№19・フェニックスの尾羽・1
「『フェニックスの尾羽』ぇ!?」
いつも通り集合した昼過ぎ、騒ぎはメルランスの素っ頓狂な声から始まった。
ぎょっとした南野が周りを見回すと、同じような顔をした面々がこっちを見ていた。
「あの……『フェニックスの尾羽』って、難しいんですか?」
「あのねぇ! 難しいなんてもんじゃないの!!」
いつもより鼻息荒いメルランスに詰め寄られてたじろいでいると、キーシャが解説してくれる。
「『フェニックスの尾羽』は死人をゾンビ化することなく正常によみがえらせるためのマジックアイテムで……その、一応市場にはごくわずかに出回ってるんですが、なにせ値段が法外で……」
「豪邸一軒建てられるくらいだよ!? さすがにあたしでもこの金額はあんたには貸せない!」
きっぱりと言って、メルランスは腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
「ならば、『レアアイテム図鑑』でフェニックスのところまで行って、尾羽を手に入れてくれば……」
キリトの提案にキーシャが首を横に振る。
「フェニックスは一度死んでその灰の中から再生する魔法生物です。この時期はちょうど灰になっていて……事実上、この地上には今、フェニックスは存在しないんです」
「じゃあ、どうすれば……」
「簡単じゃろう」
メアが生あくびをかみ殺しながら、南野の手にある『レアアイテム図鑑』を指さした。
「そいつが導くところへ行けばええんじゃ。レアアイテムの持ち主のところへ自動で送ってくれるんじゃろ?」
「といっても、もし大金持ちが所有していたら……それ相応の対価が必要になりますよ」
いくら南野でも豪邸一軒建つくらいの金額のアイテムをタダで手に入れる算段はない。そんなレア中のレアアイテム、手放すものがいるかどうか。
「……とうとう犯罪に手を染めることになるのか……」
南野が頭を抱えていると、唐突に酒場の窓ガラスが、がしゃーん!と音を立てて割れ、なにかが飛び込んできた。
それはなにかを抱えたカラスのような生き物だった。そのまま室内に突進してきて、ちょうどそこにいたキリトの額にくちばしがぶっ刺さる。
「づぎゃあああああああ!!」
「大丈夫ですかキリトさん!?」
駆け寄るキーシャが鳥を引きはがし、キリトに治癒魔法をかけ始める。まだばたばたと暴れるカラスっぽい生き物をつまみながら、南野がつぶやいた。
「なんですか、この生き物……?」
「おそらくスカベンジャーです。魔界に生息する死肉を食らう魔鳥です」
治癒魔法を終えたキーシャが解説してくれる。
「その魔界生物がなんで……?」
「そいつ、なにか手紙みたいなもの持ってるよ?」
メルランスに言われて初めて気づいた。イチゴ柄の封筒にハートのシールが貼られた手紙を持っている。
「あんたにじゃない? ふふふ、ラブレターだったりして」
「スカベンジャーに運ばれてきた恋文なんていやですよ……」
ぼやきながらとりあえず手紙を開けてみることにした。
そこには女子らしい丸文字で短く書かれている。
「なになに……『南野へ 頼みたいことがある 至急魔王城まで来るように 魔王より』…………魔王!?」
「魔王だと!?」
以前取引をした魔王を思い出し、その手紙の愛らしさとのギャップにめまいがした。これを書いたのが魔王……
「と、とにかく! なにか魔王様が頼みたいことがあるって……もしかしたら、魔王様が持ってるかもしれませんね、『フェニックスの尾羽』」
「じゃあその『頼み』とやらを聞いたお礼にもらえるかもしれないじゃん!」
「その可能性はありますね」
活路が見えてきた。にわかに一団の表情が明るくなる。
南野の中にようやくやる気が芽生え始めた。とりあえず行ってみるだけ行ってみよう。
五人が目をつむる。からだがねじれるような奇妙な感覚のあと、肌に感じたのはいつかの異質な空気だった。
目を開く。そこには、グロテスクな植物が茂り、怪鳥が空を飛び、得体の知れないけもののうめき声が満ちていた。眼前には天を突くような城壁がそびえたち、真っ赤な空を埋め尽くしている。
「……う、あ……!」
「ここ、魔界……!?」
「……腐った肉のにおいがする」
「するとここは……ままままままままま」
「魔王城ですね。まあ、魔王様が来いって言ったんだから、当然ながら」
「あああああああああああああ!! 帰る!! 俺帰るぅぅぅぅぅぅぅ!!」
暴れるキリトを羽交い絞めにして拘束しているメアの額にも冷や汗が浮かんでいる。メルランスもキーシャも顔が真っ青だ。
また来てしまった、魔王城。ここに『フェニックスの尾羽』があるというのだろうか。