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№18・恋慕のドレス・上

「ドレス!?」


 真昼間の酒場にメアの声が響き渡る。


 その声にびっくりして、南野は思わず皮むき中の芋を取り落としてしまった。


「どうしたんですかメアさん!?」


 見れば、いつも通り昼に起きてきたメアが『レアアイテム図鑑』を開きながら目をきらきらさせている。


「なになに……『恋慕のドレス』?」


「わぁ、かわいいドレスですね!」


 女性陣が集まっていっしょに騒いでいた。キリトは『やれやれ、これだから女ってやつは』とばかりに肩をすくめているが、だれも見ていない。


 芋の皮むきを終えると、南野は手をふきながら『レアアイテム図鑑』を覗き込んだ。


「『恋慕のドレス』……『この可憐なドレスを身にまとった女性はもれなく惚れっぽくなり、恋に恋するようになる』……ですって」


「どや? どや? かわいいドレスじゃろ!?」


 はしゃぐメアに言われて挿絵を見ると、フリルたっぷり、リボンたっぷり、レースたっぷりのかわいらしいドレスが描かれていた。


 たしかにメア好みのドレスだ。育ちが育ちなので幼女とは思えないほどの貫禄を持ち合わせているメアだが、かわいいものが好きなのは年相応だった。南野に姉妹はいないのでこの年頃の女の子とはあまりよくわからないが、きっとこころくすぐるアイテムなのだろう。


「今回のターゲットはこれですね」


「どうせ今回もお金持ちが持ってるんでしょ、あんたの出番だよ」


「善処します」


 メルランスに檄を飛ばされて、南野は背筋を伸ばした。


「早う行こうや! 実物が見たい!」


 メアにせかされて、南野たちは『レアアイテム図鑑』に手を置いて目を閉じた。


 次に目を開けると、そこは森の中にたたずむ瀟洒な洋館の前だった。いかにもお金持ちの別荘地、メルランスの言っていたことに間違いはなかった。


 とりあえず屋敷の人間とコンタクトを取ろうと、長いアプローチを歩いて玄関までたどり着く。ドアノッカーを叩いて来訪を知らせると、中年のメイドがひとり出てきた。


「どちらさま?」


「お忙しいところ恐縮です、わたくしこういうものでして」


 頭を下げながら南野が名刺を渡す。それを怪訝そうに見つめて、メイドはまた問いかける。


「どういったご用件で?」


「こちらに『恋慕のドレス』があると聞いて参りました。わけあって、わたくしどもにはそれが必要なのです。ぶしつけとは思いますが、持ち主の方にお取次ぎ願えませんか?」


「はぁ……」


 引き続き不思議そうな顔をしながら、メイドは奥へと引っ込んでいった。


 しばらく待ったあと、唐突に聞こえたのは少女の歓声だった。


「きゃー! 好みの男のひとだわ!」


 ぎょっとする間もなく、南野の胸に少女が飛び込んでくる。慌てて受け止めると、花の香りがふわりと漂った。


 ゆるく巻いた長い金髪をした、愛らしい少女だ。キーシャと同じ年ごろだろうか、頬はほんのりと上気していて、くちびるは桜色をしている。


 その身にまとっているのは、まさしく『レアアイテム図鑑』に載っていた『恋慕のドレス』だった。幾重にもレースが重ねられた純白のドレスは婚礼のそれを思わせるが、リボンやフリルで少女らしさを保っている。メアの目がそのドレスにくぎ付けになっていた。


「あっ、あの……!」


「あら、こっちも好み!」


「ふっ、お嬢さん、あいにく俺は恋や愛などとは縁がなくて……」


「そんなにきれいなお顔なのにモテないの?」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「うーん、どっちの殿方も気になるけど、私はこっちの白い頭の方が好き!」


 改めて南野に抱き着き、お嬢様は満足そうだ。


 それを無理矢理引きはがして、南野はお嬢様に語り掛けた。


「あなたがその『恋慕のドレス』の持ち主なんですか?」


 すると、お嬢様はドレスの裾をつまんで淑女の一礼をして答えた。


「ええ、このドレス、お父様が買ってくださったの。とてもお気に入りなのよ。このドレスを身に着けているとこころがわくわく躍るの」


「そのドレス、ワシらに譲ってくれんか!?」


 割り込んできたメアが必死に頼み込む。女性に興味はないらしいお嬢様はここで初めてメアたちの存在に気付いたようで、うーん、と人差し指をくちびるに当てて考え込んだ。


 それから答えが出たのか、ふん、とそっぽを向いてくちびるを尖らせた。


「いやよ。これお気に入りだって言ったじゃない。それに、きっとあなたには似合わないわ。あなたのお召し物もなかなかかわいいけど……」


「そんなことなか!」


「ふふ、だってあなた、まだ小さいもの。このドレスを着こなすには大人のレディの気品が必要なのよ」


「おとなのれでぃ……!」


 がーん!と衝撃を受けたような顔をして、メアがたじろいだ。


 たしかに、メアにしてみれば大人っぽすぎるドレスだ。サイズも少し大きい。お嬢様が言っている『気品』にしてみても、幼女のメアには無理難題というものだった。


「わかったら、お引き取りを……」


「では、メアさんがあなたよりも素敵な服が似合うとわかればいいんですね?」


 すかさず南野が助け舟を出す。お嬢様は目をぱちくりさせていたが、やがてくすくすと笑って、


「面白い方。ますます気に入ったわ。あなたがそう言うなら、いいわ、ファッション対決と行きましょう。もしも私よりも素敵に服を着こなせたなら、この子を見込んでこのドレス、譲ってあげる」


 妙な話になってきた。ファッション対決……南野には一体どのような世界が繰り広げられるのか想像もできない。


 当のメアはやる気満々らしく、鼻息も荒くドレスの袖をまくっている。


「ええ度胸じゃ……いてこましたるけん、覚悟せいや!」


「ふふ、どうかしら? 勝負は今夜のパーティで、より多くの殿方に声をかけられた方が勝ち。これでどう?」


「望むところじゃ!」


 意気込むメアは本気でやるらしい。お嬢様は南野たちを屋敷の中へ導きながら、


「ドレスは私のを貸してあげる。たくさんあるから、自分に一番似合うものをコーディネートしてね」


 言いながら、屋敷のホールを潜り抜け、二階の奥の部屋へと進んでいく。南野たちもそれに続きながら、飾られた調度品の豪華さや屋敷の広さにぽかんとしていた。

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