№16・詐欺師のマスク・5
「宗教なんて、一皮めくればこんなもんだよ」
メルランスがうそぶきながら打ち捨てられた『詐欺師のマスク』を拾い上げると、ひょい、と南野に投げて渡す。これが完全に相手をだまし切るアイテムであれば、南野などはすでにだまされていただろう。
すべては疑り深いメルランスの行動と、キーシャの知識のおかげだった。
「今回はすっかり助けられちゃいましたね……俺の領分だったのに」
「気にすることないですよ! たまたま魔法案件だっただけで、私の勉強したことが役に立っただけですって!」
フォローするキーシャに苦笑いを向ける。
「それで……あの男は結局、『始祖様』ではなかったのか??」
キリトが首をひねっている。まだだまされかかっているらしい。
「あんたねぇ……いい加減目ぇ覚ましなさいよ」
「いや、でも……」
「キリトさんがここまでだまされているってことは、この『詐欺師のマスク』、本物らしいですね」
リュックにしまって、帰ろうとした時だった。
誰もいなくなった聖堂の入口が開く。
そこには、全身傷だらけになった先ほどの老婆が立っていた。手には血で汚れた金貨を一枚持っている。顔は血とあざだらけで、ひどい有り様だった。
「あの……始祖様は……?」
「ああ、あの『始祖様』、詐欺師だったんですよ。ひとをだますマジックアイテムと『奇跡』に見せかけて魔法を使うマジックアイテムを使ってみなさんをだましていたんです」
「詐欺師……!?」
ちりん、と老婆の手から金貨が滑り落ちる。ひざから崩れ落ちた老婆は呆然とひと気の失せた祭壇を見つめていた。
「そんな……そんな……!」
「残念ながら真実です。あなたの信じていた『始祖様』は……」
「なんてことをしてくれたの!!」
老婆が突然叫んだ。絶望の響きを帯びたその絶叫に、南野はからだをすくませる。
老婆は両手で顔を覆いながら、おいおいと泣き出してしまった。
「私はあの方を信じることで生きていられたのに……! シンドルト教がなければ、私は一体なににすがればいいの……!? この老いぼれが、この先生きていくために、なにをよすがに生きて行けば……!!」
まさか詐欺を暴いてなじられるとは思わなかった。この老婆にとってはシンドルト教がすべてだったのだ。たとえだまされていたとしても、何かを信じることで生きてきた。
宗教とは、たとえ悪徳新興宗教だとしても、ひとびとのこころのよすがになりうるものなのだ。南野たちはそれを奪ってしまった。だまされたままがいいとはとても思えないが、もしかしたらもっと別の良いやり方があったのかもしれない。
肩を落としてうつむいている南野の肩を、メルランスが叩いた。
「……戻ろう」
「けど、あのおばあさんは……」
「信じるものなんて、自分自身で探すしかないよ。誰かに指図されてなにかを信じるなんて、むなしいだけ。冷たいかもしれないけど、あのおばあさんがこれから何を信じて生きていくかは彼女自身が決めなきゃいけないことだよ」
それはそうだけど……言いかけたが、メルランスは正しい。冷酷なまでの正しさに打ちのめされて、南野はなにもできずにうなだれた。
誰もしあわせにならない結末。
この世界に来てから初めての経験に、南野は胸を痛めて老婆の慟哭を聞いていた。