№17・ヤードラの槍・1
「今日の獲物はこいつです」
床のモップ掛けを終えた南野が開いた『レアアイテム図鑑』には、一本の槍が載っていた。『ヤードラの槍』と書かれたそれには、『凄腕の傭兵ヤードラが携えていた古代の槍。燃え盛る穂先は敵の傷を深くまで焼き尽くす』と書かれている。
「『ヤードラの槍』ね……どうやら炎のバフがかけられた古代の武具らしいけど、一体どこにあるのやら」
ブランチのBLTサンドをかじりながら、メルランスが肩をすくめた。
金持ちの所有物、ダンジョンの奥深く、他の傭兵の持ち物……考えられるありかはいくらでも考えられる。今回はなにが起こってもおかしくない。
「えらいカッコええ武器じゃのう。ワシの武器もこれくらいのものがよかったんじゃが」
今日は珍しく普通に起きてきたメアが興味津々で『レアアイテム図鑑』を覗き込む。
「ふっ、幼女よ、貴様にはその修羅の武具など使いこなせまい……」
「おおん? ワレにはできるっちゅうんか? おおん??」
「……すいまっせーん……」
かっこをつけたのも一瞬、すぐさまヘタレモードに入るキリト。メアにすごまれて直角に腰を折って頭を下げている。
「古代の武器……古代魔法なんてわくわくしますね! へえ、炎のバフかあ……」
うっとりした目で宙を見つめるキーシャ。本当に魔法が好きらしい。これでマトモに魔法が使えたら言うことなしなのだが。
「今回はどこへ飛ばされるかわかんないからね。最悪荒事も覚悟しとかなきゃ」
「そのときはよろしくお願いします、みなさん」
「任せろ!」
息まくキリトは頼もしい……ような、頼もしくないような。出会ったときは立派な戦士だと思っていたが、いっしょに探索をするにつれ、ただのバカなヘタレなのではないかという疑惑が浮上してきている。
それはメルランスたちも同じようで、やれやれ、といった具合にため息をついていた。
「では、行きましょうか」
『レアアイテム図鑑』を広げ、五人が手を置いて瞼を下ろす。
覚悟をしながら耳を澄ましていると、モー、と牛の鳴き声が聞こえた。
慌てて目を開けると、そこはなぜか厩舎だった。目を開けた南野の頬を立派な牛の舌がべろりと舐める。
「な、なんですかここは……!?」
「厩舎……だね」
わかりきったことだった。何頭もの牛が草を食み、水を飲んでいる。辺りには糞とけもののにおいが充満していてくらくらした。
「なんで『ヤードラの槍』が厩舎に……?」
「おい! お前ら、そこでなにやっとる!?」
突然に老人の誰何の声が響き渡った。振り返ると、農夫然とした格好の麦わら帽子の老人が鋤を片手に仁王立ちになっていた。顔にはいくつもの古傷があり、老いてもなおかくしゃくとした体格をしている。
「あ、いえ、その……」
『レアアイテム図鑑』の故障だろうか? 混乱していると、老人がずかずかと近づいてくる。
「物盗りなら、ここにはなにもないぞ。牛と農作物だけじゃ」
「まさか! 俺たちは『ヤードラの槍』を探してここへ来たんです! もし持っていたら……」
「ほほう、『ヤードラの槍』か!」
老人は振り下ろそうとしていた鋤を下ろして、ごま塩をふりかけたようなあごを撫でた。
「お前たち、『ヤードラの槍』を探しに来たのか」
「はい。わけあってそういった珍品を蒐集しておりまして……もしお心当たりがあれば……」
「お心当たり?」
また言葉を遮られた。話を聞かないじいさんだ。
老人は胸を張ってふふんと笑った。
「お心当たりもなにも、ヤードラとは儂の名じゃ!」
『…………』
全員がフリーズした。と、いうことは『ヤードラの槍』の持ち主とは……
「まだ生きてたの!?」
「失敬な! 小娘よ、儂はこれでも昔は鳴らした傭兵じゃった! 今は引退して牛と畑の世話で生計を立てておるが、まだ『ヤードラの槍』は持っておるぞ!」
まさか『レアアイテム図鑑』に載っている古代の魔法武器の持ち主がまだ存命だったとは。言われてみれば、老人は農夫の姿をしているものの、古強者らしきオーラをまとっている。ここで嘘をつく意味もないし、本当に老人はヤードラなのだろう。