№18・恋慕のドレス・下
「待って!」
お嬢様が駆け寄ってくる。振り返ると、お嬢様はメアの手を握りしめて頭を下げた。
「あのおじさま、私も困ってたの。有力者だから父も断れなくて、すごくしつこくて……あなたのおかげで、もうあの方はいらっしゃらないわ」
「……別に。ワシはただ、虫の好かん輩にヤキ入れただけじゃけえ……」
「いいの。すごく助かったわ。お礼に、このドレスをあげる」
「……へ?」
目をまん丸に見開いたメアに、お嬢様は友愛の抱擁をした。
「ふふ、それにあなたのお召し物、すごく似合ってる。あなたならきっと、このドレスも着こなせるはずだわ」
「けど、ワシはれでぃなんかじゃなか……気品なんちゅうもんも持ち合わせとらんし……」
「いいえ、きっと大きくなったら素敵なレディになれるわ。私はそう信じてる。だから、このドレスを託すわ。たくさん恋をして、いい女になってね」
お嬢様は一度だけメアの手を握って、それからウインクを残してパーティ会場のフォローをすべく人の輪の中に戻っていった。
「……これで、任務達成、っちゅうことかの?」
「……みたいですね」
意外な結末にふたりとも呆然としていた。しかし、『恋慕のドレス』は手に入った。これで目標達成ということだ。
ふたりはパーティ会場を後にすると、元の服に着替えてお嬢様を待った。
夜になってパーティがお開きになるとお嬢様がやって来て、『恋慕のドレス』を渡してくれた。そして、まだやることがあるのか、早々に立ち去っていく。
「……あの子、きらきらしちょった……」
「お嬢様ですからね、当たり前ですよ」
南野がフォローを入れるが、メアはふるふると首を横に振って、
「そうじゃなか。ひとを好きになって、そのひとに好かれようと笑って……頑張って、恋をしちょった」
「恋、ですか……」
「のう、南野。恋ってなんじゃ?」
いきなり問いかけられて、南野は言葉に詰まった。南野自身、恋愛経験は豊富とは言えない。
しかし、メアなどはまだまだ子供だ。さらに恋など知らないに違いない。
南野は言葉を選びながら答えることにした。
「そのひとのことが好きで、そのひとのために笑って、なにかしてあげたいって思う気持ち……だと思います。でも、きれいなだけじゃなくて、そのひとから何かしてほしいとか、他のひとに渡したくないとか、汚い面もありますよ……それが恋なんだと思います」
「そうか……恋っちゅうもんは難しいのう……」
うつむくメアの肩を、南野はやさしく叩いた。
「大丈夫。きっとメアさんも大きくなればいいひとと巡り合えますよ。そのときは存分に恋してください」
「……けどワシ、全然れでぃじゃなか……」
気にしてたのか。案外女の子らしいところがあるのが彼女のいいところだ。笑いながら、
「下手にレディなメアさんよりも、ありのままのメアさんの方が魅力的ですよ」
「ありのまま?」
「そうですよ。強くて、おっかないレディ。そんなありのままを受け止めてくれるひとが、きっといるはずです」
「そうか……!」
くしゃ、とメアが笑った。こんな風に笑う彼女を見たのは初めてかもしれない。
愛らしい笑みを前にして、南野は『恋慕のドレス』を差し出した。
「着てみてくださいよ」
「ワシが? ええのか?」
「もちろん」
メアが『恋慕のドレス』を受け取るのを見届けると、着替えのために南野は一旦衣裳部屋を後にした。
ノックして中に入ると、そこには清楚で可憐な白いドレスを身にまとったメアが照れくさそうにしていた。
「へへ……ちょっとぶかぶかじゃ……」
「その服がちょうど似合うころには、恋とは何かがわかるかもしれません」
「それまでに、ワシは恋にふさわしいれでぃになれるかの?」
「なれますとも」
南野が太鼓判を押すと、メアはサイズの大きなドレスを翻して嬉しそうに微笑んだ。
まだ少女は恋を知らない。
大人になって、誰かに恋をしたとき、そのときはこのドレスを身にまとってほしいと、南野は蒐集狂らしからぬ思いを浮かべて笑みを返した。