界のレアアイテムを。そのためならなんだってします。悪魔にたましいを売ってもいい。そのお金であなたを雇えるのなら安いものです」
南野は握った手にぐっとちからを込めた。
「約束します、俺は『緑の魔女』が提示した100のレアアイテムを蒐集しきります。そのためにはあなたのちからが必要なんです。お金が必要なら、道中で得た余分のアイテムはすべてあなたの取り分にします。それなら文句ないでしょう?」
「いや、それはそうだけど……」
「『集める』ことのためならどこへだって行くし、なんだってやります。ちからがないならつけてやりますよ。知恵がないなら手に入れてやりますよ。ただ、そのためには最初の手助けが必要なんです。俺がこの世界でひとりで立って歩けるまで、どうか手を引く役目を請け負ってください」
切々と語る南野の言葉を聞きながら、メルランスは目をぱちぱちさせていた。異様な迫力に気おされているようだ。もう一度ぐっと小さな手を握りしめる南野。
それから、メルランスは目を細めて南野を見つめた。いくつもの修羅場を乗り越えた百戦錬磨の冒険者の目だ。南野は真っ向からその目を見つめ返した。
「……あんたの言いたいことはわかった。じゃあ、こうしよう」
そう言うと、メルランスは懐からコインを一枚取り出した。この世界の通貨なのだろう、銅貨だ。その銅貨を掌に載せると、彼女はにやりと笑った。
「簡単な賭けだよ。これを投げて、表が出ればあたしの勝ち、裏が出ればあんたの勝ち。あたしが勝てばこの話はナシ、あんたが勝てば、まあ最初のアイテム蒐集くらいには付き合ってあげるよ。これでどう?」
どこか色気すら感じるような声音でささやきかけて、メルランスは握りこぶしの親指の上にコインを乗せた。
ここまでくればいやとは言えない。一世一代の大勝負だ。南野は神妙な顔でうなずくと、コインの行方を注視した。
メルランスの指がコインをはじく。少しの間回転しながら宙を舞ったコインは、音も立てずに彼女の手の甲に着地した。もう片方の手がコインに覆いかぶさる。