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№17・ヤードラの槍・3

「ほほう、初撃をかわすとはなかなかじゃの」


 炎のともった槍をくるくると回しながら、ヤードラじいさんが言う。


「ふっ……これは、手加減している余裕はなさそうだな」


 キリトがつぶやいて印を切り、声高に呪文を叫んだ。


「『第百九十二楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに怒りのいかずちを宿らせる旋律を解き放て!』」


 ばち!と音がして、キリトの双剣に紫電が宿った。ふたつの剣をクロスさせて、今度はキリトが飛びかかる。


「『双雷天震撃』!!」


 やっぱり技名は叫ぶのだった。薙ぎ払われた双剣はいともたやすく槍に受けられた。魔力と魔力がぶつかりあって、いかずちがはじける音がする。


 ヤードラじいさんは横なぎに槍を振るった。炎の赤がキリトの腹すれすれのところを通り過ぎる。


「まだまだ!」


 連撃は続く。まっすぐに槍を突き出された槍がキリトの肩をかすめた。鋭い穂先が肩を傷つけ、


「あっつ!?!?」


 『レアアイテム図鑑』にあったように炎の魔法が傷口を焦がす。血が流れる間もなく、煙が上がってキリトの肩は熱で焼き焦がされた。


 だがまだ腕は使い物になりそうだ。改めて細剣を握りしめて、キリトが間合いを取ってヤードラじいさんと対峙する。


「……メルランスさん、これは……」


 心配そうに声をかけると、真剣な顔をして勝負を眺めているメルランスがつぶやいた。


「槍はリーチが長いからね。槍を持った雑兵が騎馬将を殺す……まずはあの槍の懐に入らないと話にならない」


「けどあのおじいさん、すごく速いですよ?」


「それはあのバカ次第だね。あの速度を凌駕する手があればいいんだけど」


 そうこうしているうちに動きがあった。間合いを取った状態にしびれを切らしたヤードラじいさんが槍を携えて突進してくる。


 逆袈裟に炎の槍を薙ぎ払い、キリトの胸を狙った。慎重を期していたキリトはなんとかその攻撃を防ぐが、ヤードラじいさんはさらに一歩踏み込む。


 今度は袈裟懸けに槍を振り下ろすと、キリトの胸を炎の切っ先が傷つけた。


「あつ!? あっつ!?!?」


 じゅう、と肉の焼ける音がして、キリトが身もだえる。その隙を逃さず、連撃の最後、必殺の突きがキリトを襲った。


「……させるか!」


 クロスさせた細剣でその突きを受け取めようとする。が、ちから負けして吹っ飛ぶキリト。いくら華奢なエルフであるとはいえ、大人の男ひとりを吹き飛ばす膂力は驚嘆に値するものだった。老いてもなお、凄腕の傭兵ヤードラは健在だった。


 ごろごろと牧草地を転がり、膝をつくキリト。期せずして間合いは取れたが、この間合いをどう詰めるかが勝負だ。


「どうした若造! もう終わりか!」


 ファイヤーダンスのように槍を振り回しながら、いまだ傷ひとつついていないヤードラじいさんが挑発する。なんとか立ち上がったキリトは両手の細剣を下段に構えると、膝にちからを込めた。


「じいさん、貴様を倒す算段を立てていたところだ」


「ほう! それは面白い!」


 ふはっ、と笑うヤードラじいさんを前に、キリトは印を切り詠唱を始めた。


「『第九十八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我が両の足に風を切る翼を与える旋律を解き放て!』」


 瞬間、キリトが飛び出す。驚異的な加速のついた踏み込みは一気に間合いを縮め、余裕を決め込んでいたヤードラじいさんの懐へと飛び込んだ。


「『瞬歩斬』!」


 技名を叫んで、キリトが引き連れていた細剣でヤードラじいさんの腹を狙った。


「甘い!」


 だが、相手が一枚上手だった。くるりと槍を翻すと、じいさんは槍の石突の部分でしたたかに細剣を叩き落す。


 しかし、キリトは双剣使いだ。もう一本の細剣がヤードラじいさんの足を深く切り裂く。


「ぐっ……若造が……!」


 初めてじいさんに傷をつけた。懐に入ったからにはこのチャンスをものにしなければならない。キリトは止まらなかった。


「『第百五十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに神の鉄槌の重みを与える旋律を解き放て!』……『神槌重撃剣』!」


 両の細剣が紫の光を帯びる。重力のバフをかけられまとめて振り下ろされた二本の剣が、防御の構えを取った槍の柄にぶつかる。


 がぎん!と音がして、剣を受け止めたヤードラじいさんの膝がたわんだ。相当な重さを得た細剣が、じりじりと槍を押し込んでいく。


「くっ……!」


 しかし、先に音を上げたのはキリトだった。細い手首は剣の重みに耐えきれず、端正な顔に苦みが走る。このままだと折れると踏んで魔法を解き、再び間合いを取った。


 懐に入った有利はこれで終わりだった。剣を握った手の甲で汗をぬぐいながら、キリトはまっすぐにヤードラじいさんを見つめる。


「なんじゃ、もう終わりか!? なら……こっちの番じゃ!」


 ぐわ、とまたじいさんのからだが膨れ上がったような錯覚を覚える。歴戦の元傭兵のプレッシャーはすさまじいものだった。


 ヤードラじいさんは槍を構え、突き進んでくる。キリトは動かない。ただまっすぐに、そして冷静に槍の穂先を見つめている。


「これで終わりじゃ!」


 最速の突きがキリトを襲った瞬間、ぎりぎりのところで突きを見切ったキリトがその場にしゃがみ込んだ。


 ただしゃがみ込んだだけではない。トレードマークの赤いマントを外して、からだがあった場所に残してきている。


「!?」


 槍はマントだけを貫き、その勢いでマントはヤードラじいさんにまとわりついた。マントを剥ぎ取ろうともがいているうちに、キリトはけものの素早さでじいさんの背後に回り、首筋に細剣の切っ先を突き付ける。


「……チェックメイト、だ」

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